陸第37話 ダフトへ

 翌日、ティアルゥトの牧場でちょっとカバロと遊んでから、ロカエの冒険者組合へ行く。

 タルァナストさんから俺宛の手紙を受け取ったら、冒険者組合からで『口座がいっぱいです』って書かれていたからだ。


 ライエで受け取ったのに、何が入ったんだと思ったらウァラクからドカッと入っていた。

 そーか、迎祠の儀の協力とか、ヴェロード村のとかローテラストのもか……うん。

 いちいち驚かなくなってきたな、俺も。

 いや、まだどっか、ちょっと他人事気分なのか?

 受け取ってそのまま魔法師組合に届け、中央口座に入れる手続きをさせてもらった。

 便利だなー。


「あ、両替って役所でやってもらえるのか?」

「承っていますよ。ただ、予約のない方だと、大金貨の両替は五枚までですけど……」

「いや、流石にそんなには……銅貨が欲しくてさ」

「小金貨や大銀貨からでしたら、ここででもいいですよー」


 よかったー。

 普段使いの銀貨、大銀貨の他に、銅貨を少しばかり多めに替えてもらった。

 あ、ヘストレスティアに行った後に、タクトに連絡しておかなきゃ。

 どの飼料がいいかとか確認して、タルァナストさんに作ってもらうから材料費分は持っておくか。


 競りが朔月さくつき七日と八日と言っていたから、六日の朝にヘストレスティアへ行くか。

 どんなものが競りに出るのか確認したいし、もし迷宮核が良さそうだったら競りに出たくなるだろうから手続きも必要だろうし。


 うーん……カバロはどうしよう……ダフトの周りって、走ってて気分が良かった記憶も悪かった記憶もあまりない。

 すまん、留守番しててくれ。

 カースに行くなら連れて行ったんだが、今回は寄らないからな。



 六日の昼過ぎ、ダフトに入った。

 ……ちょっと、カバロに強請られて朝の散歩に行ってしまったせいで遅くなっちまった。

 雑然としていて、翌日から競りがあるからか人通りの多い町中。

 なんだか乾いた感じの空気すら、ちょっと懐かしい。


 冒険者組合に入るとかなり混み合っていて、どうやら明日からの競りの出品予定品が貼り出されている。

 やはり武器や防具、それと貴石が付いている装身具が多いようだ。


「へぇ、いいものがあった迷宮だったんだなぁ……」


 ぼそっとそう呟いたら、受付の女性と目が合った。

 その人は、俺を見るなりとんでもなく驚いた顔で奥へと走って行く。

 え、なんで?


「ガぁぁイエスくーーんっ!」


 受付の人が飛び込んだ部屋から、でかくてゴツイおっさん……組合長が諸手を挙げて走り寄ってくるもんだから、思いっきり飛び退いてしまった。

 どうしたんだよ、ヘストレスティアの冒険者組合はっ!

 どこもかしこも対応がおかしいぞっ!


「どうだ、どうだ? どこかの迷宮に入りに来たんじゃないのかっ? これなんかいいぞっ! ついこの間上級指定になった、踏破者の出ていない迷宮が……」

「入らないよ、迷宮には。競りを見せてもらいたくて来たんだって」

「……なんだ。つまらんことを」


 おいこら、迷宮品の競りで儲けているこの町の冒険者組合で、言っていいことじゃねーだろうが。


「明日と明後日の二日もあるなんて、どんなものが出るんだろうと思ってさ」

「まぁ、なぁ。あんたが持ってきた上級迷宮の武器なんかに比べればちっとは劣るが、中級にしてはかなり多いし状態の良いものばかりさ」

「魔具としては、まだまだってことか」

「ああ、そうだな。でも、ひとつひとつに付いている貴石の数が多くてな。武器や防具としては型が古いものが多いから使い勝手が悪くても、素材と魔石としてみれば相当いいものだ」


 余程いい石や金属なのかもしれないな。

 安めだったら競り落として、タクトやタルァナストさんへの土産にしてもいいか。

 でも、競りにかけてもヘストレスティアでは大して値が付かないものの方が喜びそうだな。


「なあ、競りで値が付かなかったものというのはどうなるんだ?」

「冒険者組合提示の買い取りの価格に不服だったら、持主に手数料分だけもらう感じで返却だが……大抵は商人達が持主と交渉するから売っちまうかな。冒険者としても持っててもどうせ高値で売れねぇし、捨てるにも手間がかかるなら手数料分にちょっと上乗せくらいしてくれりゃ喜んで売るだろう」


 そうか……商人ってのは競りに参加できなくても、手に入れられる可能性はある訳だ。

 欲しいものに値が付いてしまった時のために、冒険者を連れて競りにも参加するのだろう。

 だけど皇国で売れるものってのは、ヘストレスティアで売れなかったものの方だろうから値が付かない方がありがたいってことだな。


「まあ、外れ品の買取交渉ができるのは商人組合に所属している商人か、冒険者だけだ。もしくは、商会や商人と『個人契約』を結んでいる代理人」

「迷宮品の値崩れ防止ってことか?」


「それもあるが、冒険者組合の信用ってのもあるな。迷宮品に高い物と安い物があるのは仕方ねぇが、苦労して取ってきた物を価値も解らねぇ奴に、ただ同然でなんて渡したくないと思うもんだ。だから、冒険者組合で買い取るか商人が『売るために買い付ける』って方が、冒険者達も気分が悪くはならねぇんだよ」


 なるほどな。

 何を持ってきても『ゴミ』にはしない、ということだ。

 そうか、だから浅い場所でも潜って、少しずつ稼ぐ奴もいるのかもしれない。


 競りにかからない程度の物でも直接行商人と交渉するより、冒険者組合を挟む方が危なくない取引になるが、面倒がる奴もいるのだと組合長は溜息を吐く。

 だとすると、競りにかかって売れる物より、売れない物を持ってくる奴の方が……あの詐欺に引っかかりやすいかもな。


「競り、参加してみるかい?」

「そうだな。参加費は?」

「皇国銅貨で五枚だ。あ、おまえさんは『行商人契約』とか『商人組合登録』……商人との『個人契約』は?」

「……いや」


 忘れてた。

 うーん、タクトに頼もうかなぁ、やっぱり。

 だけどどうして、そんなことを聞かれたんだ?


「そうか、商人との取引があったら、迷宮品買い付けは有利になったんだけどな」

「有利って?」

「ヘストレスティア政府がよ、迷宮品を他国……ま、皇国のことだが……他国へ『販売』のために仕入れるってのを歓迎しててな。そういう繋がりのある奴に売ると、冒険者も『皇国との商取引』に協力したってことになるから、礼金みたいなもんが出るんだよ。売れた品ひとつにつき夕食一回分くらいだけど、それがあるから冒険者でなく商人に売りたがる。競りでも、その分が提示額に上乗せになるんで『有利』なんだよ」


 実際の競り落とし価格よりちょっとだけ……食事代一回分の上乗せがあるってことか。

 でも、金額が上乗せされりゃ、そっちに売りたくなるってもんだな。


 珍しいな、そんな機嫌をとるみたいなこと……ヘストレスティア政府は今更、冒険者を懐柔しようとでもしているのか?

 だけど……なんのために?

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