伍第79話 ピリルェット・宿の食堂
モヤモヤしたまま、俺は一度ピリルェットの宿に戻った。
カバロの世話でもして、気持ちを落ち着けた方がいいと思ったからだ。
俺は商人に対していい印象を持ってはいない。
いい人は、いる。
しかし、その人だから信用があるだけで、商人という職の信頼が上がることは……多分、ない。
だからと言って全てに疑いを向けて、初めから商人の全てを警戒したり信用しないと決めてしまうのは、やっぱり間違いだと思う。
ヒン
カバロの声は『悩んでも仕方ないこともあるよ』とでも言うようで、相変わらず俺を慰めているみたいに聞こえる。
やばい、抱きついて癒やされている場合ではないぞ、俺。
オルビタ山地の湖地区にあるっていう神泉にも行ってみたいからな!
明日、出発しようか!
「あれれー、ガイエスくんもこの宿だったのかぁ!」
夕食に宿の食堂に行ったら、またまたタセリームさんに出会った。
一緒に食べようよ、と同じ卓に誘われた。
……あれ?
さっきの……えーと、アルテサーノさん、だっけ?
「はっはっはっ! なんだか気が合うねぇ、俺達は!」
「そうですね! アルテサーノさん、大盛りにします? ガイエスくんは?」
「普通で、いい」
ふたりは大盛りの食事を頼み、運ばれてきた皿から溢れんばかりの牛肉煮込みにめちゃくちゃ笑顔だ。
あ、この牛肉、柔らかーい。
噛むとじゅわんって旨い汁が口の中に溢れる。
そうそう、タクトが作る『パティーグ』って奴に凄く似ている。
んまー……
甘藍も塩味と酸味が付いてて、ちょっとしなっとしているんだけどしゃくしゃくする。
細く切られた胡瓜も混ざってるみたいだし、この白い粒々って胡麻かな。
俺、これ好きだなー。
この甘藍だけは、大盛りにしたかったかも。
「タセリームさん、カタエレリエラには行ったのか?」
テルムントでそう聞いていたので尋ねてみたら、カタエレリエラからルシェルスをまわってからリバレーラに入ったらしい。
カタエレリエラとルシェルスにも神泉があったかを尋ねたが、ルシェルスのラウトーラという町に『冷たい神泉』があるという以外は聞かなかったと教えてくれた。
ラウトーラはレルンテアから西で、エテルステート山脈の麓にあるのだという。
「カタエレリエラは森が多い土地だからね。山もあるから掘ったら出て来るかもしれないけど、見つかったという話は俺も知らんなぁ」
アルテサーノさんの言葉にタセリームさんは大きく頷き、最も南方の南北に広がるヴェンドルア樹林などは『未踏破』なのだそうだ。
……へぇ……未踏破、かぁ。
入れるのかなぁ、その森……行ってみたいなー。
あ、いやいや、まずは旧ジョイダールの北方だって。
夏のうちに行っておかないと、冬になったら多分凍って入れなくなる。
そーか、冬場でも皇国の一番南のカタエレリエラなら、そんなに寒くなさそうだなー。
うん、今度の冬はカタエレリエラで樹林の中を歩くのもいいかもなー。
「ところで、ガイエスくん。神泉巡りというと、この後はオルビタ山地の湖群のあたりか?」
「ああ、そのつもりだ」
「それは良いねっ! でも、ピリルェットからだと……馬車方陣がなかったよね? サジェッツァ経由か」
「馬で走って行きたいんだけど……道はあるんだろう?」
「あるにはあるけど、三日か四日くらいかかると思うよ。途中は道がなくて解りづらいし」
「レトラスというか……ピリルェットの少し西側からオルビタ山地にかけては、川が結構多いんだよ。だから馬車方陣でないと、移動は面倒だよ」
「それにこの時期は雨が多くなるから、川が渡れなくなるかも」
そういえばここの西、王都側のレトラスの近くも川があったな。
レトラスからピリルェット近くの川はそんなに幅がないけど、湖群のあるオルビタ山地方面向かうと川幅の広いものもあるらしい。
川はなんとかなったとしても、雨かぁ……カバロは雨、嫌いだからなぁ……
「リート湖近くのロトロアなら、ここの教会の方陣門はあるんだけどねぇ。馬がいるとなると、やっぱりサジェッツァ経由でフォンスに行く方がいいよ」
「そうだね、サジェッツァまでの馬車方陣は朝一番で開くから、そこからならフォンスには一刻間くらいで着くよ」
「だけど、そっち側に行ってしまうと、南回りでぐるっと動くことになる。オルビタ山地の南にあるオーズィラ湖は大きく南に張り出しているから、馬だとかなりの遠回りだ」
「北回りでロトロアにはリムネ湖があるから、どっち周りだったとしても動きにくいよねー」
どうやら、オルビタ山地周りの神泉の町や村は、互いには行き来の馬車方陣がなくて必ずサジェッツァかローリエスに出る必要があるらしい。
教会の方陣門があってロトロアに繋がるなら、先に俺だけで移動しておけば後から『門』を使えるようにできるな。
ロトロアからだったら、南側のオーズィラ湖近辺の村には馬で行きやすいと言う。
ふたりは色々と移動経路を考えてくれて、俺としては大助かりだった。
そしてちょっとだけ、やっぱり気になっていたのでタセリームさんに確認する。
「ヘストレスティアでも……皇国の魔道具って使えるのか?」
少しだけ不思議そうにしていたが、タセリームさんは何かを思いついたかのように小さく『あ』と口にしてから、ゆっくりと首を横に振った。
「いいや、皇国で作られた魔道具は基本的には『他国では使えない』よ。皇国人なら皇国の外でも、自身の魔力で起動も使用もできる。でも、他国の人達は全く動かせないのが普通だねぇ。皇国内だけなら使えるものもあるみたいだけど、他国に売り物として持ち込んでも役には立たないから売れないんだよねぇ。だから、昔はアーメルサスの魔道具が『他国でも使える魔道具』ってことで、人気もあったんだよー」
「……千年筆も、他国だと書けないのか?」
「うん、勿論。その道具自体に効果がある魔法付与だけしか、他国では動かないのが当たり前なんだよ。あ、僕等は使えるよ? だけど、セラフィラントで手に入れたって言っていたゼイクの冒険者が、ヘストレスティアではなんの役にも立たないから買い取って欲しいって僕に言ってきたことがあったねぇ」
「ああー、千年筆! あれは素晴らしい筆記具ですよねぇ! 私も態々セラフィラントまで行って買いましたよっ!」
「そうですよねぇ、アルテサーノさん! 他国でも『私達』なら使えますし、持主の魔力が登録になっていますから、他人に黙って使われる心配もなくてー」
またアルテサーノさんとタセリームさんで話が盛り上がってしまったけど、聞きたいことは聞けた。
そうか、皇国の魔道具は他国では使えないのか。
道理で燈火ですら魔道具を入れていない訳だ……ただ単に魔力量が少ないせいで使えないのかと思っていたけど、そういう訳でもないんだな。
武器や防具に魔法付与されているものも、そういえばその品だけに効果が出る魔法のものだけだった。
俺が昔ペディールさんから買った剣も、使う者に効果がある魔法付与じゃなかったよな。
食事の後、アルテサーノさんはレトラスへ戻り、俺とタセリームさんはそれぞれの部屋に引き上げた。
だが、俺はすぐにまた外出し教会に頼んでロトロア教会へ移動させてもらい、しっかりと覚えてからまたピリルェットの宿に『門』で戻る。
よし、明日の朝は馬車方陣を通って、サジェッツァだな!
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