陸第47話 オルツ教会
ルシクラージュさんへの礼はちょっと考えておくことにして、オルツの教会に来た。
何度かヘストレスティアに行ったし、旧ジョイダールの時と違って顔覆いとか付けていなかったからな。
多分大丈夫だとは思うんだけど、オルツから何度も出国しているのに教会に顔を出さないと心配するんだよなー、司祭様が。
教会の前ではまたちっこい子供達が遊んでて、俺が入っていくとぱたぱたっと遠くに行ってしまった。
……シュリィイーレの子達とはちょっと違うが、女の子ばかりなら仕方ないかもしれない。
教会の中へ入ると待合の部屋には、何人かの大人達が和やかに会話をしている。
子供達も一緒になって、布のようなものを運んだりしているみたいだけど……?
「いらっしゃい……あ、ガイエスさん!」
「まぁ、お久し振りですね。今、司祭様は聖堂にいらっしゃいますよ」
俺は礼を言い、軽く挨拶をして聖堂に向かう。
司祭様はすぐに俺に気付いてくれて、ようこそ、といつものように招き入れてくれた。
「なんだか、忙しそうだな」
「ふふふ、そうですね。あとふた月ですから」
「ふた月……? あ、婚姻式?」
そうだった、オルツの司祭様は今のセラフィラント公の妹君だ。
お祝いにも行くだろうし……でも、教会が忙しくなるのはどうしてだ?
「それはね、セラフィラントの教会で婚姻をお祝いする『腕飾り』を作るからなのですよ」
「腕飾り……って、ああ、これか」
薄い水色のサラサラした布と晴れた空と海の色のような蒼の布が、手巾くらいの大きさに揃えられている。
そのふたつの布を器用にくるくるっと纏めると、なんだか花のような形ができるので崩さないように革帯の金具みたいなもので固定する。
すると蒼と水色の布の四隅がひらひらしてて、確かに腕に付けたら綺麗かもしれない。
「服の袖には取り付け金具を付けておいて、こちらの袖章の金具のここを……引っかけて、留めるのです。そうすると、丸めた部分で金具も見えませんし、留め具に付いている貴石が綺麗でしょ?」
「ああ……だけど、これって簡単に外れるんじゃないのか?」
「そうよ、婚姻式の祈りの時には、外して……右手の指をここに……あら、これ、ガイエスさんには少し小さいわね。えっと、これなら平気かしら」
取り替えてくれた金具で留め直した二枚の布でできた腕章は、祈りの時に右手に持つか金具の輪を指に通して胸に手を置き、祝いの言葉である祝詞を唱えるのだとか。
その後は袖に戻してもいいし、そのまま指に着けていてもいいらしい。
そして婚姻式の後は、金具を外せば手巾としても使えるから持ち帰っていいものなのだそうだ。
「セラフィラント在籍者は、みんなこれを着けるの。大切なお祝いの儀式だもの、領地の臣民が祝福していると示すためのものなのよ」
「へぇ……知らなかった。婚姻式の頃はロートレアに行くつもりだったから、そっちで調達した方がいいのかな?」
「いいえ、在籍の町の教会で渡すのよ。この貴石の色は在籍教会の神の加護色だし、もうひとつ、街区章を着けるから受取りに行ってね」
そうだったのか。
よかった、知らなかったらセレステ教会に行かないところだったよ。
それらはひと月前になる
もしかして……マクトリィムスさんが船の徽章を作っていたのって、その練習とかだったのかな?
街区章と指輪になる留め具とか……これって全部、不銹鋼だもんなー。
「はいはい、こちらに腰掛けてね、ガイエスさん」
突然、司祭様に背中を押されて椅子に腰掛けると、またふわりと両肩に置かれた手から温かさが伝わる。
ふーーー……気持ちいいぃぃ……
神泉に入っている時みたいな気持ちよさだよなぁ。
いや、こっちの方が身体の中の方に『効く』感じ……?
「少しだけ身体が疲れているみたいですね。微弱魔毒はないみたいだからまだ良いけれど、睡眠とお食事はしっかりね?」
「はい。ありがとうございます……あ、そうだ」
忘れるところだった。
俺は袋に入れてあった『お土産』を渡す。
「……こんな気を遣わなくてよろしいのに……だけど嬉しいわ。ありがとう!」
「オルツの在籍でもないのに、いつも整えてもらっちゃっているから」
「それこそ気にしなくても……まぁぁぁ……! なんて素晴らしい……」
競りで、一番最初に買った小箱だ。
本当はこっちをタルァナストさんの菓子入れにと思ったけど、タクトの鑑定で箱の周りの飾りが神話の物語だって書かれていたから、司祭様の方が似合うかと思ったんだ。
「中に菓子も入っているから。子供達や神官さんの分は、こっちの袋ので足りると……」
聖堂で袖章を作っていた神官さん達や子供達が、急に全員こっちを向いて……ずっげぇ嬉しそうだ。
……菓子って、本当に全ての人を笑顔にするんだなぁ。
聖堂にいた全員、とんでもない喜びよう……セラフィラントなんて、どんな菓子でもあるだろうに。
だけど、子供達が笑ってくれるのは……なんか俺も嬉しいから、いいか。
帰り際、子供達に『お兄ちゃん、シュリィイーレのお菓子、ありがとう!』と手を振られた。
なるほど、シュリィイーレの菓子ってことで、もの凄く喜んでもらえたってことかもな。
また、持ってきてあげよう。
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