陸第44話 ダフト冒険者組合組合長室

 冒険者組合に着いたら、すぐに組合長と別室で話したいというと、とんでもない勢いで頷いてくれた受付の人がこれまたとんでもない速さで組合長と一緒に戻ってきた。


「ガイエスーーっ! いやぁ、ありがとうよぉ! おめーさん、いい価格付けてくれてよぉ!」

「……ここじゃなんだから、声とか聞かれないところで話したいんだけど……いいか?」

「おうともよっ!」


 俺が普段なら全く値が付かないものに、皇国貨で値をつけたことに喜んでいるのだろう。

 競りじゃなくて個別交渉での取引になったら、冒険者組合には大した金額は入らないからな。


 奥の組合長室に通され、ご機嫌の組合長は酒まで出してくれた。

 ……すまん、酒は……いいや。


「それで? 皇国では売れそうか?」

「ああ。いいものばかりだったよ。それでな、ちょっと……酷い物を手に入れたんで、見てもらいたいんだが」


 俺が組合長の前に出したのは『剥がす前の剥離紙』に書かれている『確認書』だ。

 勿論、無記名だがタクトの複製品ではなく、間違いなく競売場の係員から受け取ったものだ。


「ああー、こりゃ知ってるぞ。役所からの協力礼金支払いのための、皇国との取引をしとるっつー確認書だよな。なんで……今おまえが持っているんだ? 役人に渡していないってことか?」

「いいや、ちゃんと役所に届ける分は『署名と押印』をして渡してあるよ。これは『同じものを取っておく』って言ってもう一枚もらった『控え』だよ」

「……控えだったら、おまえさんの署名か押印があるだろうが、ガイエス」


 タクトからの指示のひとつ目。

『相手方に全く同じものを二通作る要求をして、後から出された確認書に『魔力筆記と魔力押印』をする。そしてその魔力押印の方を『控え』として持ち帰る』


 色墨や押印液を使わない千年筆魔力筆記と魔力押印は、後から俺が『手の平で擦り取る』と完全に消えてしまう。

 だから、今、見せている控えには何も書かれていないんだ。

 だけど……組合長に見せたいのは、そこではない。


「契約書じゃないんだから、双方への記入の必要はないだろう? 俺が署名したものと同じものを、契約者に渡す必要があるからな」

「ま、そりゃそーか。ん? 見たことのない文が……加えられている。こんな文言……入れとったか?」


 組合長が指差したのは、署名をする場所の少し上。

 表側の文が終わったすぐ下に『俺が追加で書いた文字』だ。

 書いたのは勿論、さっき買ったヘストレスティアの色墨。

 この文が、タクトから指示のあった、ふたつ目。


「ここは俺が書いたんだよ。あちらの確認書にも、当然同じように入れてある。ほら、ここに『確認書受取役人』の『承認署名』があるだろ?」


 書き加えた文言はタクトからの『ふたつ目の指示』通り。

 まずは、文の終わりに横線を引く。

 そのすぐ下に『表面は以下余白 裏面には何も文字等の記載のないことを確認済み』と書いてある。


 これを承知させる時は『署名する方が『おかしなことを書き加えていない』ことをちゃんと記しておかないと、何かあった時に契約者に迷惑がかかる』と言えば、ヘストレスティア側は突っぱねられないだろう、とタクトが言うので試してみたら……苦々しい顔をしつつも署名を入れてくれた。


「……なるほど。だけどよ、普通に考えて裏になんざなーんも書かんもんだろうが」

「そうでもないんだよ」


 そう言いつつ、俺は控えのものの『裏』を半分だけ剥がして追加になっている文を見せた。

 組合長の動きが止まり書類に釘付けになった視線と、かっ、と見開かれた瞳。


「こんな細工までして『裏』に仕込まれていやがったのか……!」

「不当な手段だけど、署名や押印があると簡易契約成立の可能性があるんだろう?」

「そうだな……しかし、商人組合が絡んでたのか?」


「違うと思う。商人組合だったらこんな意味の解らない契約を役人に任せるより、正しく皇国商人と契約した方が安全に確実な儲けが出せる。これは『無理難題をふっかけて破棄させるため』の書き方だろう。でも、政府や役所の名前は出せないし、冒険者組合にはバラされたくないから商人組合を騙った。そして代理人だけだった場合にのみこれを書かせ、知らなかったから無効だって言われたら手数料分だけを取って……この契約をなかったことにする」

