陸第44.5話 ヘストレスティア冒険者組合会議

「すまんな、遅くなった」

「いいや。悪かったよ、いきなり呼び出しちまって」


 各町の冒険者組合組合長が、首都エトロワの組合事務所会議室に続々と集まっていた。

 冒険者組合だけに限らず、どの組合でも組合長と副組合長だけは、皇国製の通信魔道具を持っている。


 そしてエトロワの組合事務所とは『門の方陣札』を使い、一日に一度だけは移動ができるようになっていた。

 魔石さえ充分なら、二度でも問題はないのだが急ぎでなければそれほどの出費をする必要はない。

 だが……今回の緊急招集は、少しばかりいつもとは違うようだった。


 集まっているのは全ての町の組合長ではないが、その地区では統括を務めるような組合長達。

 それと、迷宮品の競売場が設けられている町の組合長だ。


 エトロワ組合長・ニストラト、テルムント組合長・レクシオに招集を依頼したのは、ダフト組合長のトゥングスだった。

 首都の組合長からの呼び出しに応じたのは、デルムト組合長・カードル、ゼイク組合長・アキリス、カトエラ組合長・リエーク、カース組合長・レツィオ。


 誰もが元冒険者だからか、これだけの人数が一堂に会するとエトロワ冒険者組合本部の広い会議室も狭く感じるほどだった。

 呼び出した全員が着席したのを確認すると、ニストラトが話し始める。


「やっと混乱が落ち着いてきた時期に、すまんな。どうしても……緊急で伝えたい重大ことが起こった。詳しい説明は、今回の招集依頼をしてきたトゥングスから頼む」


 トゥングスが立ち上がると、全員の視線が注がれる。

 いつも明るく豪快なトゥングスが、ここまで深刻そうな面持ちでいることに誰もが違和感と緊張を隠せない。

 トゥングス自身も緊張を解そうとしてか、一度大きく息を吐き全員を見渡す。


「政府から迷宮品を皇国と取引するという確認証明のことは、皆知っていると思う。俺達がその内容をちゃんと読んで承認したものだ」


 全員が頷くのを確認し、トゥングスは続ける。


「だが、先日の迷宮品取引の時に……とんでもねぇものが使われていた。今はひとつしか手元にねぇから、みんなで回して見てくれ」


 先に見せられていたニストラトとレクシオの厳しい顔、次々に顔色と表情の変わっていく組合長達。

 中には愕然としてしまって口をぽかんと開いたままの者もいる。


「な……なんだよ、これは……?」

「裏が剥がれる硬皮用紙だなんて、聞いたことがないぞっ!」

「大体、どうしてただの確認書だというのに、契約書に使用するような硬皮用紙で……?」

「つ、つまり、この意味の解らない『契約』を……相手側に報せないままに、署名させてしまっていた……ってことだよねっ、これってっ!」

「ああ。しかもこの確認書は『冒険者組合承認済み』と、態々書かれていやがる」


 全員の驚嘆の叫びのような声がひと通り収まった頃に、トゥングスはガイエスから聞かされた硬皮用紙の説明とその目的と思われること、そしておそらく行われていたであろう事態を告げると、今度は全員が奥歯を噛みしめて小刻みに震える。

