伍第73話 リバレーラへ

「この地図、もう一度預ける前に複製をもらっていいかな?」


 ティレラス副港湾長にそう言われて、勿論と頷く。

 地図は明後日以降なら返せるというので、リバレーラに行くからその後にまた出国する時に受け取ることにした。

 リバレーラから戻った頃なら、タルァナストさんの飼料もタクトに渡せる分ができあがるだろう。


「それと……ずっと連絡できていなかった魔羽鷸まばしぎの亜種の目……あの毒はやはり近年見つかっていなかった物だったが、百年前から七十年ほど前まで取引のあったガウリエスタの冒険者から、ある商会が手に入れたものの中にそうと思われる記録があったよ」

「ガウリエスタ?」


 ランスィルトゥートさんは頷き、続ける。


「国籍がガウリエスタだっただけで、活動していたのはアーメルサスとオルフェルエル諸島だったようだ。だが、精製された魔毒を『薬』と言って持ち込んでいたらしい。買っていたのは……かつて下位貴族と呼ばれていた者達と繋がりのあった商人だった」

「それ、毒として使われた形跡があったということなのか?」

「毒としては一件だけ。その他は顔料と混ぜられて、壁用の塗料として使われていた。だが、塗料の方は製作の過程で【浄化魔法】での精製が行われていたから毒性はほぼなくて、変質してしまっていたために毒物とは解らなかった」


 塗料……

 どうやら、鮮やかな色を出すのに『魔毒』が有効である場合も多く、他国のように不十分な【浄化魔法】の場合は毒性が残ってしまうようだ。

 アーメルサスとペルウーテの『黄色い器』や『髪染め』、タルフの『血赤の布』だけでなく麦棘菌の情報なども解明に役立ったようだ。


 そして『マイウリアの黄銅鉱』やタルフの『魔海驢まかいろの牙』などの特殊な素材を混ぜ込むことで、毒性の強弱や有効な時間なども操作できるように調整ができたために、全ての材料を特定することが困難だったようだ。


「君があちこちで色々な魔獣素材や、毒性塗料の情報をくれたお陰だ。それによって、どの経路で何処から何がもたらされ、使われたのかがはっきりしてきたのだよ」

「本当に、君には感謝している。ずっと……セラフィラントは他国からの毒物には、悩まされ続けていたからな」

「……そうか、役に立ったのならよかった。だけど、どうしてそんな風に『魔毒を使う』なんてことを考えたんだろう……」


 俺としては【浄化魔法】がきちんと使えもしないのに、そんなことをする理由が全く解らなかった。

 自分達の生活を脅かし、命の危険があるものだというのに。

 皇国みたいに薬を精製できるとでも過信していたのだろうか?

 それとも、本当に『薬』だと思って使っていたのだろうか。


 やはり、一番怖ろしいのは『無知』ということなのだろうか……


 俺はオルツから牧場に戻ると、カバロと一緒に牧場近辺を走り回った。

 他国から戻ると、本当にいつもモヤモヤするよなぁ。

 おー、調子良さそうだな、カバロ。

 明日から、リバレーラに行くからなー!



 翌日は朝からリバレーラに移動して、なるべくカバロと一緒にトラムガード山脈沿いを走って行こうとオローヌァスにやってきた。

 この近くにクレーネーという神泉があるらしい。


 ……オローヌァスの湯は酸っぱかったんだよなぁ、確か。

 神泉粉を売っていたのは確か薬師組合だったから、そこに行ってリバレーラで神泉の出ている町や村のことを聞くか。


「神泉巡り……珍しいねぇ、この季節に」


 薬師組合の案内の人にそんなことを言われてしまった。

 どうやら、これから暑くなる時期だからか、神泉に入りたがる人が減るようだ。

 そうかもなぁ、ウァラクよりは随分南だから、神泉で寛ぐという人は少ないのかもしれない。

 だけど、カリエトの神泉は少し湯温が低かった気がするんだけど、と聞いたが、それでも『神泉は温まるもの』という意識が強いから夏場は人気がないそうだ。


「だから、今の時期はやっていない神泉の湯宿もあるけど、一応これがリバレーラ領の神泉の地図ね」

「馬で移動したいんだが、回れるか?」

「うーん……王都近くのこの辺りなら平気だけど、オルビタ山地付近の湖群近くには馬が通れるような道はないんだよな。ローリエスの町からだと、どの神泉の村にも馬車方陣があるよ」


 そうか。

 じゃあ、トラムガード山脈近くを走って、サトーレアまで行ってみようか。

 サトーレアには神泉組合があり、そこで神泉粉を買おうとしたら困ったような顔をされた。


「あ、うちの町の神泉は神泉粉、ないんだよね……」

「神泉粉を作っていないのか?」

「実はね、神泉粉にしちゃうと効能が再現されない湯っていうのもあるんだ。湯を汲んで運んでもらうことはできるけど……あまり沢山は持って行けないだろう? だから人気がないんだよねぇ……」


 んー……そうか、そういう神泉もあるってなんとなく聞いた記憶があるような……

 だけど、タクトには欲しいって言われるか?


「それじゃあ、少しだけ湯をもらってもいいか?」

「少し、でいいのかい?」


 首を傾げられてしまったが、あの採取用の縦型柄杓って奴で一杯だけ取らせてもらった。

 ……あ、いけね、オルツで『地下都市の水』を渡し忘れた。

 まぁ……戻ってからでいいか。


 その後、山沿いを西へと進むと幾つかの村があり、神泉のことを聞きながら移動を続ける。

 久し振りにカバロと天幕で過ごしたり、のんびりと保存食を食べたりと『旅』を楽しんでいた。

 皇国での旅だと何処ででも安心して食事できるのが、一番いいよなぁ。


 明日にはテルメという村に着く。

 ここの神泉、結構有名なんだよな。

 楽しみだなぁ、な、カバロ?

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