弐第95話 ドォーレン東の森

 森の入口にまた『門』で戻ると、そいつは菓子の袋を繁々と眺めながら座り込んでいた。

 ……おい、いくら町に近いからって、魔獣が出ることもあるんだぞ?

 何、無防備に座ってんだよ!

 ここは皇国じゃないんだからな!


「皇国では……こんな食べものまで、作られているのか……」

 ぼそっと呟くそいつの言葉には、羨ましさとも悲しみともとれる感情があるみたいだった。

 皇国と自国を比べちゃダメだ。

 俺だって、どれほど落ち込んだかしれないんだから。


「あんたは、ずっと山にいた訳じゃないんだろう?」

「ああ、六日ほどしかいなかったな」

「……それでも、六日もいたのか……」

「冒険者なら、それくらい普通だろう? 旅をしていれば『道』以外の場所だって歩くだろうが」

「俺は、そんな『冒険』はしたことがない。迷宮も……一度も、ないし」


 本当になんでこいつ、冒険者になんかなったんだって思うよなぁ。

 冒険者発祥のアーメルサスで、ここまで冒険者ってものの意味が違っているとは思ってもいなかった。

 何にも『挑まない』冒険者なんて、全く意味がないと思うんだけどな。

 いやいや、他人の生き方をどうこういうのは間違いだな。


「皇国の人達をこの国から出すために……来たのか。あの魔法で」

「冒険者なら『門』は知っているだろう?」

「魔力が少ないから、使える奴もあまりいないよ」

「魔石は?」

「最近は高価な割に質が悪い。さっきあんたが握らせてくれたものは……この国だとびっくりするくらい高額なものだ」


 喋り方が流暢になっている。

 やっぱり、毒に思考が制御されていたのかもしれない。

 息苦しさなどの不具合もなくなっているのか、楽に言葉を発しているだろう。

 かなり聞き取りやすくなった。


 そいつから返された、ウァラクで買った赤碧玉は『あたり』だったらしい。

 まだ何度かは、魔石として使えるみたいだった。

 でも、まるっきり魔力がなくなっているな……

 俺だとそんなになくならないのに、どうしてだろう?


 石に使われた魔力分を補充して、衣囊の中へ入れておく。

 こいつの前で【収納魔法】は使えないからな。


 これからどうしたいのかだけは、そいつに尋ねたが唇を強く結んで何も答えない。

 だろうな。

 ずっと『薬』のせいで、ろくに考えられなかったんだろうし。


 どうしても出なくてはいけないという思いだけで突っ走った、発作的としか思えない行動だっただろうからな。

 だがあの施設から『脱走』してしまったのだから、もうどこに行ったとしてもこいつが思うような『まともな職』になんて就けないだろう。

 まぁ……ここまでは俺が無理矢理連れてきてしまった感があるので、朝になったらドォーレンまでは送って行くべきかな。


 まだいろいろ考えが回らないのか、それとも本当に冒険者としての自覚がないのか座り込んでしまったそいつに『錯視の方陣』が描かれた外套を羽織らせる。

 夏場とはいえ、森のとば口でも結構涼し目だ。


 こんなにも無防備で、言っちゃ悪いが反応が遅そうな奴が魔獣に襲われたら庇いきれない。

 すると、瞬く間に菓子の袋を抱きしめながら眠ってしまった。

 ……どこまで警戒心のない奴なんだ……


 夜明けまではもう少しだ。

 俺ひとりなら寝ちゃうんだが……起きているか。

 魔獣が寄っては来ないだろうけど、俺が寝てる時にこいつが起きて魔獣に出くわさないとも限らないし。

 何も武器とかもなさそうだからなぁ。


 今のうちになんか食べとこう。

 えーと……ん?

 これ、この前届いてた新しいものだな。

 焼きおむすび……?

 あ、試食って奴か!


 米に何か塗ってるのかな?

 しょっぱいけど旨いなっ!

 中に入っているの、鶏肉だーうまーーーーい!

 え?

 この入れ物の中身、温かいのか?


 ずずず……っ


 ふぅぉー……初めての味だけど美味しいなぁぁ……

『味噌汁』か。浅蜊?

 あ、リバレーラで採れるって言ってた貝か!

 へぇ、貝ってこうやって食うのか。


 マイウリアは毒貝ばっかだったから、殆ど食べたことなかったんだよなぁ。

 セレステでも、貝はロカエとデートリルスだって言われてて、あまり出てこなかったから焼いたものしか知らなかったし。

 これ、部屋でゆっくり食いたいよなぁ。


 この容器、いいな。

 でも、繰り返しは使えないのか。

 あ、この容器をタクトに返したら、二割引きで買えるのかっ?

 とっておかなくちゃな。


 ふはぁーーーー……うまかったぁ。


 食べ終わって一息ついた時には、空が白み始めていた。

 今日も天気は良さそうだ。

 空気が天光でどんどん熱くなってくる前に、ドォーレンに入った方がいいな。


 ……気持ちよさそうに寝てるなぁ。

 でも、起こそう。



 余程疲れていたのかなかなか起きなかったが、なんとか歩き出してドォーレンへと向かう。

 抱えていた菓子袋を返してくれたのだが、中身がかなりぐしゃぐしゃだった……

 まぁ……仕方ないか。


 袋だけ入れ替えて、なるべく壊れていない菓子は渡しておくことにした。

 多分、食べたいだろうし。

 流石にこの保存袋を、アーメルサスに置いておく訳にはいかないからな。


 ドォーレンに着くと、門番が大歓迎をしてくれる。

「ああ、ガイエスさんっ! よく来てくれたね!」

「あんたのおかげで、うちの子供の肌がすっかり治ったんだ! ありがとうよ」

 毒製品を俺が浄化したからか、発疹とか気触かぶれなどが治まったという人達が多くいたとか。

 そりゃよかった。


「ん? ドォーレン……?」

 門番があの男の身分証を見て、怪訝な顔をする。

「あ、在籍地がこの村なのは……職業をもらった時に、変えられてしまったんだ……俺の職と加護神は、首都には住めないから」

「なるほど、そうだったのか。だが、投擲士……士職でも駄目とは」

「俺は、聖神二位だから」

「……そりゃ、仕方ないな。じゃあ『おかえり』かね? アドー」


 門番が苦笑いを浮かべる。

『アドー』と言うのがこいつの名前なのだろうが、首都に住めない職と加護神なんてものがあるのか。

 つくづくムカつく国だよなぁ。




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『アカツキは天光を待つ』第17話とリンクしております。

 別視点の物語も、是非w

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