弐第91話 収容施設-2
朝食が終わり、皆はさっさと部屋へ戻っていく。
兵士達や従業員の前で下手に会話などして、計画がばれてはいけないからな。
でもみんなの横顔がとても明るく感じるので……きっとこの作戦は成功するだろう。
さて、俺はちょっとあいつと話がしたいんだよな。
えーと、あ、いたいた。
あれ……しまった、どう声を掛けたらいいんだ?
いざ話しかけようとすると……俺、今まで初めての時ってどう話していた?
俺が変にモタモタしていたからか、呆れ顔で振り返ったその男がなんだよ、と声を掛けてきた。
……助かった。
「ちょっと、教えて欲しいことがあるんだ」
そう言ってほぼ無理矢理、部屋まで引き摺っていく。
当然怪訝そうな顔をされるが、気にしない。
……ことにする。
「なにが、ききたいんだ?」
小さい声でかなり警戒しているように聞いてきたので、一番気になっていたことを聞いた。
「鮮やかな黄色の染料で染められた木工や布を見たんだが、どこで作っているものか知らないか?」
「黄色……?」
少し考えるような素振りだったが、すぐに知らない、と首を振る。
赤のことも聞いたが、やはり知らないとしか言わない。
もしかしてずっとここにいるから、外のことを知らないのかと思ってどれくらい居るんだと聞いたら去年の秋の終わりからだという。
半年前にはなかったのか?
いや……でもウァラクにいたあの黄色頭のことを考えると、あったはずだと思うんだがな。
「西の、ロントルと、いう町で、捕まった」
捕まった?
「盗みでもしたとか?」
「違うっ!」
悪事を働いた訳ではない、とムキになって否定する。
どうやら『兵士にたてついた』らしいことは解ったが……何故こうも、おどおどしているのだろう。
なんだか苛つくのは……昔の俺に、少し似ているからかもしれない。
自信がなくて、連団の中でも役立たずで、いろいろなことに見て見ぬ振りをしていた大嫌いだった俺自身に。
「兵士にたてついたからって、半年も働かされるほどのこととは思えないけどな」
他にも何かしたんじゃねーのか、と含むような口ぶりで言ってみたのだがその辺は……無視された。
「……俺の、加護神が、聖神二位……『忌む神』だった、からだ」
「は?」
加護神で差別があるってのは聞いてはいたが。
「『忌む神』の、者は『再教育』が終わるか『従務契約』を、しない限り……多分、出られない」
従務契約って、隷位にされて『飼われる』って奴か。
とんでもねぇ国だな。
「再教育ってのはなんだ?」
「……ただの、建前だよ。そんなもの、行われていない。選択肢がある、ように見せかけて、隷位になって、地下で働けって、言われている、だけだ」
全部を諦めたような声で、暗い微笑みを浮かべる。
『どうせ』と自分を諦めて、何もしないことを肯定している。
ああ、本当に、俺の一番嫌いな頃と重なり過ぎてむかつくったらない。
「あんたは、何かしようとしたのか?」
こんなことを聞いても、何を言っても俺の自己満足だ。
解っているけど、言葉が止まらなかった。
「自分から動いて、自分自身を変えようとしたのか?」
俺は切り捨てられてひとりで生きていこうと決めて、本当にちゃんと生きていけると自分自身が納得できるまでに色々な人に助けられた。
こいつには、誰もいなかったのかもしれない。
俺なんかの言葉は鬱陶しいだけで、助けになんてならないだろう。
でも。
「職がない? 加護神が恵まれなかった? そんなもの、あんた自身が『動かない』ことの理由にしているだけだ」
「恵まれている奴には、解らない!」
「ああ、そうだな。俺は恵まれている。自分自身で、ひとりで生きて行くって決めることができたからな。身ひとつで故郷を出て、どーしようもないくらい弱かったけど、沢山の人に助けられてここまで生きていられている。これからも、俺は何ひとつ諦めるつもりはない」
「……皇国に、生まれたって、だけで……神々から、愛されて、いる証拠だ」
「俺はマイウリアで生まれた。皇国に帰化したのは一年前だ」
明らかに動揺しているのが解る。
俺の見た目で、皇国人じゃないことくらい解らなかったのかと不思議に思ったんだが、そもそもマイウリアはあまりアーメルサスとは付き合いがなかったもんな。
船で行き来していたのは、皇国と西側のオルフェルエル諸島のいくつかの島くらいのものだったはずだ。
地続きの国とは……仲が悪かったから。
「……ミューラ……?」
あ、ちゃんと『ミューラ』って聞こえる。
変な気分だな。
北側は殆どがマイウリアって言ってたはずだし、俺の育った南側でもミューラ呼びはあまりいなかった。
ミューラと言っていた奴らの方が少数派だったはずなのに、他国ではどこででもミューラって呼ばれているんだよな。
俺と話す時は、みんな気を使うのか『マイウリア』って言う人が多かったけど。
……いや、俺が聞き取れなかったように、他の国の奴等はマイウリアが『ミューラ』に聞こえていたってことなのか?
まぁ、今となってはなくなってしまった国だから、どうでもいいんだが。
「半年前に捕まったってことは、それまではちゃんと仕事して暮らしていたんだろう? この国で差別されるのが嫌だったんなら、冒険者にでもなって、外に出ればよかったじゃないか」
「お、俺は……冒険者、だ」
はぁっ?
だったらグチグチ言ってないで、どこにでも行って、なんでもやりゃよかっただろうが!
「あんたは、どうして冒険者になったんだ?」
「他に、仕事がなかった」
「そもそも……『仕事』として冒険者を選ぶ方が間違いだ」
「冒険者は、下位職で、どこにも、雇ってもらえない、者が、なるものだ。他にできる、ことが、ないから……」
ばんっ!
しまった。思わず卓を思いっきり叩いてしまった。
「……辞めた方がいい」
「な、なに?」
「あんたは冒険者には、向いてないって言ってんだよ」
解っているんだよ、言ったって意味がないことくらい。
「元々はどうだったか知らないけどな、今の、少なくとも俺の知っている冒険者ってのは、そんな理由でなるものじゃない!」
ただ俺が、我慢ができないんだよ!
「誰かが助けて欲しいと依頼していることを請け負うのも、全く未知の場所に挑むのも、全部自分で選んで決めて生きる、そういうのが冒険者だ! 周りに認められたいとか、誰かに雇われたくてなるものなんかじゃない!」
冒険者として誇りを持てない奴に、そう名乗って欲しくない!
「冒険者を『生きるための手段』としか思わない奴に、生きることの意味も『自由』の価値も解らない」
俺にここまで言われても、ただ泣きそうな顔しかしないんだな。
自分は全てに対して被害者だとしか、思っていないってことなのか。
「他人からの評価に振り回されるだけで、自分から何もしようとしない奴は『冒険者』にはなれない」
「それには、理由があるんだっ! この国には、そういう、生き方しか、認められて、いない、から……!」
「あんたの言う理由は『できなくても仕方ない』と諦めるためのものばかりなんじゃないのか? あんたは何に許されたいんだ? 世間か? 親か? 神か? 『生きる理由』を誰かが与えてくれるとでも思っているなら、ただ甘えているだけだ」
あああー! 本当に昔の俺に言ってるみたいだ。
「神に与えられた道でない『冒険者』を選んだのなら、理由も意味も自分の手で掴むべきだ」
そうで、あって欲しいんだよ、俺が!
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『アカツキは天光を待つ』第13話とリンクしております。
別視点の物語も、是非w
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