弐第97話 西へ、そしてウァラク
首都経由を避け、北回りで西を目指す。
平坦でなだらかな地形が多いせいで『遠視』でガンガン移動できるのは助かる。
ただ、あの施設から全ての皇国人が一気に消えたことは既にばれているだろうから、首都から一日、二日で移動できる範囲の村や町には入れない。
……アドーに口止めはしていないが、今更だろうから気にしても仕方ない。
二、三日は、野宿だろうな。
夏場でも、結構寒いんだよな、この国。
寝床がないのはつらいが、どの町に入ったとしても食事が不味そうだと思うのでそういう意味ではまったく未練はない。
アーメルサスではどこで食べたとしても、ドォーレンでご馳走になった羊以上のものはあるまい。
首都のある巨大な盆地を完全に通り過ぎ、少しごつごつした山が増えてきた。
移動していた北側は、凍土があるせいか町や村は極端に少ないようで、人に見られる心配を殆どしなくていい。
凍土との境目辺りには、小高い丘とも小さい山とも取れる場所がいくつかある。
道もなく、木々や獣などもいない硬い土ばかりが続いている。
昼間だというのにかなり寒くて、魔虫の心配が全然ないのは楽だ。
暫く西へと進み続けると、土は乾いているが柔らかくなってくる。
緑が多くなり、小さいながらも森や湖などがある。
そろそろ『遠視』でもあまり距離が稼げなくなってきた。
ここですっかり夜になったので、大きめの樹上に陣取る。
森だと夜は地面にいない方が、やっぱり少しはマシだ。
ただ、かなり、寒い。
冬だったら、立っていられないくらいなのだろう。
幹に身体をくくりつけ、太めの枝の上で眠るが『錯視の方陣』と『浄化の方陣』があるお陰で昔ほどの恐怖感がないのはいい。
魔虫も魔鳥もこの辺りは少なく、
さっき、木の下を歩いていたのは毛がもこもこしてて動きが遅かった。
絶対に毒持ちだろうなぁ、ああいうのは。
翌日もとにかく最短距離を移動し続け、山をふたつほど超えた。
……ここまで来れば、この国の馬車方陣だと首都からすぐには来られないだろう。
魔力の必要量、とんでもないだろうから。
三つ目の山を越えたアーメルサスの西側は、東側や首都部よりはるかに豊かだ。
町中に入るための境界門は通らず、『遠視』を使い『門』で中へ移動する。
建物の影になんとか移動できたので、そのまま何食わぬ顔で表通りへ。
えーと、トロートという町らしい。
すれ違う人の中には、赤い瞳の者もいる。
俺の見た目が、皇国人ぽくはないということが幸いしているのだろう。
兵士が横を通っても、見咎められることはなかった。
夕刻になっていたので、安い宿に素泊まり。
ふぅ……なんとか身分証を見られずに済んだ。
二日目の夜に寝床が確保できたのは、ツいていたな。
なるべく人目を避けるので、食堂などの人が集まるところは避けるほうがいいだろう。
……保存食の方が、旨いだろうからな。
魔石も結構使っているが、ウァラクで買った赤碧玉は三度目でも魔力が充分入れられた。
また買っておきたいな、これ。
翌早朝、更に西へ移動を開始。
暫く進むと海に面していくつもの町があり、港もあって活気がある。
しかも遙か昔に
ただ、気候的には首都より厳しく、風が強くて夏場は嵐が多数上陸し、少し北側にいくだけで高くはないが凍ったままの山が聳えている。
しかし、この海の向こうには非常に豊かだと評判のオルフェルエル諸島があり、さほど大きくない船で容易に行き来ができる程度の距離だ。
このふたつの国を繋ぐ海域には、ほぼ魔魚が出ないという話だし。
何度かの『遠視』でふたつほど町を無視して進み、最も西の港町、ウエリエに辿り着いた。
この町は境界に壁がなく、低い柵状のものがぐるりと巡っているだけなので遠見で簡単に町中へ進入できた。
そして西にある港まで行くと、遙か彼方に島影が見える。
『遠視』で視て……大きめの倉庫のような建物の影から、視えた『島の
突然、空気が変わった。
間違いなく、ここは『別の国』だ。
オルフェルエル諸島最初の港は、サプト。
東の小大陸の近くにある、無人島のペイエーレル島ふたつ分程の大きさの島だという。
ペイエーレルはかなり広い島だった。
多分、ウァラク領半分以上の大きさはあるだろう。
だが、取り敢えず今回は入国せずに、このままウァラクまで戻る。
次に目指すのは……アーメルサスとガウリエスタの『国境』だ。
ウァラクの国境門に『移動の方陣鋼』で戻った。
やれやれ、ほっとする。
……皇国内に戻って安堵するって、俺もすっかり……
「ガイエスくんっ!」
走り寄ってきたのは、ヴェシアスだ。
隠密さん達になんかあったのだろうか?
