陸第52話 ダフト野営広場から門前町
その後、冒険者組合での依頼達成手続きと討伐部位確認、迷宮核の所有証明を取り、トールエスとは明日、冒険者組合前で会おうと約束をして別れた。
本当に『迷宮初踏破』だったらしくて、記録には残らないが本人はいたく感激していた。
トールエスとの正式契約は明日だ。
冒険者組合にトールエスとの依頼を通す前に、タクトにも確認した方がいいだろうと思った。
取り敢えず宿を……と思ったが、宿より野営広場にする方が俺としては都合が良さそうだったので、冒険者組合で手続きをして広場へ向かった。
うわ、なんかこの間より混んで……あ、そうか、明日の競りは武具の出品が多いからか。
それにしたって、迷宮品の武具をそんなに欲しがるのは俺としてはやっぱりよく解らない。
だけど、タクトの作ってくれるものがなかったら、きっと俺も躍起になったのかもしれないような気もする。
タクトだけじゃなく、シュリィイーレの……か。
天幕の中に入り、ひと息つく。
シュリィイーレは今頃、丁度昼前だろうか……タクトに通信を繋ぐと、すぐに『何ー?』と返ってきた。
冒険者組合での経緯を説明し、迷宮品で『文字や記号のあるもの』を優先的に買い取れる契約ができるかもと話したら、予想以上に大喜びだった。
〈迷宮品だったら、少なくとも三十年以上は昔の物だよな。上手くいけば、それ以上ってこともあるし! 流石だよ、ガイエスくんっ〉
まーた変な『君付け呼び』……こいつ、面白がって使ってんのかな。
まぁ、いいけど。
「それとな、今からその冒険者組合との契約書を送るから、確認だけしてくれ。あ、署名とかするなよ?」
〈え、俺じゃなくていいの?〉
「おまえだと余計に面倒になるから。冒険者組合が皇国の商人とヘストレスティアの商人組合通さずに契約したなんてことになったら、確執が生まれるし俺も動きづらくなる」
〈ああ、そっか。ヘストレスティアって、冒険者組合と商人組合で随分と皇国の商人の印象が違いそうだなぁ〉
「違うだろうなぁ。どっちも牽制しあっているところがあるから。それと、トールエスって覚えているか?」
タクトは少し記憶を探るように『んー?』と言うが、すぐに『あの黴取り剤の奴か』と返してきた。
トールエスが『爺さん達から聞いた昔話』を幾つか知っていそうだから、書き出す依頼をしたいというと一も二もなく賛成してくれた。
〈お爺さんっていうと、ヘストール時代の人?〉
「その爺さんは、ヘストレスティア統合の二十年後の生まれだって言ってたぞ」
〈じゃあ、そのお爺さんが聞いたって『昔話』なら、ヘストール時代に生きていた人から聞いたってことだな!〉
……あ、そーいうことになるのか。
爺さんが子供の頃ってことは、その父親や母親はヘストレスティア統合前の人達ってことになるんだよな。
「それで、そいつと『冒険者としての俺』からの依頼として、約定したいんだが……構わないか?」
〈冒険者として……か。そうか、冒険者として俺からの収集依頼を受けているガイエスが、トールエスに『昔話の書かれたものを売ってもらう』って形の商取引依頼になる訳だな。そうなると……確実に買取契約にできるか……うん、大丈夫だ。約定書、用意できるか?〉
「これから書くから、書き上がったら見てくれ。書き足したいこととかあればその時に教えてくれると助かる」
〈りょーかーい! あ、これからちょっと教会に行ったりするから、終わったら連絡でいいか?〉
「ああ、平気。約束は冒険者組合の方もトールエスも、明日の昼前だから」
タクトが戻ったら通信を繋げるというので、冒険者組合の書類だけを先に送っておいた。
さて……約定書の下書きを書いて……あ、俺、約定に使える羊皮紙、持ってない。
買いに行かねぇと!
