陸第43話 ダフト野営広場・門前町

 野営広場で天幕を広げてひと息つくと、ちょっと腹が減ってると気付いた。

 雲ひとつなく、天光が注いでいる乾いた空気を吸い込むと少し息苦しい……中で水でも飲んでからなんか食べよう。

 あ、撮影機、外しておこう。

 もういいよな……ふぃー、天幕の中、涼しいー。


 肉がたっぷり入った包みプパーネにかぶりつき、じゅわっと広がる旨さに自然と笑顔になっている気がする。

 うん、魚焼きもいいけど、包みプパーネはこの皮のぷにっとまふっとした感じもいいんだよなぁ。

 食べ応えあるし……あ、こっちの甘いのも旨ーー……!


 食べ終わって果実水でひと息入れていたら、タクトから通信が繋がった。

 何か解ったのかと尋ねると、今は宿なのかと聞かれた。

 あ、声が出せるかってことか?


「競り市で混み合っていたから宿が取れなくて、野営広場で天幕の中にいる」

〈それなら、音漏れも何も心配ないな〉


 そうだな、ヘストレスティアの建物だと消音の魔具なんて宿の部屋にはないし。

 タクトはこの短い間に、紙のことやらなんやら色々と解ったことを話し始めた。


〈あれは、圧着式で作られた剥がせる硬皮用紙だ。文字を書いた紙と、貼り合わせるもう一枚の紙それぞれの片側に松脂まつやにみたいな『樹脂』という油を塗り、その後で糊を使って『し着ける』と『剥がせる硬皮用紙』ができあがる。本来、硬皮用紙に油など使われないのだから、当然『態と』その用紙を作らせて使用しているということになる〉


 タクトに『補強羊皮紙』のことか、と尋ねると本当の補強羊皮紙というのは硬皮用紙よりもう少し硬めに作っているものだそうだ。


「それじゃあ、さっきの確認書ってのは剥がすと……何か書いてあったか?」

〈剥がしたら『一枚目の裏』に、変な『契約』が書かれていたぞ。おまえが『今後もヘストレスティア商人組合の要請に応じて皇国の契約商への販売を行い、販売価格の三割を手数料としてヘストレスティア商人組合に納める』ってさ。むちゃくちゃな契約だけど、魔力印なんて押していたら押しきられたかもね〉


 裏の文字が見えないような作りの剥離紙……

 前にウァラクでサルダートさん達から聞いたよな、裏にまで書かれている『違法契約』って奴。

 更にタクトは続ける。


〈正式契約扱いにするには、ガイエスの場合は皇国での契約締結承認が必須になるだろうからその時点で破棄はできると思うが、その場合でも『簡易契約を結んでいた』とされるかもしれないから、契約主への違約金的なものは若干支払わされそうだ。まぁ、一日の食事代くらいの微々たるものだろうけどねー〉


 食事代程度……?

 ああー……そういう仕組みか……なるほどなぁ。

 つまりはヘストレスティア政府は、冒険者に『協力礼金』など払う気は更々ないということだ。


 そもそも違法行為で簡易契約をさせておきながら、確認せずに署名や押印したのはそちらのせいだと言いがかりをつける。

 だが、狙いは『皇国やヘストレスティアの商人』や『皇国の行商人』そのものではなく、彼等と契約している『冒険者』だ。


 不注意で契約者に不利益なことを要求されてしまうと解れば、契約者はその冒険者との契約は破棄するだろう……と、脅しをかけて『今回だけは見逃してあげるけど簡易契約破棄の手数料をもらう』……といって小銭を巻き上げ、それを……冒険者組合に『礼金』として渡すってことかもしれない。


 全てが必ず上手くいくとは限らないし、この契約がうっかり有効になっても『悪いのは商人組合』にできる。

 役人達や政府はむしろ『仲を取り持って皇国商人達の不利益にならないように計らった』……なんて立ち位置になれるってことか。

 甘く見られ過ぎだろ、冒険者!


