陸第51話 ダフト 役所から街道

「……付いてくるのか?」

「邪魔はしないから!」


 役所に行ってみるという俺に、トールエスがくっついてくる。

 まぁ……いいか。

 こいつとしても明日まではここにいるのだろうから、食べものが入って来ないとか水道に不具合があって水が止まったらと思うと不安なのは当然だ。


 役所に入ると雰囲気は最悪、重苦しい空気感の中の職員に事情を尋ねる。

 泣き出しそうなのは……その人だけでなく、奥で対応をしている上役達まで顔色が悪い。


 話を聞くと、街道沿いに魔虫の群が現れてなんとか一度は退治できたようだが……その後も頻繁に出現するようになり修繕工事が阻まれているという。

 ……多分、近くに迷宮ができ始めていそうだな。


「そう、思うのですが……冒険者組合では『育っていない迷宮』の閉鎖依頼ができなくって……今、役所も衛兵団も……別の大事件で……ダフト近くにいないのです」


 あ、俺が持ち込んだあの、剝離式硬皮用紙事件の後始末に追われているのか。

 どうやら魔虫出現場所はダフトの近くで、町に影響がある場所だから育成対象外となり本来ならば衛兵団がすぐに潰すのだそうだ。


 でも、今エトロワは騒動の真っ最中で、衛兵団や役人達に関係者がいないか洗っている最中ということもあり、討伐に入れる衛兵が近くに全くいないという。

 ここまで来られるのは、早くても明日の昼前になりそうだとか……


 そっかー……エトロワの上役まで捕まったっていうし、商人組合と冒険者組合も巻き込んでいるからなぁ。

 ちょっと、手を貸すくらいなら……いいかな?

 俺も無関係じゃねーし。

 だけどなー、俺が表立ってやるのもなー……あ、そうだ。


「トールエス、さっき『なんでもやる』って言ってくれたよな?」

「あ、ああ……?」


 きょとんとしているトールエスを、ベソかいている職員の前にずいっと押し出す。


「こいつが、その街道の様子見に行くって。俺も一緒について行くけどさ、こいつに『指名依頼』したって形で冒険者組合に言ってくれねぇか?」

「えっ、指名依頼、ですか?」

「そうそう。冒険者組合に閉鎖依頼ができなくても、個々の冒険者になら『調査と閉鎖の指名依頼』はできるだろう?」


 トールエスが声にならない声で、ひゃうっと発するととんでもないとでも言うように俺に縋り付いてくる。


「ガガガガガガイエスぅっ?」

「俺も協力するから平気だって! な、職員さん、上役に確認してくれないか? 食べものが入って来なくって結構困っている店もあったし、水道に何かある前に対処すべきだろう?」


 危機感を煽り、更に青ざめる職員が奥へと走って行くと、今度はトールエスまでもが……泣きそうだ。


「無理っ、無理ーーっ! 俺まだ銀段二位だしっ、迷宮だって中級の浅い所だけしか入ったことないしっ、魔虫の少ない場所にしかっ!」

「大丈夫だよ。あんたが引き受けたってことにしてくれるだけでいい。皇国人の俺だと、色々と面倒なんだよ」

「そそそそぞぞぞぅだどじでぼぉぉぉっ」


 泣きながらで、何を言っているか判らん。


「ここで『冒険者』としても実績を作っておいてくれれば、俺が今後あんたに何かを頼む時に冒険者組合にも商人組合にも話が通しやすいんだよ。皇国の商人代行と繋がっていても『実績』がないと、ここ最近彷徨うろついている『行商人紛いの犯罪者』に疑われるかもしれない。なんせ、あんたは一度、皇国でやらかしているだろう? 帳消しにできる実績を、役所にも認めさせておければ『俺が助かる』んだ」


