陸第38話 ダフト冒険者組合

 政府が冒険者に媚びる時と言うのは、大抵は『誰もやりたがらない仕事をさせたい時』だろう。

 ……俺が思いつくのは、オルツで聞いた『トレスカの国境壁強化工事』だ。

 皇国から石材が買えないと解ったのか、切り出しに冒険者の手が欲しいのかもしれないな。


「で、どうする? 参加すっかい?」

「……ちょっと出品される物を見てから決める」


 登録して競りに参加したって、多分タクトやタルァナストさんが面白がったり欲しがる物は『値が付かない』物の方が多そうだ。

 だけど、競りに出す物は『売れそうな物』だけで、そもそも出さずに冒険者組合との取引になったり、商人に売っちゃったりしそうだよなぁ。

 ……ん?


「この『迷宮核のみ事前入札制』ってなんだ?」

「ああ、まずは買いたいと思う奴に『この金額なら買う』っていう投票をしてもらうんだ。投票者全員の付けた価格が出品した奴の希望価格を下回っていたら、競売場にいる全員での競りになるが、上回っていたら一番高い入札価格が競りの開始価格になって『事前入札で希望価格より上の値をつけた人達だけの競り』になるんだよ」


「もし、入札価格が希望価格を上回っていなくても、他国との取引協力礼金を足したら上になる……としたら?」

「希望価格以上がひとりだけってことなら……競りにはならず最高額入札者の手に渡る」


 そりゃ、本当に『有利』だな。


「今回の迷宮核の競りは八日だから、入札は今日までだけど……ちっと珍しいから、希望価格を上回らねぇかもしれねぇなぁ」


 そう言う組合長の視線の先、迷宮核の欄には『金属製の箱に入った本』……え?

 えええええーーー?

 それ、絶対にタクトがめちゃくちゃ欲しがる奴じゃねぇか!


 くっそ、なんだってちゃんとタクトに頼んでおかなかったんだよ、俺っ!

 自分の目利きの自信なさと変な拘りで、不利な条件になっちまうとか……!

 だけど、希望価格より高値がつけられれば……あれ?

 価格は……伏せられている?


「希望価格って……書かれていないんだな」

「ああ。本人と世間の差ってのはあるし、もし入札がなかったとしても、とんでもねぇ価格なんざ付けていたら、周りの冒険者達から何か言われることも……」


 ふと、腹辺りがもぞっとした。

 ……なんか、届いた?

 俺は組合長から隠れるように【収納魔法】からそっと取り出して、目を瞬かせる。


「すまんっ、ちょっとこっちの卓、使わせてもらっていいか?」

「あ? ああ、構わねぇけどよ。なんだ、慌てて……」


 なんだってこう、丁度いいっつーか、見計らったようにとんでもない物が届くかなぁ!

 タクトが送ってきたのは『個人契約依頼書』と『契約書簡』……今、一番必要なものだ。


 これがあったら、入札も競りも、もし競りにならなかったとしても不利にならずに交渉ができる!

 俺は深呼吸を繰り返し、ざわざわと煩い周りに気付かれない程度の声でタクトを呼ぶ。


〈うわ、吃驚したっ! どーした、どーした、いきなり!〉

「すまん、今すぐに契約書に署名して送り返すから確認してくれ」

〈おい、ちゃんと約定書は読めって〉

「大丈夫だよ。ちょっと……急ぐんだ。頼む」


〈……それはいいが……本当にいいのか?〉

「当たり前だ。おまえと以外に、取引契約なんてしたいとは思わないし、俺としても……ありがたい申し出だ」


 いかん、後ろにいる奴が近付いてきた。

 声は出せないかもしれないから、伝えたいことを紙に書き出す。

 タクトは少し、怪訝そうに話す。


〈おまえが了承してくれるなら俺は嬉しいし、今後もいろいろと頼みやすくなる。あ、飼料の取引も頼めるよな?〉

「飼料は問題ない。商人組合での承認が出たら、すぐに教えて欲しい」


 契約書に署名と押印をして、今書いたものと一緒に転送する。

 通信は……タクトの『うわ、マジかよっ』と言う声を拾って、ぷつっと切れた。

 きっと、商人組合に走ったのだろう。

 いや、あいつのことだから『移動の方陣』を使っていそうだな。


 今のうちに『入札価格』を書いておくか。

 受付で用紙をもらい、売りに出した冒険者や商人達がどれくらいの価格をつけるかと考える。

 いや、今回考えるのは冒険者の方だけでいい。

 希望価格を上回った奴が複数いれば、競りになるのだから。


 冒険者だと『本』には、さほどの価値を感じていないだろう。

 だが、箱は金属製だ。

 ならば、素材としてはいいものだと思うはずで、古い本は読めないのだからと取り出してもいないだろう。


 下手に中身を出してしまって『金属製の箱に不具合』が見つかることを避けるはずだ。

 内側に錆とか汚れがあったとしても、中身の破損を防ぐために取り出していなかったという言い訳もできるしな。


 だとすると……皇国銀貨で五枚くらいは、欲しがりそうだな。

 潜った迷宮は中級、階層は四十二で、二十番台の青迷宮……うん、踏破報酬は皇国銀貨で二十枚ほどだろう。

 ならば、ここは皇国大銀貨くらいの価格を希望している可能性がある。


 お、タクトから届いた……早いなー、流石に。

 契約の整った『契約書控え』と『個人契約締結証明』……よし、これで大丈夫だ。

 すると即座に通信が繋がる。


〈ガイエス、金は平気か?〉


 大丈夫と言えば大丈夫なのだが……冒険者の希望価格は上回れるだろうけど、代理人じゃなくて皇国の商人本人がいたら『本』の価値に気付くかもしれない。

 そうしたら、値がつり上がるかもなぁ。

 いかん、また人が近付いてきた。


「一応、皇国小金貨は十数枚あるから大丈夫だと思うけど……いくらくらいで取引されるかは解らない」

〈競りや価格交渉の時は通信繋げながら、撮影もしてくれ。どんなに朝早くてもいい。金と魔石は、足りなくなったらこっちから送る!〉


 相変わらず、頼もしいというか、思いっきりよく金を使える奴だよな。

 まぁ……今数え直したら皇国小金貨が十五枚あるし、きっと足りるよ。

 だけど、競りに参加するためにはちゃんと金を持っているということを示しておく必要があるから、多めにあるに越したことはないんだよな。


 ああ、そうだった……タクトに支払う予定の魔石代金……大金貨を何枚か、持ったまんまだった……

 小金貨で充分だとは思うけど、いざとなったらこれをちらつかせればいいな。

 じゃあ、登録に行ってくるか!


 受付で迷宮核への入札をしたいと申し出て、競りの参加費とタクトから貰ったばかりの『個人契約締結証明』を提示する。

 組合長が穴が開くかと思うほど、証明書を見つめているが……?


「おめーさん……シュリィイーレで取引しとるんか……」


 あ、そーか。

 ヘストレスティアでは、シュリィイーレって伝説みたいな町だもんなぁ。

 そーだよ、俺の友達なんだぞ。

 ……教えてやらねーけど。



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『カリグラファーの美文字異世界生活』第872話とリンクしています

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