陸第58話 食堂奥の小部屋

 食べ終わった後、食堂は準備時間に入り俺はタクトに案内され、いつもの奥の小部屋の方へ移動した。

 珈琲にパンナをたっぷり載せたものと、少し小さめで食べやすい桂皮入りの焼き菓子が出された。


 ……柬埔寨瓜かんほさいかの形焼きを食べたばかりなんだが、この組み合わせはとんでもなく旨い。

 ついつい、続けて三つくらい口に入れてしまった。

 いかん、伝えておくことをちゃんと言わねぇと。


「えーと、まずは来年の一回目のベルレアードさんの冬牡蠣油、予約できたのは八瓶だけだったから五瓶なら渡せる」

「やっぱり人気になっちゃったんだなー」


 そうだよな、残念そうなタクトの顔に思わず頷く。

 去年ほどは流石に買えないって思っていただろうけど、そんな風に残念だと思ってくれたことをベルレアードさんに伝えておこう。

 きっと喜ぶだろうけど……また三瓶くらい追加されちゃいそうだから、買い終わったら言うか。


「予約票、いっぱいになっていたからな。できあがったら送るよ」

「楽しみにしてるよ。あ、飼い葉、ありがとう! デルデロッシ医師も喜んでたよ」

「……そうか。タルァナストさんが、デルデロッシ医師のこと心酔しててさ。この間のデルデロッシ医師監修っていう馬の菓子、多めに買いたいんだけどいいか?」

「おおっ! 勿論! 大麦も入ってきたし、柬埔寨瓜かんほさいかもいっぱいあるから大丈夫! その後はいつもの林檎のやつになるよ」


 タルァナストさん、自分の作った飼い葉をデルデロッシ医師の馬も食べるって言ったら、卒倒しそうだな……

 立ちあがっている時には、言わない方がいいかもしれない。


 その後、冬場にカタエレリエラに行くと言ったら、ちょっとだけ様子見して欲しい場所があると、一枚の紙を渡してきた。

 これ、地図?

 いや……芋……じゃないよな、地図だ、きっと。


「ちゃんとしたものではないから、大体の場所って感じなんだけどさ。多分この辺がケルレーリアで、その西側……ヴェンドルア樹林の中っぽいんだよ。もしかしたら……石板がある祠とか、周囲と違うものが生えている場所がありそうなんだ」

「へぇ……解った。面白そうだな。行ってみるよ」


 セレステで聞いたカタエレリエラの工房のことを話すと、じゃあその工房や幻の木のことも解ったら凄いなーと目を輝かせる。

 真鍮の配合が知りたがっていた、と言ったら、どの合金か解んないけど……と言いつつ、鑑定書を書いたものに使われていた真鍮の配合を書いてくれた。

 ……よく覚えているもんだ。


 これはセレステの金属工房に渡して作っても平気かと聞いたら、自分もよく作っているものだからいいよ、とあっけらかんと答える。

 やっぱり、カタエレリエラでは既になくなった技法でも、シュリィイーレには残っているのか……

 幻の木って奴、見つかったら教えてやろう。


 そして、ヘストレスティアでの今回の事件についての一応の決着があったらしいと伝える。

 タクトは少し呆れたように、それにしては大がかりだな、と溜息を吐く。


「製紙工房も巻き込んでいるんだろう? 何かの……試験的なものだったのかもな」

「試験?」

「この方法で上手くいったら、まったく別の所でもう少し大きい事件を仕掛けるつもりだったのかもってことだ。多分……何処まで冒険者にあの剝離式硬皮用紙が通用するかが、見たかったのかもね?」


 いくら役人だったとしても『個人的』にやるには、初期投資が大き過ぎると思うと続けるタクトに、俺も頷く。

 実行犯を切り捨てという点でも、確かにそうだと思うし。


「上手くいったらそれはそれで良いが、上手くいかずに実行犯が判明したら『政府が率先して不正を正した』となれば信用度が上がる。騙されそうになった商人達との契約をした冒険者達も、商人組合も、冒険者達に不利益を被る可能性があったなら冒険者組合も……今まであまり良い印象を持っていなかった政府に、感謝するという事態になるだろう」


「そんなことで、冒険者が政府を信用するとは思えないんだがな」

「いーの、いーの。信用させたいのは、冒険者ではなくむしろ『冒険者以外の一般市民』なんだよ」

「……なんで?」

「冒険者が反対しそうな政府の事業なりなんなりに、彼らが表立って反発したら一般市民を自分達の味方にするため……かな?」


 そうか、地域の住民達から仕事を請け負っている冒険者達なら……その依頼者達に嫌な顔はされたくないから、政府が嫌いでもそれを表に出さなくなるか。


「……冒険者ってのは……横の繋がりがないからな。迷宮で稼げない奴等は政府寄りになるかもな」

「だけどさー、嫌がらせないように追い込んでまでさせたいことって……なんだろうなぁ?」

「きっと、トレスカの国境壁だ」


 トレスカ村は今でも国境壁のような壁を築いて、旧ジョイダールから魔獣が入り込まないようにしている。

 その壁の補強工事計画の何もかもを、皇国に頼ろうとして失敗している。


 だが、自分達の身を守る衛兵団を何年も明らかに危険な作業に使う訳にもいかず、かといって短期間で仕上げられる魔法師もいない。

 それを冒険者に安価でやらせるために、民意が必要……ということか。


 タクトが『それぞれの国にはそのために衛兵隊がいるんだから、彼等がやるべきことなんだ』と息巻くが、本当にその通りだ。

 自分の国の防衛は、自分の国でやれってことだよ。

 そしてタクトは、ぱっと表情を明るくして、俺達がとやかく言っても仕方ないよな、と笑う。

 ……それもそうだな。


「そうそう。それよりさ、ちょっと頼みっていうか、一緒にして欲しいことがあるんだけどさー」


 なんだがめっちゃくちゃ楽しげにそう言うタクトだが……なんていうか、悪戯前の子供みたいだぞ、おまえ。


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『カリグラファーの美文字異世界生活』第893話とリンクしています

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