約定書用の羊皮紙は、ダフトより門前町の方が確実に売っている。
そちらに『門』で移動して、数枚綴りになっている羊皮紙を買った。
「これは、硬皮用紙?」
「ええ、そうですよ。最近、デルムトで作り始めたんですよ。役所でも使われる紙を作っているらしいですから」
役所で使う硬皮用紙……か。
一枚手に取り、店員の目の前で紙の端に爪を引っかける。
す、と爪が紙の間に入り込み、すぐにすーっと剥がれていく。
それを見ていた店員達が、目を瞬かせ、驚きの声を上げる。
「え、ええっ?」
「なんで剥がれちゃうの?」
「おいおい、どーして……?」
うん、あの剝離用紙だな。
まだ何も書かれていないから、剥がした後にくっつけられなきゃおかしなことには使われないだろうけど。
俺がぼそっと『やっぱりな』と呟くと、店員達が呼んできた店長が、何か知っているのかと尋ねてくる。
「ダフトの役所で使われていたものと、似ていると思ったんでな。ほら、聞いていないか? 役人が数人捕まった話」
「聞いてますが……え、まさか……」
「この剥がれる硬皮用紙を使った、横領騒ぎだったらしいぞ? 冒険者組合が気がついて告発したんだってさ」
全員ある程度のことは知っていたようだったが、使われたのが硬皮用紙でしかも剥がれるものだということは知らなかったらしい。
俺はあくまで『伝聞』として、剥がれる硬皮用紙を使った詐欺行為だったらしい……とだけ、話した。
店長はことの重大さに気付いたのか、硬皮用紙を持つ手が震える。
「それに使われたのが、この紙?」
「だと思うぞ。この紙はどうみたって『不良品』だ。剥がれちまったら、どんな契約だって意味がなくなるだろう?」
普通なら、そう考えるだろうということを言ってみた。
剥がした紙の裏に何かが書かれているなんて、誰かから聞くか実際に目にしなければ信じられないことだろうからな。
「そうですよ、店長。もし……うちのこの紙で契約ごととかして、その後に剥がれちゃったら……」
「うわ、それって、信用問題っ?」
「かかかか、回収だ! 全部、在庫も全部回収しろっ!」
「店長っ、製紙工房にもこのことは……?」
「勿論、文句を言うっ!こんな、とんでもない不良品を売りつけやがって!」
「だけど、返品……できます? 紙って全部買取で、確かそもそも返品交換とかもできないし……」
「それにこれ、安売りのを買ったんですよね?」
大慌ての店員達は、店内の硬皮用紙を全て回収したがその量と損失に呆然としている。
……これ……オルツとか、ウァラクに渡したら資料になるよな?
タクトも面白がるかもしれないし……
「それ、俺が買い取ろうか?」
全員が一斉に俺に注視する。
好都合と思っている者もいれば、怪しいと訝しんでいる者もいる。
「あ、悪い。俺は皇国の商人と個人契約をしてて、俺の契約主は『面白そうなもの』が好きなんだよ。仕入れ値と同額でなら、引き取ってもいいぞ?」
俺の言葉に、仕入れ値を急いで確認する者もいれば、そんなに払えるのかよと睨む者もいてなかなか面白い。
当然っちゃ当然だよな。
こんな不良品を欲しがるなんて、酔狂な買い物をする奴がいるとは思わないだろうし。
「ああ、別に構わないぞ。その製紙工房はここの店以外にも売ったんだろうから、デルムトへ行ってそっちから買えば……いっそ、その製紙工房から直接買うか」
「い、いえっ! お願いできれば、ありがたいですっ!」
「そうか? 無理しなくてもいいが……そうだな、もしもその製紙工房の情報をくれるなら……支払いを全部、皇国貨でしてもいい」
全員の目が輝いた。
この申し出を断れる奴は、おそらくヘストレスティアにはいないだろう。
元々俺は皇国貨しか持っていないんだけど、こういう時には恩着せがましく使えるんだよな、皇国貨払いっての。
皇国貨なら両替価格が変わってからヘストレスティア硬貨に替えたら、差額分を『儲け』にできるんだから。
ほぼ絶対に下がらないからな、皇国貨の価値は。
集められたその店の硬皮用紙は、中箱ひとつ分……これは、なかなか重いな。
箱から出して軽量化袋に入れたが、半分くらいは残っちまった。
これくらいなら……すぐにタクトの所に送っちゃえるか?
セラフィラントに届けるのは、この袋に入れた分だけで充分だろうからな。
受け取って店を出たら、物陰で『折りたたみ転送板』を開き、サクッとタクトの所へ送った。
後で通信が繋がったら、言っておけばいいよな。
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『カリグラファーの美文字異世界生活』第887話とリンクしています
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