「大丈夫かい? 怪我などは……」
ヴェシアスはなにやら心配そうに俺の肩やら背中を触るのだが、何があったというのだろう?
隠密さん達まで、全員集合だ。
「よかった……無事のようだね」
「何かあったのか?」
「皆が収容されていた施設が、脱出した翌日の朝方に襲撃を受けたらしい」
は? 一体、誰が?
「あそこから抜け出した後だったので、襲撃犯についてはよく解らないのだよ。ただ、各地で『皇国人』を探している連中が増えているらしくてね」
「アーメルサスの兵士達以外で、か?」
ヴェシアスは忌々しげに頷いて、怒りの滲む声色になる。
「君がミトゥーリスにいるかもしれないと教えてくれたから、探しに行ったんだよ。案の定、保護などという名目で変な組織に匿われていた六人を救い出した」
組織……?
あ、まさか『反乱分子』か!
「反乱……その噂は、真実なのかね?」
「だと思う。俺があの施設から逃がしたアーメルサス人は、その反乱分子に間違われて捕らえられていたらしい」
「なるほど……ああ、もしかしたら、僕等の救出作戦が、彼等を煽ってしまったのかもしれないなぁ」
ヴェシアスが言うには、施設の人達より先に救い出した六人は、とてもではないが『保護』とは思えない環境にいたらしい。
その六人を『保護』していた奴等は『首都を攻撃して皇国人を救い出す』という話をしていたようなのだが、計画していた手段は非常に乱暴なようだったという。
「彼等はその組織の幾人かが攻め入って、たとえ死人が出たとしても首都を攻撃すべきだと言っていたのを聞いている。しかも、それに巻き込まれて皇国人が死んだとしたら……かえって好都合だ、と言っていたらしい」
救い出すなんてつもりはなく、もし皇国人に被害が及んでも『そこに集めていたとは知らなかった』とか『監禁されているのを助けようとしたが邪魔されて兵士達に殺された』とでも言うつもりだったのだろうか。
目的は『攻撃』であり、その理由に皇国の人々を利用しようとしたのだろう。
「そんな時に僕等が、見つけ出せる限りの皇国人を一瞬で戻してしまったからね。彼等としては、いつの間にか『敵に奪われた』と思ったのかもしれない。この二日で四箇所の収容施設全てと、馬車方陣が壊されたようだ」
各町へも境界門を通る皇国人を必ず捕縛せよとの連絡がされているらしく、反乱分子と呼ばれる奴等と兵士達の双方から、皇国人は捕らえられようとしているようだ。
……ドォーレンにそんな奴がいなくてよかったなー。
どこの町にその反乱分子がいるか、解らないもんなぁ。
境界門を通らずに移動してて助かったってことか……
「もう、皇国人はいなそうなのか?」
「これから西側にも確認にいく予定だ。ああ、東側の町や村、首都近くに君がおいてくれた『門』の札は回収したよ」
それは助かる。
後で行こうと思っていたからな。
全部の札が返され、全く損傷がなくてどれも問題なく複数回使えたそうだ。
やっぱり、錆び付き山の金属だと特別なんだなぁ。
しかも、全部の札がまだ使えそうだし。
「西に行くなら、トロートとウエリエは移動できるが……どうする?」
俺の提案に、隠密さん達はかなり驚いた様子だった。
「まさか……この二、三日で、そちらまで移動したのか?」
「オルフェルエル諸島に行きたかったんで」
「そ、それじゃあ、オルフェルエル諸島もっ?」
「ああ、サプトだけなら」
是非頼めないだろうか、と隠密さん達全員から頭を下げられてしまった。
こういうのは本当に慣れていなくて、めちゃくちゃ焦るから止めて欲しい。
この人達、絶対に俺より上の階位なのは間違いないんだから!
なんでも西側にいた皇国人の幾人かは、オルフェルエル諸島まで行ってしまった形跡があるらしく、そのためにも一刻も早くウエリエに行きたかったのだそうだ。
「じゃあ、今から行くか?」
「いや、たった今移動してきたばかりなのだから、疲れているだろう」
「魔石しか使っていないから魔力に問題ないし、ここに戻る時も『門』じゃなくて『移動の方陣』だから、全くと言っていいほど魔力が要らなかったんで大丈夫だ」
それに、また朝一番にいろいろあるかもしれないし、今夜中の方がいいんじゃないのか?
俺の言葉に、彼等は一瞬目を合わせ、頼む、と言ってきた。
どっちが働き過ぎだかなぁ。
家族でも友人でもない臣民達のために、ここまでできるというこの人達には頭が下がる思いだ。
そして五人はサプトへ、三人をウエリエに、もう三人をトロートへと『門』で送り出してから、俺は国境門の部屋を借りて休ませてもらうことにした。
朝になったら、大峡谷の向こう側に行く予定だ。
……光の剣は出しっぱなしになりそうだ。
微弱、とは言えないくらいの魔毒が漂っていそうだもんな。
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