伍第74話 テルメ

 テルメという町は、トラムガード山脈沿いでは一番有名な神泉の町らしい。

 少し南に行くとサトーレアがある。

 ということは、米が美味しい町かもしれない。

 リバレーラの米は、マイウリア南側の米に似ててサラサラしているんだよな。


 昼少し前にテルメに入り、早速神泉組合に行って神泉粉を買った。

 そして、お薦めの神泉の宿がないかを聞くと、案内の人はちょっと口ごもる。


「お薦め……かぁ……今の時期だとまだ、勧められないかなぁ、テルメの神泉は」


 ……?

 今の時期……って、やっぱり寒い時だけなのか?


「まだ涼しいからね。夏じゃないと、あんまり、ねぇ……」

「え、夏がお薦めの時期なのか?」

「ああ、テルメは『冷泉』なんだよ。冷たい神泉だから、夜月よのつきが一番いいんだ。まだ寒いと思うよ」


 冷たい……『水』の神泉?

 そんな神泉なんてあるのか……!

 面白そうなので、紹介してもらった宿に行ってみることにした。


 その宿の主は俺が泊まりたいというと、もの好きだなー、と笑う。

 やたら明るいおじさんだ。


「いやいやすまん、この時期にこの町に神泉に入りたいという客は来ないんでなぁ」

「冷たい神泉ってどんなものかと思って」

「知ってて来てくれたんなら、嬉しいけどな。ほい、一番広い湯部屋の部屋で寛いでおくれ」


 冷たい神泉でも『湯』部屋なんだな、と思いつつカバロにも神泉水を使っていいかを確認しなくてはと尋ねる。


「うちの馬も使ってやりたいんだが、神泉の水を使えるか?」

「ああ、ウチの水はぜーんぶ神泉だ! テルメは水が豊富だから、いくらでも使っていいよ」


 全部って……食堂の水も?

 あ、飲める神泉って奴か!

 うわ、すっげー楽しみだなー!

 食べものの味とか、変わるのかな?


 昼食は市場の近くの食堂で食べることにしようと、カバロをまず洗ってあげることにした。

【洗浄魔法】で綺麗にはしているから汚れを落とすってことじゃないんだが、神泉『水』は『浸かる』というより『浴びる』って方が気持ちいいんじゃないかと思う。

 井戸から水を汲むのか……あ、簡単に汲める。


「カバロー、神泉の水だけどちょっと冷たいから、少しずつなー」

 ヒヒン……?


 あ、ちょっと言っている意味が解らないって顔かな。

 えーと、タクトが送ってくれた『まふまふでないタオル』ってのがあったよな……あ、こっちがカバロ用か。

 乾いたタオルってのはふあふあで、手を乗せるとぽふってする。

 ……濡らしちゃうのがちょっと勿体なかったが、神泉水に浸してカバロの身体を拭いてやる。


 ぶふふふぅぅぅ……ん


 やたら気持ちよさそうな鼻息だな。

 走って疲れた足とか、冷やすと気持ちいいのかな?

 拭いてやるととにかくご機嫌になって、湿ったままの首でスリスリとしてくるので服がしっとりしてしまった……

 まぁ、いいか、と『旋風の方陣』で乾かして、馬房の中で美味しそうに神泉水を飲むカバロに食事に行ってくる、と声をかけて市場の方へと向かった。


 市場には葉物野菜が多くて、あまり果物などは多くない。

 白花椰とか緑花椰がある。

 これはタクトのところの料理で初めて食べたものだけど、シシ肉と一緒だと旨かったんだよなぁ。

 この町の料理ってどんなものが多いんだろう?


 食堂に入ると随分と混んでいたが、ひとりだったら平気だよと案内されすぐに席に着けた。

 運ばれてきた料理は焼きものだろうか、肉だけでなく野菜も焼いてあるみたいだな。

 あ、かかっているの、緑木犀りょくもくせいの油って奴だ。

 胡椒も利いてて旨ーい!


 しゃくしゃくしてて、塩の粒が時々じゃりってするのもちょっと楽しい。

 塩胡椒だけっていう味付けの野菜、あまり食べないよな皇国では。

 だけどこの油があるから旨いのかも。

 これ、好きだなぁ。


 この町の食べ物って『味をつけている』っていうより『そのものが旨い』って感じだな。

 豊かな大地だから、野菜が旨いのかもしれない。

 いや、確かリバレーラとルシェルスは大地だけでなく、天光の恵みが豊かなのだと聞いたことがあったし、この町の水は全部神泉なんだから余計に旨いのかも。

 そういえば神泉が多いのってウァラクの次はリバレーラだって言ってたよな。


 そもそもリバレーラは暑過ぎず、寒過ぎず、全てが『丁度いい』ってことなんだろうか。

 もしかして『これといった特産品がない』って言われるのって、全部がいいから選べないって意味か?

 リバレーラって……そういえば、なんでもあるよなぁ。


 だから、移民達がここの領地に多いのかもしれない。

 生まれた国では、望んでも得られなかった全てが在るのだから……無理もないけどな。

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