 そう、これはあくまで俺が俺の利益のために『トールエスを利用しよう』という話だ。

 本当はそんな実績なんかなくたって、皇国側は気にもしないだろうけどな。

 トールエスがヘストレスティア内で動きやすい方が、俺としても頼みごとがしやすいし。


「……わ、解った……ガイエスのためになるなら……で、でもよっ、俺、本っ当に……剣とか苦手だぞっ?」

「魔法は何が使える?」

「洗浄と耐性と旋風……だけ」

「充分だよ」


 役所からは背に腹はかえられないと思ったか、トールエスへの指名依頼という形で冒険者組合への依頼がされ、トールエスが改めてそれを請け負った。

 冒険者組合では怪訝な顔をされてしまったらしいけど、そんなものを気にする必要はない。


 現場は馬で行く程離れていなかったので、そのまま歩いて向かった。

 暫くすると、ビクビクとしながら街道の工事をしている人達をみつけた。


 トールエスから彼等に声をかけてもらっているうちに、俺は『魔力探知の方陣』を使って辺りを調べる。

 ……あった。


 うわ、本当に町の近くだな……戻ってきたトールエスが『宜しく頼むって言われた』となんだか照れくさそうな、嬉しそうな顔を浮かべている。

 冒険者ってのは、頼られると嬉しくなるものだよな。


 迷宮入口に近づく前に、トールエスの服の前後に『錯視の方陣』を描いておいて準備は完了。

 すぐに迷宮をみつけたが……うーん……狭そうだなー。


「ふたりでは、入れても戦いにくそうだな……」

「でもよ、俺が入らねぇと意味ないよなぁ?」

「そうだが、精々五階層程度しか、まだできあがっていないだろうから、途中で待っててもらうこともできる」

「えっ?」

「そんな顔しなくったって、あんたが魔獣に襲われることはないって」


 こそっと耳打ちをして、そういう魔法があるんだよ、と言うと、解りやすくぱぁぁっと笑顔になる。

 こういうところが憎めないんだよな、この人。


 中に入るとやはりかなり回廊は狭く、殲滅光で明るくしつつ俺が前を歩く。

 トールエスに『変な形の燈火だなー』と言われたが、返事はしなかった。


 途中の分岐は全くなく、暫く緩やかな坂を歩き続けると分岐が見えた。

 透かさず『採光』で一帯を明るくしたら、一番驚いたのがトールエスだった。

 ……そうか、普通はしないんだったな。

 すると、隅の壁際に魔虫が溜まっているが見えた。


「まままま、魔虫っ!」

「ああ、大丈夫」


 念のため、トールエスの足元に『清浄の方陣』を描いて展開し魔虫に近付くと、俺はいつものように殲滅光に雷光を乗せて放つ。

 魔虫は雷の光と共に青く輝き、ぱらぱらと分解されていく。

 お、苗床発見。

 これは煙を出しておくか。


 トールエスに焼くから煙を吸い込むな、と注意をして麻痺光と雷光を浴びせた後に、【炎熱魔法/緑】で部屋の中全てを焼く。

 充満した煙の中、階下への分岐を発見して下へとふたりで降りる。


「……凄ぇ……一撃……なんだなぁ」

「魔法だと、魔虫は結構楽なんだよ。あ、ちょっとここにいてくれ。あの煙があれば、後ろから魔獣は入って来られないから」


 五階層どころか、たった二階層だった迷宮とも言えないような『洞』の最奥。

 いたのは魔猿まえんだ。

 ……やっぱり、不殺の魔猿まえんとは顔つきが全然違うなぁと思いつつ、殲滅光で分解する。


 三体分くらいは討伐部位を取っておくか、と麻痺光を浴びせてからトールエスを呼んで、止めを刺してもらう。

 討伐証明ができれば、迷宮核を組合に渡さなくても怪しまれることはない。

 残りは焼いておこうなー。


「動けなくできる魔法もあるのか?」

「そう。ほら、迷宮核も掘りだしておかねぇと」

「あっ、そ、そうだったっ!」


 割と浅い場所にあったのでなんとか掘り出せた迷宮核は、珍しい形の短剣だった。

 ふっと浮かんだのは、タクトが教えてくれた『錫青銅すずせいどう』という名前。

 銅にすずが含まれている合金……だったか。

 あ、なんか、こうやって『理解』できると、結構嬉しいものだな。


「よし、戻ろう。まだ煙が充満しているだろうから、あんたの【旋風魔法】で、入口に吹き出すように巻き上げてくれ」

「解ったぜっ!」


 そして戻る道々、旋風で煙を外に追い出しつつ歩くトールエスの後ろから俺が付いていく。

 表に出た時には煙が吹き出たのを不審に思った人達が周りを取り囲んでいて、先に姿が見えたトールエスを讃える声が聞こえた。


 俺がそっとトールエスから離れると、その後ろでゴゴゴ、と唸りを上げて完全に迷宮が閉じる。

 歓声が上がって、人々はトールエスに感謝の言葉を投げかける。


 よしよし、俺としては思惑通りだ。

 ちっこい迷宮ではあったが、トールエスは役所からの緊急依頼を冒険者としてやり遂げ、冒険者組合に利益をもたらした。

 ……という実績を、これだけ大勢の人達が目にして、証人となってくれるのだから。


 さぁ、一緒に冒険者組合に行って、依頼達成の手続きするぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る