弐第96話 ドォーレン

 村長に挨拶だけして村を出ようかと思っていたのだが、どうしても昼食を食べていってくれと引き留められてしまったので、そうさせてもらうことにした。

 ……正直、そんなに腹は減っていないのだが、厚意を無にする訳にもいかない。

 アドーも一緒に、と言われたのでどちらかというと、俺と食事をすることよりアドーについて聞きたいのだろう。


 村長の奥さんはすっかり元気になったようで、にこにこと俺に食事を運んでくれる。

 出された皿に、少しばかり驚いた。

 これは……羊の肉だろう。


「俺のために、一頭潰したのか?」

「君はこの村の恩人だからな。誰も反対はせんよ」

「……すまない。ありがたくいただくよ」


 いくらきっかけは頼まれたことだったとしても、やり過ぎたのかもしれない。

 彼等に、こんな気を遣わせたかった訳じゃない。

 裕福とは言えないような村で、豊かとは言えない場所での家畜がどれほど貴重なものか知っている。

 せめて、用意してもらったものは全部ちゃんと味わって食べよう。


 アドーを横目で見ると、なんだか食が進んでいないようだった。

 具合が悪いという訳ではないだろうに、どうしたんだ?


「これは……あんたのために用意されたものだろう? 俺に食べる資格はない」

 馬鹿か、こいつは。

「あのな、おまえが食べなくたってこの羊は生き返らないし、おまえの皿に出されたものが無駄になるだけだ。おまえは羊の命も、この人達の厚意も踏みにじる気か? 出されたものは全部、感謝しながら食え」


 まだ何か言いたそうにはしているが、なんとか食べ始めた。

 全く……こういう言い分ってちょっと聞くと誠実そうだが、全部自己満足ってことの方が圧倒的に多いんだよ。

 それを解って言ってるならいいが、こいつみたいに本気で善意とか誠実さだと思っていそうなのが一番度し難い。

 悪意がないのが、一番厄介なんだよな。


「ところで、アドー……だったかね? 君はどうして、ここに来たのかな?」

「あ、すまん、それは俺のせいだ」

「ガイエス殿のか?」


『殿』って……

 俺は村長に、俺が捕まっていた場所から逃げだそうとしていた時に、偶々近くにいたこいつと一緒になった、という感じでざっくり説明した。

 ふぅ……こういう説明、苦手だ。

 でも、こいつよりは俺が言った方が良さそうだったんで無理矢理話した。


 皇国人を捕まっていた施設から、全員逃がしたなんてことまでベラベラ喋られたくなかったし。

 聞かれたら馬鹿正直に全部言っちゃいそうなんだよな、こいつ。

 村に入る前に、口止めしておかなかった俺が悪いんだが。


「首都で皇国人を捕らえているという噂は……本当であったのか……」

「その噂というのは、いつぐらいから?」


 俺がそう聞くと、半年ほど前だという。

 実際に皇国人が集められるようになってからじゃなければ、こんな噂は立たないだろう。

 あの施設で一番最初に来たと言っていた人は五ヶ月ほどだったが、他の場所に半年以上の人がいたってことか。


「……その頃、兵士達が探していたのは……皇国人じゃない。反乱分子、だ」

 口を開いたアドーから、とんでもない言葉が出て来た。

 村長達も、驚きを露わにする。

「俺も……そのせいで、捕まった」

「反乱を企てていたのではなくて……か?」


 村長の鋭い視線がアドーに注がれる。

 アドーは、少し、言い淀むようにしながらも違う、と否定した。

「俺が捕まえられたのは、反乱分子のことを兵士に聞こうとした時だ。聖神二位の加護だったから……捕まった」

「やはり、加護神だけでそのように判断されるのだな……」

 深く息を吐き、村長は考え込んでいるようだった。


「すまんが、君は『逃げ出して』来たんじゃろう? この村でかくまうことは難しい」


 村長の言葉にアドーはああ、と短く返事をする。

 俺にも村長の言うことは、尤もなことだと理解はできる。

 だが……少しだけ、無理をきいてもらえないだろうか。


「俺が、こんなことを頼むのは筋違いなんだが……十日……いや、五日でいい。その間だけ、こいつをここに置いてもらえないか?」


 せめて、こいつがどこへ行きたいかの結論を出すまで。

 面食らったようなアドーに、俺は自分の考えを押しつける。


「勝手にここまで連れてきたのは悪かった。でも、あそこから抜け出したあんたは、今はもうこの国に居場所はない」

「……それは、解っている」

「だから、五日間で決めろ。どこへ行きたいか。俺は、俺に許される範囲でだけ手助けする」

「許される、範囲……?」


 そして俺は村長夫妻に向き合い、必ず五日後までにもう一度来るからそれまで頼めないだろうかと、頭を下げた。

 村長は渋々であろうが、俺の頼みならば、と引き受けてくれた。


「ありがとう! あ、預かってもらう間の食費とかは俺が払う。てきとーに食わせてやってもらえるか? 働かせてもいい」

「お、おい、俺は了承した訳じゃ……」

「今のあんたの選択肢は、俺の言うように五日間だけこの村の世話になるか、今すぐここを出てひとりで彷徨うかのどちらかだけだ。前者には僅かばかり生きる望みがあるが、後者は今のあんたじゃ悪いがすぐに死ぬだろう。死にたいなら、止めない」


 逃げ出しておいて、死にたい奴はいないだろう。

 アドーには、この村に五日間だけ留まると約束させた。



 五日後までに必ず戻る、と約束して俺はすぐにドォーレンから西を目指した。

 奴に示せる選択肢を増やす目的と、俺自身が移動できる場所を加えるため。


 また『遠視』で目が乾くのだけは、我慢しないとなぁ。



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『アカツキは天光を待つ』第18話とリンクしております。

 別視点の物語も、是非w

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