陸第50話 ダフト冒険者組合の前

 オルツで渡す書簡を明日までに用意してくれるというので、俺の契約書も明日持ってくると約束をした。

 冒険者組合から出て、さてどうしようか……と思った時にトールエスが現れた。


「あっれーー、やっぱりダフトに来たんだな!」

「ああ、ちょっと用があって。今、着いたのか?」

「そうなんだ。なんかさ、とんでもねぇ横領をしたっていう役人が逃げてたらしくって、町に入るのに検閲とか厳しくなっちゃっててさぁ」


 横領……そうか、あの剥離紙の犯人かも。

 トールエスの口からは、滑らかにそのあらましが語られる。

 どうやら捕まった奴が言うには、首都エトロワ役所の部署長まで荷担していたらしいということで、大騒ぎのようだ。


「そんでさ、行商人が絡んでいたらしくって、めちゃくちゃ調べられちまったんだよ。本当なら、昨日には着いてるはずだったのに」

「役人と行商人が、なんで絡んだって?」

「なんかさー、えーっと、紙の製法? とかなんとか……なんの話か、俺にはさっぱりだったんだけどさ」


 あの紙の製法も行商人か……

 もしかしたら、それが書かれた指南書でもあったのかもしれない。


 一体、何処であれは作られたんだろう。

 タクトが『ヘストール語が最初』って言っていた気がするから、ヘストレスティアで読ませたいってことなんだよな。

 俺達が見たことのない指南書が、いままで何冊も出回っているのかもしれない。


「なぁ、トールエスは『ヘストール語』ってちゃんと読めるのか?」

「……いやー……読み書きは、俺のガキの頃にはもう皇国語ばっかりだったぜ? 喋れるっていっても、爺ちゃんとか婆ちゃんが教えてくれたからだし」

「爺さん達ってことは、ヘストレスティアに統合する前か……」

「おいおい、そりゃ、皇国人ならそんくらい長生きだろうけどさ。ヘストレスティアだと、早死にする人が多いからなー。ま、迷宮に入るからなんだけどな。俺の爺ちゃんもヘストール語を喋ってはいたけど、大して書けなかったぜ」


 ……そうだった。

 微弱魔毒っていうより何より、迷宮で命を落とす人もかなりいるんだった。

 ガウリエスタに比べたらマイウリアだって長生きだと言われていたけど、皇国人に比べれば全然だったよな。

 どうやらトールエスの爺さんが生まれる二十年くらい前に、ヘストレスティアは統合したらしい。


 そして、その頃から急速にヘストール語は使われなくなって、手習いなどの全てが……皇国語に変わったと、トールエスは爺さん達に聞かされたんだとか。

 言葉って、結構簡単になくなったり変わったりするんだな……


「だけどさっ、本とか書類とかって全部皇国語だからさ、皇国語ができないと取引も契約も不利になるだけだろ? ヘストレスティアは、皇国以外殆ど何処とも取引できねぇし」

「そうだな、何処に行くにも船が必要になるもんな」

「爺ちゃんがよく聞かせてくれた昔話にさ、大昔は北の海全部が氷でできてて歩いて渡る話とかあったけどさ。そうだったら、アーメルサス側とかに簡単に行けたのかねぇ」


 ……氷上は……歩きづらかったから、魔法がなかったら難しいだろうなぁ……

 だけど、昔話……か。

 タクトは聞きたがるかな?

 ヘストレスティアのものって多分全然知らないだろうし、あいつ伝承とか好きだもんな。


 俺がトールエスに覚えている伝承話を書いて欲しいと、樅樹紙製の綴り帳を一冊渡したらめちゃくちゃ感激したような顔をする。

 え、なんで?


「だってよぉ、金段の冒険者から何かを頼まれるなんて……嬉しくねぇ冒険者はいねぇって!」

「そ、そうか……書いてくれたら一応、俺から謝礼は出すから」

「いやっ、要らねぇよっ! 俺は、ガイエスに凄ぇ助けられたんだ。受け取れねえって!」

「……俺からの『個人的な依頼』なんだ。受け取って貰えたら、商人組合に話を通せるし『実績』にしてもらえりゃ『今後も色々』頼みやすくなるんだけどなぁ」


 トールエスはお調子者だし、うっかりが多いけど悪人じゃない。

 全面的な信頼までは難しいかもしれないが、ある程度の信用はできる。

 こういう冒険者であり行商人は、結構貴重だと思うんだよ。


「そ、そうまで言ってくれるなら……俺としては、すっげぇ、ありがたい……っ! 俺っ、なんでもやるからなっ!」


 今度は泣きそうだけど……いや、そんなにか?

 ま、昼飯でも食べながら、相談しよっか。



 トールエスと一緒に昼食をとることにして、食堂に入った。

 この時刻でこんなに人が入っていないなんて、あまり旨くない店なのか?

 それとも、なんかあったのだろうか?


「あー、ごめんよ、お客さん……今日は、急遽休みだ」

「何かあったのか?」

「今日、食糧を運んでくる馬車が、セトアで止まっちまっててなぁ」


 セトア……ああ、カースとの間にあった、以前俺がちょっと休んだだけの町か。

 ここからだと、馬なら半日もかからずに着く町だ。


 皇国から買った食糧は、船でテルムントに入る。

 ガストレーゼ山脈が馬車で行き来できないせいだが、テルムントからなら川を使ってゼイク、エトロワに運ぶのが楽だからだ。

 川はエトロワからは、ダフトの北東の町ワンドンの方に入っていくのでそちら側から運んでいるのかと思ったが……?


「いや、ワンドンの側はでっかいドエト湖があってさ、それを迂回すると峡谷に阻まれるし湖を渡ってからだと、馬車が通れない魔獣の平原があるんだ」

「そうそう。あそこはいくら討伐しても、うじゃうじゃ湧きやがる。上級迷宮が多いのもあの辺りだからな」


 トールエスの説明に、店主も頷く。

 あー……なるほど。

 確かに迷宮が多い地域だと、食糧輸送の馬車は通りづらいか。

 そのせいもありエトロワからトロート山地を南回りで、カース、グスト、セトア、ダフトに馬車で運ぶらしい。


「だけどよ、セトアからダフトは『保護街道』だったはずだろ? 俺が一昨日通った時はなんともなかったぜ?」

「トールエス、保護街道ってなんだ?」

「あー、えっとな、街道の下に『水道』を通している衛兵団管轄の街道のことで、何があっても衛兵団が守ってくれる街道のことだよ」


 そうか、この町って湖は遠いし川もないからどうやって水を調達しているんだと思っていたけど、街道の下が水道だったとは。

 ここはきっと『迷宮への拠点』として作られた町なんだろう。

 だから水を引いて街道を造ってから、町を作ったのかもしれない。


 どうやら昨日、その街道に『不具合』が見つかり、修理をしているようだがその進捗が芳しくなく馬車が差し止めになっているようだ。

 ふぅん……冒険者組合では何も依頼らしいものがなかったから、役所に行けば状況が解るかな?

 流石に明日までここにいるんだから、気になるしなー。

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