陸第57話 シュリィイーレへ

 レーデルスで朝を迎え、そのままカバロに乗って行こうかと思ったんだが……シュリィイーレ方面に行く馬車が多くてめちゃくちゃ混んでる。

 これは、あの狭い山道でのろのろと後を着いていくことになりそうだ。

 人が多い山道だと『門』も使いにくいし、シュリィイーレ東門も混みそうだな。


 仕方ないから『門』であの馬車が着く前に移動してしまおう。

 でないと、シュリィイーレに入るのが夕刻になっちゃいそうだ。


 宿を出ると、すぐに東門の前に移動する。

 まだ、朝一番で出発した馬車もシュリィイーレに辿り着いてはいない。


「おはよう、ガイエス。相変わらずだなぁ」

「なんだか今日は、馬車が多いみたいだったから。あと一刻半もすると全部上がってきそうだから、混むと思う」

「お、そうか。人を増やすか……助かったよ」


 ノエレッテさんは耳に手をあて、話し始めた。

 他の衛兵と、通信で話をしているんだろうな。

 町の中に入ると、カバロは『いつもの場所に向かうんだよね』とでもいうように、ルトアルトさんの宿を目指す。


 シュリィイーレの町もいつも通りって感じで、俺達は東門通りから環状黄通りを入り南橙通りを目指す。

 途中、白通りの辺りまで来た時に、市場に寄って何か買ってくればよかったかと思い振り返った。


「あれれーー、ガイエスくんっ!」

「……タセリームさん」


 あ、そーか。

 シュリィイーレの人だって言ってたんだよな。

 思っていたより早く会えて、ちょっと拍子抜けしてしまった。

 いや、この人はいつ何処にいても不思議じゃない感じだったな。


「僕の店、白通り沿いなんだよ! ちょっと寄っていかないかい?」

「この近くなのか。じゃあ……」


 カバロから降り、一緒に歩いてタセリームさんの店に向かう。

 店は大きくもなく小さくもなくという感じだったが、面白そうなものばっかり売っている。

 ……蛙、あちこちに置いてあるんだな。

 うわ、でっかいのもある。


「あっ、ガイエスにーちゃんっ!」

「ルエルスか。アフェルも一緒に?」

「うんっ、珍し物屋さん、面白いからっ!」


 タセリームさんが困ったような顔で笑っている。

 まぁ、確かに珍しいものが沢山あるよなぁ……あ。


「これって、迷宮品か?」

「いや、これはカタエレリエラのケルレーリアで買ったんだよ。こんな風に二重になっている金属の器、珍しかったからねー」


 この真鍮、セレステで見せてもらった物に似ているけど……と、あの木みたいな銘印を探してみたが何処にも見当たらなかった。

 そしてまたいつの間にか、俺の真ん前で外套を引っ張るアフェルに吃驚していたら、屈んで、と言われて目を合わせるように身体を低くする。

 すると、ルエルスからこそこそっと耳打ちをされた。


「……でね、だから……なんだ」

「そうか。解った」

「えへへっ、じゃ、またねっ!」


 ふたりはきゃっきゃっとはしゃぐように笑いながら、俺に手を振りふっと姿が消える。

 多分、遊文館にでも行ったんだろう。

 他の町の人が見たら驚くだろうな、あんな小さい子達が『移動の方陣』で町中を行き来しているなんて。


 あ、しまった。

 船の徽章、お土産だって渡せばよかった。

 まぁ、また会えるんだから、いいか。


 その後、タセリームさんも商人仲間が尋ねてきてしまったので、また後日一緒に食事にでも行こうと約束した。

 宿泊先を教えたので、連絡するよと言ってくれた。


 俺とカバロは宿に向かって歩き出すと、遊文館であった子達とか、タクトの食堂で会ったおじさん達に久し振りだね、と声をかけられた。

 いつの間にか、この町の幾人かとこんな風に挨拶ができるほど、何度もこの町に来ているんだな。


 宿に着いてルトアルトさんに挨拶をすると、カバロがルトアルトさんにやたらと懐いている。

 ルトアルトさんも、よしよし、よく来たねーと撫でているので、飼い葉と菓子を預けていつもの部屋に入る。

 ふぃー……ウァラクの広い湯宿もいいけど、ここの部屋も居心地が良いんだよなー。


 あっ!

 今日の昼、西門食堂が揚げ鶏と玉子焼きだっ!

 タクトのところには菓子だけ食べに行くことにして、昼食は西門に向かった。

 西門の玉子焼き、しょっぱい奴だ。

 うん、これも好き。



 リリーン


 昼食後、南青通り三番の食堂の扉を開けると、いつもの音がタクトを呼ぶ。


「いらっしゃーい……お、ガイエス」

「ああ、まだ平気か?」


 ちょっとゆっくり昼食を食べていて、遅くなっちまった。

 まだ残ってるかなぁ?


「勿論だよ。あ、今日は柬埔寨瓜かんほさいかの形焼きだよ」


 ……そうか……柬埔寨瓜かんほさいかの形焼きって、この間送ってくれた奴だな。

 中に小豆が入ってて美味しかったけど、俺としてはもうちょっと甘くしたかったんだよなぁ。


「じゃあ、パンナと……桂皮の入った蜂蜜追加で」

「ほーい」


 食堂内がざわっとした。

 ……そんなに甘くしていいのかってことか?

 いや……ショコラがかかっている人もいるし、パンナを山のようにしている人もいるから平気だろ?


 パンナに桂皮入り蜂蜜なんて思いつかなかったと言った声は、副長官さんだ。

 いや……冷菓とショコラが追加になっているのも、普通は思いつかないんじゃないかな。

 みんなのざわつきに、タクトが軽ーく声をかけつつ、俺の分を運んでくる。


「はいはい、おかわりも追加も受け付けますよー。たーっぷり召し上がってくださいねー」

「タクト、後で色々話したいことがあるんだが、大丈夫か?」

「ああ、今日の用事は全部終わったから平気だぞー。はい、桂皮入り蜂蜜パンナ付きの形焼き柬埔寨瓜かんほさいか


 お、パンナの上の蜂蜜、艶々で綺麗で旨そー。

 うん、甘いしほくほくだ。

 桂皮もいい香りで美味しー。


 ……なんか、タクトにニヤって感じで笑われた気がする。

 こいつ『旨いだろー?』って言いたい時、こんな顔、するんだよなー。


*******

『カリグラファーの美文字異世界生活』第892話とリンクしています

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