弐第81話 フェイエストへ

 暫くセレステで過ごしたが、身体の不調も全くなかったし気持ちとしても整理が付いた。

 迷宮が危険であると改めて認識したし、利より害が多いことも解った。

 それでも、俺にとって『迷宮』は魅力的なのだ。


 目指すのは常にその迷宮の最奥。迷宮を作り上げた『核』を探し出して手にすること。

 タクトの方陣が『無害化』できないものもあるかもしれないが、それが何かを見たいし知りたい。

 そして『世界に散らばった方陣』なんてものがあるのだとしたら、探し出したい。


 漠然とただ楽しいからだけだった旅に、少しだけ『意味』が加わった。

 行きたいのは、アーサス……アーメルサス教国だ。

 あの不殺を通り抜けた時に出た、大河沿いの出口付近から西に向かって歩いてみようと思う。


 ただ、あの辺りはおそらく未踏破の山や森だ。

カバロを連れていって大丈夫かどうかは解らないし、馬だと歩けない地形の確率の方が高いだろう。


 そして行く手を阻まれた時に『遠見の方陣』を使って視た場所への移動も多くなるはずだ。

 タクトに書き直してもらったから、魔力消費は少なくなったが。

 本当は、オルツだけでなくウラク……じゃない、ウァラク領の国境門の外側に方陣門での移動が許可してもらえたら……助かるんだが。

 アーメルサスからだと、オルツは遠すぎるんだよな。


 でもなー、オルツの特別措置も俺がセレステ在籍だからってのもあるし、ウァラクにとって特に貢献できるあてもない。

 もう一度ウァラクに行ってみて、冒険者か魔法師としての依頼などないかを確かめてみるか……

 目処がつくまで、カバロはまたティアルゥトの牧場に預けておこう。



 ティアルゥトについてすぐに俺が確認したのは、ターナストさんの正しい発音だ。

 えーと『タルァナスト』……?

 ……駄目だ、当分発音できそうにない。


「また出掛けるのかい? ガイエス」

「ああ、取り敢えずウラクまで行ってみる……その後は、まだ未定だが」

「そうか、じゃあ、まだ安心だね」


 タルァナストさんも、セレステのみんなのように心配してくれているのだろう。

 俺がまた怪我をしたりしないか、と。

 申し訳ないと思いつつ、心配されるのが嬉しいと思う。

 そしてカバロにちょっと行ってくるよ、と言うと少しだけ淋しげに……でも睨むようにして鼻息を漏らす。

 ……今度は、怪我なんてしないでちゃんと戻るって。


 何度かの『門』の移動と越領をして、ウァラクで俺が一番最初に入ったフェイエストに入る。

 ここには、冒険者組合があったはず。

 ウァラクなら、アーメルサスへ行くような依頼が何かあるかと思ったんだが……やっぱりないか。

 国境門が閉じられてから随分経つし、橋がなくなっちまったからな。

 ……魔法師組合も覗いてみるか。


 魔法師組合に入ると、俺の顔を覚えていたらしい受付の人がいてまた方陣札を頼みたいと言われた。

 どうやら、なかなかいい売れ行きらしく浄化と回復、そしてなぜか採光が売れているらしい。


「採光の方陣なんて、必要なさそうだが……」

「最近ヴァイエールト山脈近くのサンモーロでも、また神泉掘りが始まりましてね。あの辺、前々から神泉掘りを進めようとしていたのですが、魔法師不足で滞っていたのですよ」


 へぇ……それで採光を使いながら、深くまで掘っているのか。

 確かに燈火とか使いづらそうだから、方陣魔法で採光が使えりゃ便利だな。

 掘り当てたら行ってみよう。

 神泉の湯は気持ちいいもんなぁ。


 しかも、サンモーロは山羊の乾酪があるらしくて、夏場は人気なのだそうだ。

 食べ頃は来月、望月ぼうつき末から夜月よのつきだと言うから、その頃に行ってみよう!

 山羊のは、タクトの食堂にもなかったからな。

 ……買っていってやったら、喜ぶか?

 よし、いい石が拾えなかったら、山羊の乾酪を送ろう!


 魔法師組合に方陣札を預け、何かアーメルサス関連で仕事か情報がないかと確認した。

 冒険者組合と違って、魔法師組合は仕事を貼り出したりしていないから受付で聞く必要がある。


「アーメルサスですかぁ……? 最近は国境の魔獣退治で、冒険者はやたら南側に集められているらしいですねぇ。国境も閉じちゃってますから、皇国では特に何も……あ!」

 何枚かの依頼用紙をめくりながら、受付の男は素っ頓狂な声を上げた。

 そして、困ったような、悩んでいるような顔をしつつ、一枚の羊皮紙を差し出す。


「かなり古い依頼なんで、なんとも言えないんですけど……去年の晦月こもつきに出ていたものです。まだここにあるってことは、継続中だと思うのですが……」

 そう言って見せてくれた依頼書には、確かに半年程前の日付で出された依頼が書かれていた。


『アーメルサスに方陣門で行くことのできる者は、ラステーレに赴かれたし』


 詳しい話はラステーレで、ということなのだろう。

 込み入った依頼のようだが……ウァラクの国境から、方陣門での移動を許可してもらえるいい機会かもしれない。


「行ってみたいんだが、ラステーレまでは馬車方陣門はあるのか?」

「いえいえ、ラステーレは教会門だけです。あ、どの町の教会からでも大丈夫ですよ! この依頼書をお持ちくださったら、司祭様が通してくださるはずです」


 塩漬け案件がなんとかなりそうだと思ったのか、笑顔で見送られた。

 教会はすぐ隣。

 ラステーレは領主の町だ。

 どんな依頼かは気になるが……これで、アーメルサスに入れるとなったら好都合だな。

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