陸第54話 ティアルゥトからロカエ

 二階の部屋で冒険者組合から『礼品』として受け取った箱を、取り出して開く。

 全てタクトに渡すつもりだが、生誕祝いとしてだったら金を払うなんて言い出さないだろう。


 ……あいつ、律儀に競り落とした『本』の金と三割の手数料だけでなく、競りの参加費とかまで支払って来やがって。

 まぁ、契約だから突っぱねはしないんだが、どうにも俺の都合であいつに余分に金を使わせている気がして仕方ないんだよ。

 だから、この分は絶対に『貴重なものだから金を払う!』なんて言い出さないようにしたい。


 中箱ふたつに入れられていたが、びっしりという訳ではなく割とスカスカだったのは『上に何かを載せると壊れそう』なものが幾つかあるからだろう。

 そういえば、そーっと運んできた気がする。


 まずは『二冊の本』だが……うわ、これは持ち上げるだけで壊れそう……開かないで【強化魔法】だけかけておくか。

 きっと魔力なんて全然入っていないんだろうから、当然だよな。

 えっと、このくらいの大きさなら保存袋に入るな。


 石板も数枚入っているが、これも持ち上げるのが憚られる感じだ。

 どれも本当にぽろぽろで今まで見た石板より遙かに薄い石でできているせいか、ちょっとでも何かにぶつかると割れてしまいそうだ。

 それぞれ【強化魔法】の後にひとつずつ保存袋に入れて、少しほっとする。


 この一番大きな保存袋、もっと余分に買っておこう……本と石板が入れられる入れ物って、他には全然ないんだよな。

 いっそ、タクトに作ってもらうか?


 他は文字というか、記号みたいなものが書かれている道具類だ。

 器もあるし、方位計みたいなものとか、迷宮に入る時の日数計に似たようなものなど『何かを計るもの』と思われる品が多い。


 一応持ってくる前に『迷宮品安全確認』をタクトの方陣でやっているから、爆ぜるようなものはないとは思う。

 ひとつひとつを丁寧に取り出して、浄化してから布にくるんでいく。


 それと一番不思議だったのは、二箱目に入っていた『硝子玉』だ。

 歪なものや、まんまるなもの……いろいろな形の硝子の中に、文字っぽいものが書かれて閉じ込められている。

 中には『悪戯書き』っぽいものまであって、装飾品の失敗作かなんかだろうかと首を傾げる。


 なんだか解らないので取り敢えず壊れないように綺麗にして、ガタガタしないように布で包みながら小さめの保存袋に分けて入れる。

 タクトの保存袋って、空気を入れて膨らましたまま閉じられるんだよな。

 こうしておくと外側から押しても潰れない。

 ベルレアードさんがそうやって屋台に運ぶ食材を入れてて、なるほどって思ったんだよなー。


 あっ!

 ベルレアードさんに冬牡蠣油、また作ったら買わせてくれって頼んだっけ?

 明日、ロカエに行った時に確認にしとこうっ!

 夏の岩牡蠣焼き、そろそろ終わりだから食べに行かねぇと。



 昼食後にロカエ冒険者組合に行き金を受け取った後に、ヘストレスティア冒険者組合との契約書を見せて彼等から連絡が入ったら報せて欲しいと頼んだ。


「冬場は入れないと思うが、連絡はティアルゥトの俺の住所宛に頼みたい」

「はい……畏まりましたわ。でも、凄いですねぇ。ヘストレスティア冒険者組合との契約なんて」

「あちらでは、殆ど売れないようなものだからだよ。冬場は俺もカタエレリエラに行く予定だから、連絡さえ入れておいてくれれば、春になったらすぐに取りに行くから」


 笑顔で了解してくれた冒険者組合から、今度は商人組合へ。

 トールエスとの契約を承認してもらって、冒険者組合と同じように連絡をもらえるように伝えておいて……よしっ、全部大丈夫だなっ!


 港の近くの広場に行くと、丁度昼食の混雑が落ち着いた頃で片付けている屋台がちらほらといる。

 いつもの一番港に近い場所にベルレアードさんの屋台を見つけ、走り寄る。

 まだ少し客がいるが、残念そうに帰っていく人達とすれ違ったので売り切れてしまったのだろう。


「おっ、ガイエスー! 待っとったぞー」

「え?」

「ほれほれっ、ここに名前、書いとかんか。冬牡蠣油の予約だ!」


 差し出された綴り帳には何人もの名前が書かれているのに、ここに、と示されたのは一番上の欄だった。

 これって……俺が一番に受け取れるってこと?


「あったりめぇだろうが! おまえに一番最初に渡したいんだよ、俺が!」

「うん……ありがとう。じゃ、五瓶……かな」

「よし、任せとけ! 八瓶っと」

「は?」

「食うだろ?」

「……うん」

「代金は五瓶分でいいからな、持ってけよ」

「いや、それは……」

「その代わり、必ずどんな味だったか正直に教えろ。それと、シュリィイーレのあの食堂にも食べてもらってくれ」

「解ったよ。ありがとう」


 未来の約束は、きっと何よりも俺が欲しかった信頼のひとつ。

 皇国では誰もがまるで当たり前のように、俺にそれを与えてくれる。

 こんな些細なことでさえ、俺は未だに嬉しくて堪らない。

 俺からの約束も、こんな風に誰かに喜んでもらえるものでありたい。


「そうだ、忘れるところだった」


 俺はタクトが直してくれた『魔石入れ』と思われるという小さい入れ物を、ベルレアードさんに渡した。

 金属は真鍮のようで大して価値があるという訳ではないのだが、中に入っていた貴石がかなり珍しい石だったらしい。

 タクトは『苺水晶』と書いていたから、この色が出ている水晶は珍しいものなのだろう。


 苺なんて貴族の果物だからなー。

 ……シュリィイーレでは当たり前に出て来るから、忘れそうになるが。


「ガイエス……これって?」

「予備の魔石を入れる入れ物。いつも【収納魔法】に魔石を入れてるって言ってただろう? 以前、魔石がいつの間にか空になってたりするから、移動の『門』用に予備を持ち歩くって」

「……そ、そんなこと……」

「言ってたよ」


 あの保冷庫を作っていた時の雑談で。

 持ち物として持ってても衣囊に入れていたりしても、身体に触れてるといつの間にか使っちまうのが魔石だ。


 だけど金属製の入れ物だったら、それが防げるってタクトの鑑定書に書かれていた。

 だったら、俺よりベルレアードさんが持っている方がいいかな、と思ってさ。

 いくらいい靴を手に入れたからとはいっても、立ちっぱなしの屋台作業の後に魔力不足で屋台を引いて帰るなんて大変だろうし。


「おう……そっか、ありがとうなぁ。へへへっ、嬉しいねぇ、こんな風に気遣ってもらえるなんてよぉ……って、おめー、中に石が入って……!」

「その色の石だと、俺は魔力が取り出しづらいんだ。だから使ってくれよ」

「バカヤロ、おめー、だったら貴石として売ったらいい値がつくだろうが!」

「いや、金はあるから」


 思わずふたりして一瞬、黙ってしまい……自然と笑い合った。

 冬牡蠣油の数を増やしてくれたお礼だからと、納得してもらった……と思うが、俺に気を遣って引いてくれたのかもしれない。

 鎖を使って腰帯に付けておくよ、とベルレアードさんからまた礼を言われてしまった。


 さて……明日はシュリィイーレに向かうか。

 久し振りに、カバロと一緒にガッツリ走って。

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