弐第92話 収容施設-3
その男は、何も言わない。
ただ押し黙り、伏し目がちな顔を俺の方に向けているだけだ。
「あんた、この国の身分差別に不満があるんだろう? なら、どうして他国に行かなかった?」
「……弱かったし……」
「なんで強くなろうとしなかった?」
「す、少しは、強く、なった。でも、もう国境も……」
「西の海岸から、海には出られるだろう?」
「……」
「そこそこ強くなれて、なんとなく稼げるようになったから……満足していたのか?それで上手くいかないことがあると、職のせいとか加護神のせいとかにしていたのか?」
「……違う」
「冒険にも旅にも出なくても、依頼をこなせば冒険者としての段位は上がるもんな。多少の不満があっても『認められている』って思えるからな。嫌だと思っていながらその場所にいてグダグダ文句を言うってのは、誰かに『そんなでも頑張ってて偉い』って褒めて欲しいからか?」
「違う……っ!」
「理由も言い訳も『他人に対して』のものを探しているんだろう? この国で暮らしているくせにこの国が好きじゃなくて文句ばかりで、でもそれを変えようとも、何がいけないのか考えようともしていない」
「できない、ことを考えてっ、何になる!」
「だから、向いていないんだよ冒険者に。できないことをできるように考えることを放棄して、できるかもしれないと思うことを否定する。そりゃ、今できることを精一杯ってのが悪いとは言わない。だけどそれで終わるのは、冒険者の考え方じゃない」
何を説教めいた演説をしているんだ、俺は。
俺の考え方や、俺の思う冒険者だけが正しい訳じゃないと頭では解っているんだ。
だけど……こいつみたいな奴を、冒険者と言いたくないって気持ちの方が強い。
『これしかできない』なんて、どんな無能でも馬鹿でも『冒険者程度ならできる』なんてお手軽に考えてるのが……もの凄くムカつくんだよ!
「俺は、あんたみたいな奴に、冒険者と名乗られるのは腹立たしい」
ああああーっ!
喧嘩をしたかった訳じゃないんだけどなーーっ!
どうしてこうも、ムキになっちまうかなぁっ!
しかも、怒ったりろくに反論したりしてこないのも、もの凄くムカつくーーー!
……ちょっと、息を整えよう。
「……はぁー……まぁ、あんたの冒険者としての有り様がどうってのは……俺の知ったこっちゃなかったな。悪かったよ。ただ、俺の前ではもう冒険者とは言わないでくれ。今度はぶん殴っちゃいそうだから」
そう言ったら『なんて野蛮なんだ』みたいな顔になった。
こいつ、もしかしてお坊ちゃまなのかね?
「あんたはこの国の身分制度が不満なんだろ? そもそもどうして不満なんだ? 自分が下位職だからか?」
「職と、加護神、だけで価値が、決まるのは……おかしい、とは思う」
「なんで、そうなったか考えたことはあるのか?」
「え?」
「血統が保たれなくなったからか? だとしたら、もう修正は不可能だよな。でもあんたは、それ以外に要因があると思ってるんじゃないのか?」
「原因……」
どうやら考えていなかったんだろうなぁ。
まぁ、民如きが、って思うものだよな、普通は。
俺だってマイウリアから出る時はそう思っていたし、そう思ってしまう程度の国にいたくなかったから……出たんだよな。
嫌ならこの国を離れたっていいのに残り続けていたってことは、なんだかんだ言ったって故郷を捨てたくないと思っているからだろう。
だったら、この国にどうあって欲しいかってことくらい、考えているものかと思ったんだけど。
「どうせ自分が何をしても何をしなくても変わらないし無駄だと思っているなら、そのままでもいいんじゃないのか? その『枠組みの中』だけで、自分が上手く生きられるように立ち回ればいい」
「立ち、回る……」
「正義も、信仰も、未来のことも考えず、自分のためだけに楽な方を選ぶのも……あんた自身が決めること、だからな」
言っててちょっと歯が浮くよな。
正義? 信仰?
