陸第59話 白森の洞窟
昨日、一緒に探検に行こうと言われたので、南門までやってきた。
出る時にタクトが『森に行きまーす』と言ってたんで南の森かと思いきや、森に入った途端に『門』で別の場所に移動するという。
出た場所は、なんだか……見たことのある洞窟に入口だ。
俺が、魔獣の巣穴だったところじゃないのかと聞くと、またしても『悪戯っ子』の顔になる。
さーすが冒険者さんだねぇ、なんて言いながら。
「おまえさ……本当にいいのかよ?」
「んー、ばれれば怒られそう?」
悪いことだという自覚があるのか、これくらいなら平気だということなのか……
「まぁ、まぁ、怒られるとしたら俺だけだからさ」
そういうことじゃねーよ。
ここ、絶対にあの波状攻撃をしてきた魔狼の巣だと思うんだが……全く、魔毒もなければ怪しげな感じもない。
魔虫の一匹だっていそうもない『清浄な洞』だ。
……あの、谷底の森にあった祠の洞にそっくりだ。
「すっかり浄化済だから、新しく魔虫も魔獣も棲み着いていないし洞窟探検だよ」
こいつが浄化済……ってことは、奥までは入っていないがここら一帯だけは平気ってことか。
「それで『怒られそう』なのかよ?」
「一応……まだこの辺りは警戒地区になっていると思うからねー。閃光仗は持っているし、念のため『錯視の方陣』も描いてあるし、ガッツリ浄化しつつ進むから」
「……解ったよ。だけど、足元は気を付けろよ? 洞窟の中なんて歩き慣れていないんだろ?」
「おうっ!」
シュリィイーレにいたら迷宮はおろか、魔獣に襲われるなんてこともなさそうだから、こういうものなのかもなぁ。
俺が前を歩き、離れずについて来いよと念を押して中へと足を踏み入れる。
入口は広くて高さもある回廊を、緩やかに下へと進んで行く。
確かに魔虫もいなければ、魔獣の気配なんてものも全くない……こんなに乾いていて歩きやすい洞も初めてだな。
灯りはふたりで殲滅光を手に持っているからか、額燈火も必要ないくらいだ。
暫く歩くと二股になった分岐に突き当たった。
「分岐がある。どちらも入れそうだが……」
「そうだなー……」
タクトが、取り敢えず左側の太い方の道へ行って、奥まで見てみようというので、頷いてまた歩き始める。
一応『採光の方陣』を使ったが、やはり見えづらい。
狭くなってきたので額燈火も点けて、殲滅光の光は足元を照らしつつ進む。
それからもふたつほど細い分岐があったが、タクトが印だけつけておこう、と文字を書いた石を置いて太めの道を進んで行く。
少し歩くと、不意に広そうな場所へと出た。
透かさず『採光の方陣』で隅々まで明るくする。
「……泉、か?」
タクトがとことこと何も警戒もせずに泉に寄っていく。
吃驚しちまって、止めるのが間に合わなかった。
「そうだね。真水みたいだ。殲滅光差し込んだら底まで見えるかな?」
……心臓に悪いよ、こいつ。
まだトールエスみたいにびくびくしていてくれる方が、ちょっとマシだ。
だが、真水なら、何もいないだろうから俺もその後ろから近付くと、タクトが水の中を殲滅光で照らしていた。
「おまえの方が、剣身の光が長いな」
「あ、俺、自分の雷光系の魔法を乗っけているからだよ。元々の基本が【雷光魔法】だから、重ねがけで光の増幅ができるんだよ。お、そんなに深くはないけど、足は着かないなぁ」
「でも底の方に魔力があるみたいだが……これは、取れないな」
折角の『初探検』だが、こんなに水が溜まっている場所だと難しいだろう。
どうやっても足が着かない深さだし、いくら魔法だとしても水中で掘りだしている間は息ができないんだし。
「よし、この水出しちゃおうか」
はっ?
これ、かなりの量だぞ?
「全部じゃなくても、半分くらい出せたら中に立てそうだから」
まぁまぁ、任せてくださいよ、とか言うと、すぐ隣を掘りだした。
もしかして、隣の穴に水を手で移していくのか?
うわー……こんなに早く、こんなに深くまで掘れるのかよ……脇に階段まで作って、あっという間にできあがるのをただ見ていた。
そして、泉と掘った穴を遮っている壁の一部に、穴を開けた。
泉に注ぐ水の量より掘った穴に流れる水が多いからか、みるみるうちに泉の水は半分程度の高さまで少なくなる。
……こんなやり方、普通は絶対にしないだろ?
労力の割に、見合わないものだったらどーすんだよ、と思ったが、タクトは楽しくって仕方ないという表情だ。
そうだな、ここが『安全な洞』の『清浄な真水』だから、こんなことができるんだ。
迷宮ならば、こんなに手間を掛けられはしない。
泉から水が少なくなると、確かにその中心辺りに魔力が強く感じられるようになった。
次に、泉の水が移動したら穴を塞ぎ、今度は泉の方に階段を作りはじめた。
そしたら、俺が『魔力を感じる』と言った辺りを、さっき掘りだした時の土と岩を使って水面の上まで出るように埋め固めた。
は?
掘るんじゃないのか?
もう水の中に入っても立てるんだから、魔法で掘るんじゃ?
瞬き数度のうちに、水の上に岩の天辺が出た柱ができあがった。
その柱と泉の中央に向かって降りていく階段をくっつけて、階段に水が入り込まないように両脇に岩壁を作っている。
さっき埋めた岩の柱の周りを少しだけ残し、壁ができるように岩を取り除いて階段の両脇へと更に積み上げた。
泉の中央部からは全く水がなくなり、階段を下りていけば……湧き出す水が増えても濡れることもなく、底まで降りられるようになってしまった。
水の中で掘れないなら、埋めて『土の中』にして掘れるようにしてしまえばいい……ってことか?
ちょっとやっていることが想像の範囲を超えてて、どーにでもしろよって気分になってきた。
「……なんつー……確かに『力技』だな」
「俺、水系の魔法で使えそうなの持っていないし、土系もあまり使っていなかったから上手くいってよかったよ。な、掘ってみていい?」
「ああ。何かありそうだからな」
使っている魔法は多分、途轍もない珍しい魔法でとんでもない段位なんだろうが、初めての迷宮核を掘りだしていたトールエスと同じような弾んだ声。
いや、凄く機嫌のいい時のカバロみたいな、鼻歌まで聞こえるんだが……
歌……じゃないのかな?
「石板、だな」
「そーみたいだね。何が書かれているのかなー」
タクトは土を払いのけ、手を翳したかと思うとあっという間に欠けていた
その途端、タクトの顔に驚愕だけでない『何か』が浮かぶ。
「え? なんで……ここで『ニファレント』の名前が……?」
……は?
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『カリグラファーの美文字異世界生活』第894話とリンクしています
次話の更新は9/30(月)8:00の予定です
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