 タクトは『緊張が緩んで、確認書なんていうどちらかといえばどーでもいいものだから、さっさと書いてしまうだろう』と言うし、まさにその通りだろう。

 冒険者がヘストレスティア人なら、皇国商人と契約できるだけでかなりの収入が期待できるし、元々皇国の冒険者だったら端金はしたがねだから簡単に支払う。

 ヘストレスティア政府としても、どちらに対してもなんにも思うところなどなく、コマとして利用したって罪悪感もないだろう。


〈でな、ガイエス。千年筆と色墨、押印液は皇国のものには魔力が入っているから使わない方がいい。ヘストレスティアのもの、持ってる?〉

「いや……今は持っていない。それに、ダフトには色墨は売られていない。でも、セラフィラントとの国境から一番近い門前町なら売られているはずだ」

〈じゃあさ、ちょっと手間だけど取り敢えず、色墨も押印液も『できるだけガイエスの魔力文字と近いか同じ色のもの』を買って来て〉


 同じ色?

 ちょっと何を考えているか解らなかったが、すぐに『門』で移動し門前町へ。

 相変わらず、この町では入国差し止めをくっている冒険者がいるなー。


 国境門との境界の近くに、確か店が……あ、あった。

 この町は出入国で書類を書くことが多いから、ぼったくり価格ではあるが必ず色墨と押印液を売っている。


 俺の魔力文字と同じ……というと、赤、だよな。

 色を揃えて買う客は少ないのか、同じ色で本当にいいのかと店員に聞かれた。

 タクトがいいって言うなら、いいんだと思う。


 門前町から戻って、また天幕の中へ入り込む時になんだか周りの奴等が変な顔で見てきた。

 ……短い間に出入りしているからか……


「タクト、買ってきた」

〈お、おかえりー〉


 迷宮核以外のもの全部が転送で戻されて『ただの確認書』となった剝離紙も剥がれなくなって戻ってきた。

 それと……落札品全ての『鑑定書』?

 うぇっ?

 なんか、すげーもん、混ざってたみたい……だけど、よくこんなに短い間に書けるなぁ。


「……こんなものまで……」

〈折角のお土産だしね。一応俺との契約で買い付けたっていう体裁なんだから、一度は俺の手を通ったって言い訳もできる。ヘストレスティア側にも何も言われなくなるしな〉

「そうか、助かったよ。あの本は?」

〈あれはまだ、これから。あ、でもあの金属の箱はシュリィイーレでは見ない金属のようだから、これからちょっと調べてみるよ〉


「詳しく解ったら教えてくれよ。それと……もしもこの、えっと、圧着紙? 剝離紙? を鑑定以外で見分ける方法とかないか?」

〈んーと……それについては……ちょっとだけ待っててくれ。あ、今回のはもう署名して平気だけど、本名は書くなよ。それと、押印しても魔力を入れず、通称の文字を二文字くらいまで印影に重なるように上から書いて〉


 重なるように……?

 ちょっと撮影機で見てもらいながら書くか。


「これで、いいか?」

〈……うん、そうやって『同じ色の一部署名』を重ね書きしておけば、指輪印章の印影を魔力が入っていなくても勝手に複製されないからね〉


 そうか、印影を真似されて作られるってことも……うん、ありそうだよな、ヘストレスティアなら。

 魔力が入っている署名や印影の複製は違法だし、そもそもヘストレスティアではできないと思うが魔力を入れていなければ言い逃れされることもある。

 こんな書類のことは冒険者組合は知らないだろうから、印影が何かに複写されてても気付かないだろうしなー。


〈それから……この確認書を渡す条件として、相手にこう要求して〉


 タクトは俺に渡す時にして欲しいことを言ってきて、それなら冒険者組合にも伝えられそうだ、と試してみることにした。

 再び競売場でさっきの係員を訪ねると、すぐにまた別室に案内された。


 だが案の定、タクトの言った通りにすると相手方は何もできなくなったのか、期待通りの結果となり俺はすぐに競売場を出られた。

 俺からタクトに『何も問題なかった』と報告し、お疲れ様、と言ってもらえて通信を切る。


 さて……冒険者組合に行って、あのとんでもねぇ詐欺書類のこと、報せておかなくちゃなー。


 *******

『カリグラファーの美文字異世界生活』第878話とリンクしています

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