陸第42話 ダフト競売場と奥の小部屋
武具でもなく貴石でもない迷宮核だという品にどれくらいの値が付くのか、一階の冒険者達も興味があるようだ。
ざわつきの中には、大して高くならないという声もあれば、あの金属製の箱なら皇国でもいい値で売れるはずだという奴もいる。
当然ながら、冒険者達は誰も『本』に価値を見出してはいない。
だけど、二階の連中はどうだろうか。
迷宮核の開始価格は、入札で最も高額だった『皇国大銀貨二枚』から……これはほぼ、俺の予想通りだ。
だがタクトはやたらと驚いたように『やっす!』と叫ぶ。
「……これを『本』として価値があるって言ってるのは、多分おまえだけだと思うぞ?」
〈なんでっ?〉
「だって、誰も読めねぇし。だから、価値がありそうなのは金属製の箱だけだっていう判断だろう。実際、俺も入札は皇国大銀貨一枚と小銀貨五枚だったし」
読めなくたって持ち続けたいなんて思うのは、皇国の人達でもそう多くはないと思うんだが……
タクトの周り、いや、シュリィイーレは違うんだろうな。
そうじゃなかったら遊文館なんて施設があそこにできあがったって、半分以上は読めない本なんだから見向きもしない奴の方が多いと思う。
競りが始まるまで、タクトは『歴史的文化的価値は、計り知れないのに』とか『読もうと努力し続けて研究し続けることが、過去の扉をひとつひとつ開けていくことになるのに』と
勿体ない、勿体ないと繰り返す。
「冒険者も商人も、興味があるのは『今』と『近い将来』くらいだよ」
〈今の意味と未来の可能性の予測には、歴史を知ることが重要な手助けになるものなんだよ〉
俺達の言い合いの最中も少しずつ値は上がっていったが、皇国大銀貨三枚と小銀貨七枚の後に『他はないか』と進行役の声がかかった。
〈ガイエス、小金貨一枚で!〉
タクトの声に、俺も一瞬言葉が詰まる。
いきなり小金貨かよ!
出品した奴、倒れねぇといいなー。
「……青五番 皇国小金貨一枚」
俺の声が会場流れると、地響きのような雄叫びと響めきが会場を満たす。
そりゃ驚くよなぁ。
全員が『あの金属製の箱』を競っていると思っているんだから。
「あ、赤四番っ! 皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨……さ、三枚っ!」
へぇ、これに乗っかってくるってことは『本』が欲しいのか?
次にタクトから指示があったのは『皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨五枚』。
うん、妥当だな。
もう上がり過ぎだと思うし。
「青五番 皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨五枚」
流石に次はないんじゃないかと思っていたら、赤四番さんはまだ諦めないようだ。
「赤四番……皇国小金貨一枚と、皇国小銀貨……六、枚……」
既に売り渡したい相手でも目星が付いているのか?
だがきっとこれが限界なんだろう。
いや、もう赤字なのかもしれないが、意地になっているんだろうか。
その時タクトの『突き放すか』という呟きが聞こえ……
〈皇国小金貨一枚と、皇国大銀貨一枚〉
「青五番 皇国小金貨一枚と、皇国大銀貨一枚」
容赦ないなー。
いきなり大銀貨にしちゃったら、絶対にだーれもついて来ないぞー。
進行役も上がり過ぎた価格にちょっとびびって、声を振るわせつつ次を促す。
「……皇国小金貨一枚、皇国大銀貨一枚! あ、ぁ、ありませんかっ?」
赤四番は、完全に諦めたようでどこからも声は上がらない。
「青五番『確定』!」
うっぉーーーっ
おおおーーすげーーー!
うひょおぉぉぉぉぉっ!
ふぅおおおぉぉ!
あちこちからの声が響いて、ぐわんぐわんと会場中が揺れるみたいだ。
だろうなー、武具だってなかなか皇国小金貨までの値は付かないし、付くとしたら相当魔力を溜め込んでいるものだけだ。
冒険者からしたら『歴代で一番価値がないと思われた迷宮核』に、最高額が付いたって感じなんだろう。
その叫びが届いていたのか、タクトは呆れたような声を出す。
〈面白いなぁ、冒険者って〉
「よかったなー、全然値が上がらなくて」
〈……複雑だよ、俺としては。価値が解らない奴が多過ぎるってことだもん〉
「そーだなぁ……捨てなかったとしても、あの箱から取り出してぶっ壊しちゃったかもなー」
〈ホント、おまえがいてくれて良かったよ……〉
まぁ、タクトとしてはそうだろうな。
今回は運良く俺が居合わせられたけど、今までも今後もおそらくは……本や書簡なんてものは、廃棄の対象にしかならないだろう。
今までどういう扱いになっていたか、冒険者組合に聞いておく方がいいか?
