弐第82話 ラステーレ-1
ウァラクの領主と次官の住む町、ラステーレ。
一時期は『最前線』と言われ、一般臣民は全くおらず衛兵隊と領主家門だけだった町だ。
だが、星青の境域といわれる加護が戻ったとして、去年の
次官も現在はこの町で暮らしており、何カ所かに繋げる馬車方陣門の完成も間近らしい。
馬車が行き来するようになれば、ウァラク最西端のこの町ももう少し賑やかになるだろう。
今は『町』っていうより『村』くらいだな。
町としての体裁はあるものの、使われていない建物が多いようだ。
まだ完全に町としては機能していないってことなんだろうが……組合事務所は、大丈夫なのか?
いくつかの組合事務所、衛兵隊詰め所などは人がいたので取り敢えず魔法師組合に入った。
フェイエストでもらった依頼書を見せて、詳細が聞きたいというとそのまま衛兵隊詰め所へ案内された。
……衛兵隊の案件なのか。
ウァラクの黒い制服は、なんというか、威圧感がある。
「話を聞きたいというのは君かい?」
出て来たのは随分と背の高い、ひょろりとした男だった。
どうやら文官のようで、この件の説明をしてくれるみたいだ。
「僕はヴェシアス。君は?」
「ガイエス、だ」
「ミューラの人かな?」
「元はそうだが、今は皇国籍だ」
こんなこと、身分証を鑑定すれば解るだろうに。
だが、ヴェシアスは鑑定などすることなく、世間話のように俺のことを聞いてくる。
なんなんだろう、と思いつつ聞かれたことに答えていたら、ふと、セイリーレ西門にいたあの衛兵を思い出した。
彼は身分証の鑑定はしたものの、それを読んでいるというより俺自身を見ている感じだった。
ヴェシアスには、それと同じものを感じる。
「……うん、ありがとう! 君のことはよく解りましたよ」
「それで、アーサスに方陣門で入るってどういうことなんだ?」
やっぱり口に出すとまだ『アーメルサス』という発音にならない。
何度も同じ言葉を言えば、慣れると言われたが……
「今のアーメルサスは南の国境が通れないから、あの国に滞在していて皇国に戻りたい人達が帰れなくて困っているんだよ。こちらも『橋』がもうないから、陸続きでは移動ができない」
「……それで『門』の方陣で?」
「ただね『門の方陣』だと、すぐに戻れないって人達もいてね……」
ヴェシアスは溜息混じりに説明し出す。
「アーメルサスで働いていたり、出産したりした方々で皇国に戻りたいのに戻る手段がなくて留まっている人達が、まだ数十人いるんだよ。あの国にいる皇国籍の人達は全員名前も何も判っているんだが、あちらで生まれた子供などまだ皇国で魔力登録されていないご家族もいる。五歳までに戻らないと、アーメルサスで魔力登録されてしまう可能性があって出国が更に難しくなる。だが、小さい子供だとまだ魔力量が少な過ぎて、アーメルサスの質の悪い魔石じゃ方陣門では移動が難しいんだよね……」
十歳以下だと、確かに方陣門で長距離は難しいだろう。
キエートでアーシエに魔石を握らせて『門』を使った時は、近場でタクトの方陣だったにも拘わらずカバロの倍の魔石が必要だった。
身体の小さい子供の魔力量はかなり少ないし、素手で持たせて移動しないと魔石の魔力を使うことすら難しくなる。
長距離は危険だろう。
だが……それなら俺の方陣門でも、危険度は変わらないと思うんだが?
「実は……『移動の方陣』は、知っているよね? あれにはもうひとつ、同行者用の方陣があるんだ」
「ああ、見た」
「ほう! 流石だね! あの同行者用を大人用の方陣と同じ羊皮紙に書いて、子供の名前と魔力登録をする。そして、幼い子供を大人が抱きかかえていれば、子供は殆ど魔力を使わず大人と一緒に目標の場所に飛べるのだよ! 手を繋ぐだけでも平気なんだけど、それだと抱きかかえられている時より魔力が必要になってしまう」
それは……知らなかった。
同行者用ってのは、そもそも子供用ってことなのか?