そんなこと考えて動いたことなんかないもんな、俺だって。
まぁ……神々の加護ってのは、信じてはいるけど。
そうじゃなきゃ説明つかないくらい、俺は幸運だと思えるから。
何をする時も俺はただ、自分を裏切りたくないってだけだ。
あの時ああすればよかったって、後悔したくないだけなんだから、全部自分だけのため、だ。
もう、自分で自分を嫌いたくない。
こいつには、そういう裏切りたくない自分って、ないのだろうか?
全然関係ないのに、ふと、タクトの言葉を思い出した。
『好きだから、知りたい』
こいつは、自分の国も自分自身の技能や魔法も、何もかも好きじゃないのかもしれない。
ああ、本当に昔の俺みたいだ。
だけど、ひとつだけ違う。
俺は『冒険者』が好きだった。
冒険者でいられることが、俺自身の支えだった。
今でも、その支えは変わっていない。
こいつの『支え』は、なんなのだろう。
押し黙ったまま顔を伏せている。
表情は、よく見えない。
俺は、怒りより、呆れより、なんだか……憐れみを感じるようになってしまった。
「……悪かった、仕事の邪魔をしたな。戻ってくれていい」
俺の言葉にぴくっと肩が動いたが、顔を上げることなくその男は部屋を出て行った。
知りたかった情報は何も得られずに、ただ俺が持論の展開をしただけで終わってしまった……
ちょっと、凹む。
傷つけるつもりはなかった、なんて言うつもりはないが。
暫くしてまた鐘が鳴り、昼食の準備が整ったらしいので、また食堂に集合する。
……いけね、また手袋したままだ。
どうしても『浄化の方陣』とか『回復の方陣』って、手放せないんだよなぁ……皇国以外だと。
この中に、あの黄色や赤のものを身につけている人はいない。
同じ卓に座った親子連れは、ここに連れてこられたのは五ヶ月ほど前で、自分達が一番最初だったと言っていた。
「ああ〜! あったわねぇ、まっ黄色で、なんだか品のない色の食器が」
「僕も見たよ。西の……確か、ウエリエって町で売られていた。オルフェルエル諸島からの輸入品だって言ってたな」
俺の隣の若い男も見たというなら、皇国人向けに売っているものと言うことか?
「あら? あたしはザライオっていう第二境壁近くの町で見たんだけど……アーメルサスの特産品だったはずよ」
「染料だけ、その色を使ったってことじゃないのか?」
ふたりは随分離れた場所で見たんだな。
ウエリエは一番西にある町だから、オルフェルエル諸島の物が入っているのは解る。
だが、第二境壁近くのザライオって町は、皇国に近かった筈でどちらかというと東側だ。
土産物としては他国人向けで、国内でも染料として使用しているってことなのか。
……その器で食べたら、体内に微弱魔毒が溜まり捲りそうだなー。
皇国人は食器を洗う時に浄化も使うから、魔毒が溜まるのはアーメルサス人だけになりそうだけど。
西側も行ってみたいな。
ウエリエの町からはオルフェルエル諸島の一部の島も見えるらしいから、『遠視』で見ておきたい。
昼食の後、別の卓にいた子供と食堂前の廊下で軽くぶつかった。
子供が持っていた玩具を俺の足元に落としたので拾ってやったら……橙色に塗られていた部分の色が薄赤に変わった。
俺の手袋に書かれている浄化が発動したんだ。
……この変わり方は、タルフ赤の特長だ。
そうか、赤に何か別の色を混ぜて使っているものもあるのか!
「すまん、この玩具はどこで買った?」
「いや、これは買ったんじゃなくて部屋に元々置いてあったんだ」
「部屋に……?」
「子供のいる部屋には、いくつかの玩具を用意してくれているんだよ」
「ちょっと、部屋に行って見てもいいか?」
玩具に興味のある子供好き……なんていう設定も、俺には無理があるだろうが、そう思ってくれ。
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『アカツキは天光を待つ』第14話とリンクしております。
別視点の物語も、是非w
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