陸第55話 セレステ港湾事務所

 シュリィイーレに向けて出発しようとしていた時に、ヴァイシュが俺を呼びに来た。

 なんだろうとセレステまで付いていくと、港湾事務所の港湾長室に案内された。

 フィクィエムが俺に用があるなんて、珍しいな。


「悪いな、態々来てもらって」

「それは構わないんだが……何か?」


 一緒に部屋の中ににいるヴァイシュもなんだか凄く言いづらそうだ。

 あれ?

 マクトリィムスさんもいるけど……?


「こんなことを頼むのは……金属加工の町セレステとしては、ほんっとうに情けないんだが……」

「これなんだけどよ、ガイエス」


 フィクィエムの言葉が終わらないうちにマクトリィムスさんが差し出してきたのは、この間俺が渡したお土産のひとつだ。

 まだ菓子は入っていないんだけど、なんか不具合でもあったのか?

 タクトが見てくれた時に『ここだけ直した』っていうのが書いてあったんだけど……他も壊れちゃったのか?


「あ、そんな不安そうな顔、せんでくれ! この深皿になんかあった訳じゃねーんだよ!」

「ここの金属……真鍮なんだけどよ、どうにもセレステで作っているものと配合が違うみたいなんだよ」

「そうっ、それにこれが、カタエレリエラの『樹林の工房』と言われている三百年前に閉鎖した伝説的な工房の作みたいなんだ」

「……え?」


 そんなに古いものだったのか……

 皇国製だと思うとタクトも書いていたけど、樹林の工房……カタエレリエラはそういえば森が多い領地だったよな。

 皿の裏側に木のような印があって、これがその工房の『銘印』なのだそうだ。


 ちょっと亜棗の葉に似ている?

 いや、葉が大きくて背が低い木なのかな……よく解らないが、この木は『幻の木』と言われていて、何処を探しても見つけられていないのだそうだ。


 三百年前にある商会に騙されて工房が立ちゆかなくなり、後継者もいなかったこともあって閉鎖されてしまったためその工房だけで作られていた金属器の素材配合が謎のままらしい。

 素材の成分なら、皇国の鑑定技能でなら解りそうなものだけど?


「それがなぁ……かなり上位の魔法で錬成されちまってて、普通の鑑定だと大まかにしか解らん。分解して溶かしたりすりゃあ、ある程度解るけど……もうなくなっちまった工房製のものを壊したくはねぇんだ」


 マクトリィムスさんの言葉に、ヴァイシュもフィクィエムも大きく頷く。

 まぁ……そうだろうなぁ。


 結構綺麗な細工物だし、当時皇国で買ったヘストレスティア……じゃないか、三百年前だとヘストールか。

 とにかく、その時代の人が大切に使っていたんだろう。


 かなり金持ちが買ったんだろうなぁ……もしかして、出品した冒険者達の入った迷宮って、その金持ちの屋敷とかがあった場所だったのかもな。

 あれだけいろいろなものが出てきた迷宮だったんだから、屋敷が丸ごと沈んでいたりしたのかも……


「でも、タクトさんが一部分を直しているんだよな?」

「ああ……確か、石を止めてあった辺りが折れて腐食していたからって……」

「って、こたぁ……タクトさんはこの真鍮の組成が『完全に解っている』ってことだ」


 そういうことに……なるのかな?


「解った。じゃあ、タクトに聞いてくればいいんだな?」

「……すまん、頼む……」

「ああ、これからシュリィイーレに行こうと思っていたから丁度いい。あ、でもその深皿も使ってくれよ。タクトなら、実物がなくても覚えていると思うから」


 あいつのことだから複製くらい作っていそうだと思うが、なかったとしても間違いなく覚えているだろう。

 頼むと言っている割には、悔しそうなんだよなぁ、三人共。


 あいつのやることに悔しがるのって、多分セラフィエムス卿と比べるようなものだと思うんだがな。

 でもまぁ、俺もちょっとは……悔しいけどなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る