伍第78話 ノエレート
どうやら蛙の人、タセリームさんはここノエレートに来たのは『果物』が食べたかったからだという。
「ガイエスくんも『
「いや、俺は神泉だ」
いつの間にか俺の卓に座っていた金属錬成師と言ってた人も、うんうん、と頷く。
「えー、珍しいねぇ……適性年齢前だと、あまり好きな人はいないのに」
そうだったのか。
神泉なんて、みんな大好きだと思ったんだけど……
「確かになぁ、特にノエレートの神泉湯まで来るなんて、割と年配の人が多い印象だねぇ」
「そうでしょう? いえ、ピリルェットくらいなら、よく入りに行く人も多いと思いますけどね、流石にノエレートまでは」
「うん、うん、ですが、橙杏目当てのあなたも、かなり珍しいですよ! ノエレートの橙杏は、殆ど出回らないものですからね」
「あ、私、タセリームと申しましてね、今は甘煮にできる果物を探しているのですよ! ここの橙杏は絶品と伺いましたから!」
「おや、ご丁寧に。私はアルテサーノという金属加工をしている工芸師です。あ、工房がピリルェットでしてね」
俺をほったらかして、おじさんふたりが盛り上がってしまった。
まぁ……いいか。
その橙杏ってのの甘煮、タクトに買っていってやろう。
タルァナストさんのお土産にもいいよな。
ふたりのおじさんを食堂に残し、俺は市場へと向かった。
なんか商談ぽいものにまでなってきたから、俺には関係ないかなーと思って。
青銅製品、買うのかなぁ蛙の人。
市場ではさっき聞いた『橙杏』が沢山売っていた。
甘煮も果実そのままも種子も、その種子の中身を使った薬まで。
そうだなぁ、甘煮の瓶はいくつか買っておいて、果実と種と薬はタクトの分だけでいいか。
こんな山間の村で作れるんだから、シュリィイーレでも作れるものかもしれないよな。
「おやおや、たんと
「この甘煮は綺麗な色だな」
店のおばさんは、そぉでしょお、と満面の笑顔になると、橙杏というのは聖神一位の橙色に染まる『夕焼けの果実』と言われていると教えてくれた。
そうか、それで『
オルツで採れる柑橘の中にも橙があるけど、確かに色は似ているかもしれない。
だけど、甘煮の色は随分違うんだな。
「こっちの薬は、何に効くんだ?」
「塗り薬なんよ『
どうやらどちらも種の中の『仁』というものを、他のものと混ぜて薬にしているみたいだ。
混ぜ込むもので薬効に違いがあるのだとか。
「あ、せやせや、この果実、そのまんま
「解った。料理が好きな奴がいるから、作ってもらうことにする」
そうか、注意は書いておかないとな。
俺が綴り帳に書き付けていると、おばさんはじっと俺の手元覗き込んできた。
「あんたぁ、それ、千年筆かい?」
「ああ……リバレーラでも売っているのか?」
「ついこの間くらいから、アルフェーレやサジェッツァで売り出したってぇ聞いたんだよ。へぇぇ、本当に色墨が中から出てくるんだねぇ!」
「便利だぞ。自分の魔力が入るから、筆記証明も簡単だし」
「ありゃ、そりゃあいいねっ! 約束事を書き留めておくのに、いちいち役所に行かんでも千年筆なら構わんからーて、商人達はよぉ使ぉてるよねぇ」
契約書だと、絶対に教会か役所、商人組合で『閉じる』必要があるけど……簡易的な約束程度のものならば、これでいいってことか。
これで書いただけで『契約』なんて言われて、押し切られるような奴もいるんじゃ……?
皇国人ならそんなことはないだろうが、帰化人は役所や教会を嫌がる。
商人達が『簡単にできる』なんて言って、とんでもない契約を持ち出したとしたら?
耳の中で、リセプシオさんの言葉がもう一度聞こえた気がした。
『いますよ。たとえ皇国人だったとしても、理解できない倫理観を持っている人だって』
皇国人以外の商人も……千年筆を使ってるんだろうか?
倫理観のぶっ壊れた皇国人より、ヘストレスティアや東の小大陸の商人の方が……ずっと危険な気がするんだよな。
あいつ等は『当たり前だ』と思って……そういうことをするからな。
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