なんにしても、乳児であっても問題なく使える方陣だというならば、幼子こそ安全な皇国で育てたいだろう。
「実は、昔から皇国では『隠密』として、幾人かを入国できる国々には入れてはいた。でも、ガウリエスタとミューラ、ディルムトリエンがあんなことになっただろう? 比較的安全だったアーメルサスより、それらの国々にいた皇国民達の避難を優先しててね……その時に方陣札を仕掛けてあった隠密達は、一度皇国に戻ってしまっているのだよ」
「……いいのか? 俺にそんなことまで話して」
ヴェシアスはにこり、と微笑み、君は大丈夫だから、と根拠のないような言葉を口にする。
「根拠ならあるよ。君が嘘を吐いているのは『通称』の表記だけ。ミューラからの帰化民でセレステ在籍の方陣魔法師……なんて、たったひとりしかいないからね」
こいつ、看破の魔眼持ちか。
『看破』の魔眼は、鑑定板なんかよりはるかに精度の高い情報を得られる。
「言葉と僕の『看破』に齟齬があるかどうかで、身分証には記載されない『
国境の町ってことを忘れていた。
オルツにも何人かいたよな、そういえば。
ヴェシアスのその後の話では、アーメルサスに『門の方陣』を仕掛けてあった隠密達は、出入りが多くて紛れ込みやすい国境に近い町を利用していた。
だが、思っていたよりアーメルサスの南側国境が、持ちこたえられなかった。
ガウリエスタからの攻撃がなくなった後に、魔獣の襲来が全く止まなくなったからだ。
そのため、アーメルサスは三重に作っていた壁のふたつ目までを放棄、その間にあった二箇所の町からは完全に人が撤退してしまい最後の壁は一切開かれなくなった。
隠密達が『門』を仕掛けていた町が悉く魔獣の襲撃で人がいなくなり、たとえ方陣札が生きていたとしてもそこへ移動したとて現在のアーメルサス国内には入れなくなっているらしい。
もしかしたら、もっと中央に近い方陣札を仕掛けている者がいるのではないかと探したが、現在まで全く見つかっていないという。
まぁ……確かに難しいだろうな。
ガウリエスタのように杜撰な国ならともかく、アーメルサスはまだ方陣札くらいなら使える魔力を持った国のはずだ。
町には皇国程ではないにしても、方陣門での出入りを感知できる魔法は中央近くである程整備されているだろう。
だからといって、北側の森や山に札を仕掛けている者はほぼいないだろうし、もしいたとしても……多分、皇国内からだと使えない。
大峡谷を越えてガウリエスタ側に入らない限り、横たわるヴァイエールト山脈が移動にかかる魔力を跳ね上げてしまうからだ。
俺が魔力切れをおこし白森の狩猟小屋前でぶっ倒れた時も、距離は勿論だがガストレーゼ山脈の一部を飛び越える形になったせいだ。
ウァラク領内やマントリエル領内からだと、広く高い山々の連なるヴァイエールト山脈を越えてアーメルサス北側に入ることになる。
描き直してもらった俺の『門』でも、おそらく海を越える無人島より魔力量が必要だろう。
今までの方陣を仕掛けていたとしても、大峡谷を越える手立てのない今では……多分、移動できないと思う。
「ええ、その通り……その上、あの国の中心地はとても広い盆地の中でね。特定の馬車方陣からでないと、入れないようになっているらしいんだよ」
その他の町が周りにいくつもあるようだが、国内で高低差がかなりある国で『門』か『専用通路』でなければ、首都界隈では町から町への移動すら困難らしい。
……そーか……人里であっても、カバロが歩き難い国なのかもしれない。
「その盆地? にあるっていう町から、あの『移動の方陣』だと飛べるのか?」
「実は……確証はまだ。ですが現時点では他に手立てがなく、まずそれを試して頂ける方を募っているという次第で」
ウァラク国境門の中に『目標の方陣』を設置し、そこに飛べるかどうかの検証がまず第一。
できるとなったら、現在アーメルサスに在籍する全ての皇国人を探しだし『移動の方陣』と『同行者の方陣』を渡すのにも協力して欲しいという依頼だ。
つまり、俺の非常用の『目標方陣』を、ウァラク国境門内の部屋に置いておける……と。
願ったり叶ったりって奴だな!
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