伍第72話 牧場とオルツ港湾事務所
少し遅くなってしまったが、なんとか国境越領の手続きが間に合った。
危ねぇ……刻限は気を付けなくちゃ。
腹が減って堪らなかったので、諸々の報告は明日以降にして、ティアルゥトに戻った。
「今日は遅かったねぇ。戻らないかと思っちゃったよー」
「……ちょっと、色々見て回ってて……」
「もー、ガイエスは迷宮に入るから、時が解りづらくなっちゃうのかなぁ? 時計、持っていたよね?」
「見てなかった……気を付ける」
「そうだよぉ、国境門が閉まると、夜間施設で過ごす羽目になっちゃうよー」
夜間施設というのは、国境事務所が閉まっていて手続きができない時間帯に待機してるための場所だ。
主に、他国からの『亡命者』や『密航者』を待機させておく、宿泊も食事もできる施設だ。
皇国の施設だから、他国から来た連中には『今までで最高の宿泊施設』なんだけどな。
遅いと言いつつ、俺の分の食事がちゃんと用意されていた。
……タルァナストさんは、俺を甘やかし過ぎる気がする。
あ、旨。
翌朝、カバロだけでなく他の馬の世話も手伝って、農耕組合経由で届いたリバレーラの玉黍を混ぜた飼料作りを見せてもらった。
タルァナストさんは『馬達に確認しながら』作るのだと言うから、そういう魔法や技能があるんだろう。
玉黍が入る方が栄養価が上がるという話だったが、なんで変えようと思ったんだろうと聞いたらエクアという馬が身籠もっているかららしい。
「そうなんだよぉ、生まれるのがどうやら冬になりそうなんだよね」
「え、馬って春に仔馬ができるんだと思っていたけど……」
「魔力が多い馬はね、普通の馬より妊娠期間が長いことがあったり、寒い時期でも出産をしちゃったりすることもあるんだよ。エクアはカバロの次くらいに魔力多いし。だけどねぇ、生まれてくる仔馬まで魔力が多いとは限らないから、寒い時期は気を付けないと母馬も危ないんだ」
そういう場合、栄養をきちんと摂って母馬にも仔馬にも『体力』をつけて準備することが重要なのだそうだ。
だから、玉黍のことはずっと考えていたらしい。
「助かったよぉ、ガイエスにこの時期に連れて行ってもらって。今からしっかり栄養が摂れれば、真冬に生まれたとしても体力の低下がなくて済みそうだよ!」
そう言いながらタルァナストさんは、ニコニコとエクアを撫でる。
他の馬達がちょっと羨ましそうに眺めているのが、ちょっと可愛かった。
馬達はみんな、タルァナストさんが大好きなんだろうなぁ。
昼食後、俺はオルツの港湾事務所に行った。
今日はリリエーナ港湾長はいなくて、ランスィルトゥートさんとティレラス副港湾長が話を聞いてくれることになった。
まぁ……気味の悪い話ではあるからなぁ、地下の虫ばっかの町なんて。
だけど、この間保存袋の虫を渡した時、及び腰だったのはどっちかっていうとランスィルトゥートさんだったと思うんだけどなー。
「今回は……俺が書き加えた地図だけ、だ」
俺がそう言うと、ランスィルトゥートさんと副港湾長のふたりはあからさまにほっとしたような顔をした。
そうか、ティレラス副港湾長も虫が苦手なのか。
地図を見せながら、俺が書き加えた部分の説明をする。
「……で、多分、ここからの距離はもう少しあったと思うから、地図は東西にもっと長い気がする」
「この数字は?」
「時刻だ。タクトが作ってくれた時計だから、狂いはないと思うしこの辺を歩いている時は『門』は使っていない。昼前だと殆ど魔獣も魔鳥も出ないから」
「うむ……! この記録は素晴らしいぞ、ガイエスくん! 歩行での所用刻間というのは、今までこの地ではできなかったからね」
「ああ、流石だね……おっと、言い忘れていたよ」
ランスィルトゥートさんにそう言われ、何か依頼だろうか、と顔を上げたらふたり揃っていきなり拍手をされた。
「「旧ジョイダール踏破、おめでとう!」」
あ。
そう、か。
東の海が見える崖から、トレスカの壁まで……東西の横断か。
やば……今更、にやけそうで口元がちょっとむずむずする。
「ま、まだだよ。次に行く時は……北側まで行きたいと、思っている」
半分は照れ隠し、もう半分は……その時にこそ『踏破』と行って欲しかったから。
ふたりは、そうかそうか、と笑いながらも『ちゃんと休んでからな』とか『準備は念入りにね』と真剣な顔で言う。
ホント、甘やかされているなぁ、俺。
くすぐったい……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます