伍第80話 湖群地域の神泉の町

 翌朝は朝食後に俺は馬車方陣でサジェッツァへ、タセリームさんは歩いて王都に入るというので、今度こそシュリィイーレで会おう、と約束をした。

 別れ際、タセリームさんから渡された羊皮紙には、サジェッツァからフォンスまでの地図が書かれていた。

 リバレーラもロンデェエストと一緒で、馬車方陣のある町や村への『道』が詳しく書かれた地図がないことが多いから、凄く助かった。


 サジェッツァに着くとすぐに、俺達は西のフォンスに向かう。

 緩やかに起伏のある道と長閑な風景に、俺もカバロも気分よく走り続けた。

 小さいがこちら側も川が幾つかあり、いつものように『遠視とおみ』と『門』を使ったり、近くに架かっている橋を使ったりと偶に遠回りをしつつ楽しんでいた。

 やがてフォンスの町に入り、すぐにカバロが気に入る宿も見つかって部屋でひと息入れた途端……


 ざばばばーーーーっ!


 突然、天が真っ暗になったかと思うと凄まじい勢いで雨が降り出した。

 まさに、豪雨とはこのことだろう。


 ふぁー……危なかったなぁ。

 あと少し到着が遅れていたら、この近くの道がぬかるんで大して急ではないといっても上り坂だったから苦労していたことだろう。

 手を伸ばした程度先すらろくに見えなくなっているから、この状態だと『遠視』も使えそうにないもんな。


 昼食を食べに食堂に下りていくと、大雨で慌てて入ってきた人達で混み合っている。

 うーん……これはしばらくの間、席は空かないかもなー。

 じゃ、部屋で保存食を食べようかなー。

 タクトがいっぱい、玉子の料理を送ってくれているんだよなー!


 部屋で自分の食事の準備をしていたら、宿の主が訪ねてきた。

 どうしたんだろうかと話を聞いたら、突然の大雨で飼い葉が濡れてしまってカバロの食事が用意ができないと詫びてきた。


「すまないねぇ……雨の後に入って来た客の馬が、飼い葉の入っていた桶を濡らしちまったんだ。風魔法で乾かしても、あれを馬に食べさせるには……」

「そうか、駄目になったのなら仕方ない。俺の馬の分は預けるから、それをやってくれるか?」

「ああ! ありがとうよ、助かるよ……宿泊料からは引いておくからね! あ、それと、これは……まぁ、詫びだ。食べておくれ」


 受け取った袋に入っていたのは『干し葡萄』だった。

 これは嬉しいぞ!

 アルフェーレまで買いに行こうと思っていたからなー!


 宿の主に連れられて、厩舎に向かう。

 カバロの機嫌が悪くなっているかと思ったが、そうでもなかった。

 雨だからって食堂に来る人が多かったから馬も沢山入っているかと思ったけど、宿泊しない人達の馬は別の場所だそうだ。


 厩舎入口が広めだったせいか、びしょびしょになった馬が一度に数頭入ってきて拭くのが間に合わず、飼い葉を積み上げていた場所にまで濡れたまま入って来てしまったということのようだ。


 一番奥にいたからか全くの無関係という風情でいられたからだろうな、カバロの機嫌が悪くないのは。

 この馬房が一番広いからなぁ……隣にぐっしょりの馬が入っても、確かに関係ないか。

 カバロはあまり風系の魔法が好きじゃないから、寝る前にまふまふタオルで拭いてやれば平気だろう。


 ヒヒン、ヒン


 あ、ごめんごめん、腹減ったよな。

 いつものように『転送の方陣付き飼い葉桶』を広げて、タクトの作った玉黍入りを出してやるとすっかりご機嫌になった。


「……き、君、それは……?」

「ああ、特別に作ってもらった魔道具なんだ」


 宿の主は食い入るように見ているが、全然仕組みが解らん、と呟く。

 解る訳ねぇよ、タクトの作ったものなんだからさ。


「これは何処で買えるんだ? 誰でも使えるものなのかね?」

「何処にも売ってないと思うぞ。シュリィイーレの一等位魔法師に特別に作ってもらったものだから」

「そうか、シュリィイーレ……そりゃ、無理だな……」


 こう言うとそれ以上聞かれないのがいいよな。

 流石、シュリィイーレだぜ。



 部屋に戻って、自分の分の食事を始めた。

 玉子がふたつも入っている『特製カツ丼』ってのがさ、すっげー旨いんだ。

 イノブタの揚げものをトロトロ玉子で食べるって、天才だよな!

 んふーー、旨ーーっ!

 こっちの『胡瓜の味噌だれ和え』ってのも旨いんだよ。


 腹がいっぱいになり、ふと窓に目をやるとまだ雨は止んでいなかった。

 流石にさっきのような大雨ではなくなっていたけど、まだかなり濡れそうな雨だ。

 これじゃあ、市場も組合事務所も行きたくねぇなぁ。


 ここの宿は、廊下にこの町の神泉についてのことを書いている貼り紙がある。

 しょっぱい神泉なのか。

 ペータファステに似ているのかもな。

 傷や疲労の回復にいいらしい。


 あっ、オルビタ山地界隈の神泉についても全部書いてあるぞ!

 これも暦帳に書いておこう。

 神泉粉を買ったら、タクトに書いたものを渡した方がいいもんな。


 ……神泉の湖……?

 へぇ……冷たい神泉がそのまま溜まっているってことなのかな?

 リムネ湖に行くつもりはなかったんだけど、ちょっと面白そうだな。


 リバレーラの神泉はウァラクとは随分違って、楽しいなぁ。


*******

次話の更新は6/3(月)8:00の予定です

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