 中には怒りを抑えきれず、卓を思いっきり叩く者もいた。


 無理もない。

 政府が主導だったにせよ、個人や一部の者達の暴走にせよ、これは明確な冒険者組合への裏切り行為だ。


「これは、商人組合にも?」

「まだだが、そのつもりだ。こんなことで皇国との信頼を壊すなんて、商人組合としてはあり得ないだろうしな」


 当然だよね、と、商人組合と関係の深いレツィオは溜息を吐き、レクシオも頷く。

 迷宮品だけでなく、商人達や皇国の商会との関係改善と取引の増加に尽力してきたカースとテルムントでは、何よりも即座に対応しなくてはいけないだろう。


「だが、よく見つかったものだな。いや、見つかったとしても皇国との取引契約していたら、冒険者組合にじゃなくて商人組合か役所に持っていくんじゃないのか?」

「そっちに行かれてたら、我々には知らされないまま有耶無耶にされていたかもしれないね」


「特に、役所だと丸め込まれただろうな。もっと悪いのはヘストレスティア側の商人組合と冒険者組合のどちらも知らないうちに、皇国に知られることだろうが……」

「その点は大丈夫だ……と思う。この情報を持ってきてくれたのは、信頼できる冒険者だ」


 一瞬、信頼という言葉に全員が苦笑いを浮かべるが、トゥングスの言ったその名前に……納得の笑顔になった。


「ああー……ガイエスくんかぁ」

「彼なら、なんとなく解りますねぇ」

「そんなに凄い人なんですか?」

「あ、そーか、リエークは知らなかったっけね。不殺を踏破した『緑炎の魔剣士』だよ」

「レクシオさんが、カトエラの冒険者組合にいた頃の……? あの?」


 たった数年前のことなのに、既に多くの『伝説』を作り上げている金段の冒険者。

 会ったことないリエークでも、その名をどの町に行っても聞かされている。


「カースで衛兵団より先に魔虫の群を一瞬で全滅させたとか、入った全ての中級、上級の迷宮を『完全制覇』しているとか……?」

「そう。全部本当。しかもねー、この間なんてテルムントの衛兵団の護衛をさっさと撒いて、ゼイクにまで行っちゃうし。セラフィラント海衛隊とも懇意にしているしねぇ」

「……あいつ、シュリィイーレの商人と『個別契約』をしとった。しかも『品物制限なし』『買付金上限設定なし』だ」


 全員が目を剝き、動きが止まる。


「つ、つまり、ガイエスくんは『何を何処でいくらでどんなに大量に仕入れたとしても、絶対にシュリィイーレに買い上げてくれる商人がいる』……ってこと?」

「なんって、とんでもない……!」

「ガイエスが今回の、ダフト初の『二日間競り』に来たのは、その商人の意向だろう。支度金に……皇国大金貨まで持たされていたぞ」


 誰もが身体は動かせず、ただ目だけを瞬かせる。

 そんな大金を冒険者ひとりの裁量で使わせるなんてこと、とてもではないが信じられない。

 皇国籍の冒険者だからと言っても、考えられないことだろう。

 更に続けられたトゥングスの言葉に、またしても全員の背筋が凍るほどの衝撃が走る。


「その商人は……おそらく、皇国の貴族と深い繋がりがあるか、本人が貴系だ。契約者が皇国から出られないから、自分が依頼されている……と、ガイエスは言っていたからな」


 唾を飲み込む音が聞こえ、緊張が高まる。

 皇国の傍流貴族と契約があり、信頼されている冒険者ならば……海衛隊との繋がりもあるだろう。

 そして、今回の不始末の対応は絶対に間違えることが許されない、と全員が心に刻み込む。


「皇国の金段冒険者って、そこまでの信頼がないと駄目ってことなんですか?」

「きっと、それくらい信頼ができないと、シュリィイーレとの取引ができない……が正しいかもね。あの町は王都よりよっぽど厳しいよ。冒険者というだけで、目の前で扉を閉められてしまったり、話さえ聞いてもらえないらしいからね」


