伍第77話 源泉の村

 気を付けるよ、と言って魔法師組合を出るとぽつぽつと雨が降り出した。

 慌ててレトラスに『門』を繋げ、リバレーラに入ってピリルェットの宿に戻る。


 リバレーラの宿は馬の神泉浴ができるのは冬場だけだそうで、仕方ないかからカバロはまふまふタオルで拭いてやるだけになった。

 ……カバロ、まふまふタオル……大好きだな?

 フヒン、フヒンと鼻歌みたいに聞こえる鳴き声出すとか、珍しいくらいにご機嫌だ。

 じゃ、俺も部屋で湯に入ろうっと。



 翌朝、凄く気分良く目覚めた。

 起きてすぐにまた湯に入ってしまった。

 ここの湯、好きだなーー。

 丁度いい温かさだし、肌がつるつるで気持ちいい。


 ペータファステの湯に似ているけど、こっちのはなんだかしゅわしゅわしているんだよな。

 神泉粉、買いに行かなくちゃ!

 自分の分も、ちょっと多めに買っておこう。

 早速、神泉組合を探したが……どうやらこの町にはないみたいだった。


「そうなんですよー、神泉組合って『源泉』の近くになるんで、山間のノエレートって村になっちゃうんですよねー」

「ノエレートかぁ……馬じゃ行かれないんだよな、確か」

「馬車方陣はありますよ。行ってみます? あの辺って美味しい果物があるんですよー」


「行ってみようかな……馬も連れて行って町中は平気か?」

「うーん……行っても走るどころか、坂道が多くて歩くのも大変かも……結構、標高も高いですからねぇ。馬車も決まったところに止められてて、荷物を運び込むのも結構大変なんだよね」


 カバロも坂道は苦手だから、ピリルェットの宿に置いていくことにした。

 荷物を運ぶ訳でもないからな。

 宿にカバロの世話を頼んで、焼き菓子を何枚か食べさせてからノエレートに馬車方陣で移動した。

 うおっ、ちょっと寒いな!


 風が強かったせいもあって、結構空気が冷たいけどあちこちから湯気が立ち上り神泉の湯が湧いているみたいだ。

 ちょっとワクワクするな、あの湯気を見ると。

 宿以外にも利用できる湯小屋があるので、ちょっと入ってみよっかなー。

 朝入ったんだけどさー、やっぱり湧いている近くと違うかもしれないじゃないか?


 ウキウキと湯小屋に入ると、むわわっと湯気が全身を包み途端に汗がぶわっと出る。

 湯は……あ、ちょっとだけ熱めだ。

 だけど、気持ちいいなーー……あー、足を入れるだけですっげーいい気持ちだ。

 やっぱりしゅわしゅわするー。


 スッキリさっぱりして出てきた時に、丁度隣の湯部屋から出てきた人がいて思わず笑顔で挨拶をしあった。

 神泉というのは、人の気持ちも解きほぐすものなのかもしれない。

 そのままイイ気分で神泉組合に行き、神泉粉を買ったあとに昼食にしようと近くの食堂に入った。


 米の料理だ……何かを一緒に合わせているみたいで、黄色っぽい色が付いているけど凄くいい香りで旨そう。

 あーっ!

 この黄色いの、玉子だ!

 うわー、米全部に玉子が絡まるようについてて、焼いてあるというか……炒めてあるって感じ?

 偶に違う食感があるのは、玉葱だなっ!

 うわー……旨ーーい!


 一緒の皿に載っているのは羊肉を焼いたもので、他にも焼いた赤茄子がついてる。

 ここでも緑木犀りょくもくせい油を使っているみたいで、すっごく旨いっ!

 俺、リバレーラの食事、全部好きだなー。


「あれ、君はさっきの……」


 隣の席にいた人に声をかけられて振り向くと、さっき隣の湯部屋から出てきた人だった。

 また隣だねぇと、笑ったその人は、レトラスからちょくちょく神泉に入るためにここまで来るのだという。

 どうやらレトラスやリュイトはリバレーラとの越領の町だから、神泉に入りに来ている人が多いらしい。


「王都に住まいがあれば、入領費がかからないからね」

「リバレーラに入る時にかかるだろう?」

「安いんだよね、王都よりは。それに、王都に住んでリバレーラで働くとね、更にリバレーラへの入領費が安くなるんだよね。ま、リバレーラに入る時には必ず馬車を使わないといけないんだけど」


「そっか……馬車だと入領費が運賃に含まれているな」

「そうそう。だけど、大体の越領馬車は移動先での『雇用証明』とか『店舗証明』とかあると、運賃から越領費を何割か引いてくれるんだよ。ま、これはリバレーラだけなんだけどねー」


 どうやらリバレーラでは自領で働いてもらう人を増やすために、そのような援助をしているらしい。

 だから、王都で暮らしてリバレーラで働くという人も、越領の町近くではよくいるらしい。


「王都は中央街区だと確かに仕事も多いけど、商会に雇われるとか公的機関の出先とかに仕事が限られてしまう。製造とか工房が殆どないから、作り手だと仕事がないんだよね。僕は金属錬成師だからさ、リバレーラの方が圧倒的に仕事が沢山あるのさ」

「ああ……そうか、鉱山地帯だったよな、トラムガード山脈近くは」

「そうなんだよ。店はピリルェットなんだけど、この町でも青銅製品が多いから偶に仕事の依頼があるんだよ」


 なるほど……面白いものだな。

 どうやら移民の中には金属錬成師は非常に少ないとかで、リバレーラに留まる人々の殆どは新しく栽培が盛んになった葡萄農園で働く人達ばかりなのだそうだ。

 多分、魔力を多く使うからだろうな、金属関連は。


 そういえば、赤属性の『火魔法』『土魔法』は、あまり使い手が多くない印象だったよな……マイウリアもガウリエスタも。

 だから、俺がいた連団のあの魔法師が、自分は火魔法が使えるからってやたら威張り散らしてて……えーと、もう名前も忘れちまった……ま、いっか。


「あれっ? こんなところで……」


 そう言われて顔を上げたら……蛙の人が、にっこにこで立っていた。

 なんだってこうもよく会うんだろうな。

 思わずふたりして笑ってしまった。

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