「手数料……? 簡易契約破棄の? だけどよ、簡易契約だったとしても役所への約定書だと『皇国の色墨と押印液』が必要だ。ヘストレスティアのものだと劣化が早ぇから」


 そうだったのか。

 だから、あの場に用意されていなかったってことか。


「ああ、俺のもので書かせようとしていた。俺は……ヘストレスティアの色墨を持っていたから、それで書いたけど。簡易契約の破棄手数料は大抵『食事一回か二回分程度』、らしいぞ?」

「……!」


 組合長も気付いたようで、顔が真っ赤になっていく。

 怒ってるなー、そーだよなー、怒るよなー。


「ガイエス……恩に着る。こんなことを許していたとあっては、冒険者の名折れだ。同じ仲間を騙して儲けようなんざ……あっちゃいけねぇ」

「じゃあ、この件は任せていいか? 俺としては、皇国の冒険者組合に……」

「いや、勝手を言ってすまんが、皇国側には……少しばっか、待ってもらえねぇか? 儂等で本当に政府がやっているのか、役所の担当者の自分勝手な暴走なのかくらいは突き止めたい」


 ……伝えるつもりはないって、言おうと思ったんだけどな。

 皇国が冒険者組合にどうこうすることはないだろうし、ヘストレスティアのことに干渉はしないだろう。


 良くも悪くも、皇国は自国の外側には『何もしない』だろうから。

 だけど……ちょっと頼みごとをしておけば、それを引き受けたんだから俺も約束を守る……と思ってくれるか?


「実は、ちょっと頼みたいことがあるんだが」


 俺がそう切り出すと、組合長はふっと安心したような感じに表情を緩ませる。

 なんだかんだ言って『冒険者は無償の善意を信じていない』ということなのだろうが、そう思われているならそれでいい。


「今後、迷宮品でもその他から見つかったものでも構わないが、古い本や書簡……『文字が書かれている全てのもの』を冒険者が持ち込んできたら、全部俺に売って欲しい」

「……は? 文字が書かれているもの?」


「そうだ。俺の契約している商人は『古い本』や『あらゆる記録』を集めている。価値があろうとなかろうと、全て引き取ってくれるはずだが皇国からは出られない人なんだ」

「皇国から……出られねぇ……って、おまえ、それって……あ、いや、うん、解った! 本や書簡……だな?」


「文字の書かれているもの全て、だ。石板とか岩や柱に刻まれているものでもいい。手に入ったらどこの冒険者組合であろうと必ず俺自身が取りに来るから、ロカエの冒険者組合に連絡を入れてくれるという……『ヘストレスティア冒険者組合の確約』が欲しい」


 組合長は即答をせず、三日、待って欲しいと言ってきた。

 それは構わないし、そもそもかなり面倒で難しい約束だろう。


「本一冊の最低保証価格は……そうだな、皇国小銀貨五枚だ。ものによっては金額を引き上げる。だが、破損が酷過ぎたり『紛い物』だった場合には、その限りじゃないけどな。勿論、俺の魔力入りの『表書きだけの契約書』を用意するよ。三日後、また来る」


 これは上手く全部要求が通ればそれが一番いいが、一部だけでも悪くはないだろう。

 この金額なら、俺としてはタクトに土産を買ったと思えるくらいなんだから問題はない。

 タクトも喜ぶだろうし、俺も色々と面白い本が読めるかもしれないし。


 さて……そろそろ、一度ティアルゥトに戻らないとな。

 あっ、しまった、カバロの菓子……は、明日タクトに頼むか。

 明日の朝、一番にオルツへ入って……あ、いや、今のうちにオルツに行って夜間施設使わせてもらおうかな?

 あそこの食堂、結構美味しかったもんな!

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