落札品の受取はこの後、別室で行われる。
タクトからは撮影機を動かしたまま、通信も繋いでいて欲しいと言われたのでそのまま案内された部屋に向かう。
部屋は思っていたより広く、明るいが窓はない。
おや?
この人は、冒険者組合の人じゃないみたいだ。
右側の襟につけている徽章、色は違うがけど衛兵団のものと同じ……どうしてだ?
金額が予想より上がったから、役所か衛兵団の警備が入っているってことなのか?
「落札、おめでとうございます」
「ああ」
「お声を上げられた品は、全て落とされていましたねぇ。ですが、ご自身のお使いになるようなものは、なかったみたいですが?」
「……俺が使うのは、シュリィイーレ製かセラフィラント製だけだ」
ムッとした顔でもするかと思ったが、表情はどちらかというとにんまりとした感じになった。
……ぼんやりと、黒っぽい
きっと『
嘘を吐いている奴だと身体全体を、何か仕掛けようと狙っているような奴だと意識が向いている方向に靄がかかるんだけど、なんだか手元だけってのは初めてかもしれない。
だが、金額と落札品の数量などの確認を済ませ、落札代金と手続きの手数料を払い終えても、特に何もおかしなことはない。
落札した品々が目の前に並べられ、所有証明となる魔力登録も問題なく……あ、少し靄が動いた。
「はい、確かに。では、こちらの品々を皇国内で取引するという確認書に、署名か押印を」
手元の靄が差し出した書類を包み込むように、移動した。
この書類に何か?
その時、タクトの声が耳に響いた。
〈ガイエス、待て!〉
手を止め、渡された書類を読む振りをしつつ口元を隠す。
〈色墨も押印用の印液も用意されていないということは、おまえの千年筆や皇国の印液を使わせたいのかもしれない。一旦預かって、後で渡していいかの確認をしてくれ〉
……なるほど。
そういうところでも、怪しさって解るのか。
きっとこの書類に、俺の魔力署名か押印をさせたいから魔力保持力の高い皇国製を使わせたいのだろう。
千年筆のことをもしも知っていたら、必ず所持している者の魔力が入っているということも知っているはずだ。
そういえば、千年筆の署名は簡易契約でも有効だと……言われていたっけな。
「すまんが、今は筆記具も印章も持っていないし、全てを売るとは限らない。契約者と確認したい」
「え、えーと、ですがこれは単なる、皇国との取引があると言うだけの確認書でございまして……」
「だったら俺には『個人契約証明』があるのだから、問題ないだろう。すぐに確認は取れるから、後で持ってきてもいいか? 駄目だというのなら、俺は署名も捺印もできない」
やっぱり、襟の徽章が示すようにこいつは冒険者組合でも商人組合でもなく、役所から来たのだろう。
これを書くことで初めて冒険者達への政府からの『協力礼金』が支払われるということのようで、なくたって俺としてはなんの問題もないものだ。
役所が今、冒険者達からの信頼を裏切ることが
「そう……ですか。では、出品者への協力礼金の支払い手続きもございますので……天光が陰る前までには、必ずお持ちください」
「解った」
預かった書類は『違和感』だらけだ。
俺は肩掛けの鞄からもう一枚の大きな手提げ袋を取り出し、落札品全てとその書類も入れ込む。
この袋ごと契約者に渡すと思ったのか、俺が書類をあまり確認しないことにほっとしている。
……皇国人でも冒険者なら、騙せるとでも思っているんだろうか?
手提げ袋の底には『転送の方陣』を描いてあったから、今入れた物は既にタクトの手元だ。
みんなへの土産物まで入れちまったが、あとで戻ってくるだろうしあいつが手元で実物を見られたら喜ぶかもしれない。
部屋から出ようとしたその時、タクトの声が聞こえた。
〈なんだ、この書類?〉
やっぱり、なんかあるんだな。
一度通信を切り、扉から出てすぐ……俺は野営広場へと『門』で移動した。
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『カリグラファーの美文字異世界生活』第877話とリンクしています
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