「レツィオが商人代理で取引していたのって、確かライエって町だったねぇ」

「ああ、あそこでも厳しかったなぁ……だけど、そっか、その契約があったから、ガイエスくんは東側は断念したのかな?」

「東側?」

「まさか、ジョイダールか?」

「うん。聞かれたんだけどね、トレスカに行ったっていう情報はなかったし。皇国で商取引契約していたのなら、人もいない所なんて行かないでしょ」


「……そういえば、国境を『トレスカの壁』までとする発表がありましたっけね……」

「それは『旧ジョイダールはヘストレスティアではない』ということ……ですよね」

「その通りだ。つまり『しろがねの功績』は、完全に切り捨てられ、二度とあの壁の向こうには……入れなくなるということだな」


 二度と入れなくなる、というのも、魔獣がひしめいているのだから安全のためといわれれば納得もできる。

 だが、国から切り離し過去の調査も探索も『なかったこと』として封ずるということだとしたら、頷くことはできない。


 かつて、最も偉大だった冒険者達の記録も抹消してしまう『国境改変』は、冒険者達の政府への不快感を煽るだろう。

 未だにしろがねの連団は、全ての冒険者達にとっては英雄なのだ。


「まぁ、その件は冒険者組合われわれがどうこう言える問題ではないし、今はそれ以上に急がねばならんことがある。話を戻すぞ」

「そうだった、ちょっと飛躍し過ぎた」

「まずは、あの詐欺紛いの書類をどうにかせんと」

「冒険者組合内にも協力者がいないとは限らん。あぶり出しをしないとな」


 ニストラトに促され、全員が少し落ち着きを取り戻す。

 ガイエスが知らせてくれたこの情報を無駄にせず、決して冒険者の不利にならないように解決しなくてはいけない。


「まず……商人組合と政府は結託してはいないだろうね」

「同感です。商人組合が絡むならば、もっと『揚げ足の取りようがない』形にするか、正規の方法で儲けるはずです」

「そうだろうな。だとしたら、これは政府が了承しているのか、一部の奴等の独断による横領なのかは……こっちで調べよう」

「協力致しますよ、ニストラト」


 レクシオの言葉にニストラトが頷き、ならば商人組合への対応は任せてくれ、とレツィオとアキリスが声を上げる。

 商人組合からと冒険者組合からの双方から『皇国との商取引協力礼金』の確認書だけでなく、硬皮用紙使用の署名に対して警戒をするように呼びかけ、どんなものであっても必ずガイエスが書き加えた文言をその場で追記してから、控えまでもらうことを徹底するようにと指示を出そうと決まった。


「さて……当面はこれでいいが……皇国側には……?」

「ガイエスからは、話さないようにして欲しいって頼んである。報告は冒険者組合からするが……ガイエスが取り次いでくれる」

「おいおい、トゥングス、まさかただ頼み込んだだけじゃないだろうね?」


「そうですよっ! こんなに有益で危険な情報を知らせてくれたのですから、それなりの支払いもしませんとっ!」

「ああ、ちゃんとガイエスから条件を聞いとるよ、レクシオ、カードル」


 だが、トゥングスの語ったその『条件』に、組合長達全員が不思議そうな顔を浮かべるばかりだ。


「……そんなので、いいの?」

「いやいや、待て待て。その言いようでは『ガイエスが金を払う』ということだろう? どこがどう『礼』とか『対価』になるんだ?」

「他に売らないでって頼まれなくたって、そんなものどうせ売れないんだから。逆に面倒な処理をせずに引き取ってもらえるなんて、こっちの利益になっちゃうじゃないか!」

「し、しかもなんですか、その設定価格! 彼は今の皇国貨の交換比率知らないんですか?」

「もしかして……以前来た時と同じ、なんて思っているんじゃ……」

「あの頃から比べものにならないほど、ヘストレスティア貨は下がっていますからねぇ……勘違いしていそうです」


「だからよ、それらはガイエスに受け取り指定をして、必ずロカエの冒険者組合まで俺達の誰かが責任を持って預ける……ってのは、どうかと思ってんだよ。いちいち来させるのも正直申し訳ねぇし、金段の冒険者に対しての扱いじゃねぇだろ?」


「そうだね、ガイエスくんになら僕達から出向いて、渡すくらいしないとね」

「今度テルムントに魔導船が入ったら、海衛隊と交渉しよう。彼宛の荷物を『特別便』で運んでもらえるかの」

「ああ、それがいい!」


「そーですねっ! 門前町からの国境越えで運ぶより、テルムントからオルツへ入れてもらった方が、海路でロカエに運びやすいですよ、きっと!」

「陸路でもオルツからロカエなら港町同士だから、馬車方陣が使えるはずだ」


 そして取り敢えず、今各地の冒険者組合で預かっている中に『文字の書かれたもの』がないかを探し出し、二日後にダフトにやってくるガイエスに『土産』を渡せないかと彼等は各々の町へ戻っていった。


 これから、ヘストレスティアでは冒険者組合と政府、そして商人組合を交えての大きな騒動となるだろう、と誰もが感じていた。

 彼等の奮闘は、この後である。



*******

次話の更新は9/9(月)8:00の予定です

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