弐第83話 ラステーレ-2
依頼内容はわかった。俺としては時間制限を付けられなければ、多分問題はないだろう。
しかし、こんな責任者的な事を一衛兵隊員の文官に領主が任せるだろうか、と思ったのだがどうやらヴェシアスは、ウァラク次官であるサラレア家の傍流家門らしい。
この依頼の統括だという人に引き合わせるからと連れて行かれた部屋で待っていたのが、サラレア次官だった。
ヴェシアスが『おじ上』と呼びかけていたのだから、かなり直系に近い家門だろう。
……流石、大貴族様だ。威圧感が半端ない。
無言で見つめられているだけなのだが、これ以上近づけない程の『何か』を感じる。
礼を取らない事で不快感を持たれているのかもしれないが、貴人に対する正式な礼など俺は知らない。
なので直接目を合わせない事と、こちらから話しかけない事くらいしか思いつかん。
「ふむ……」
次官から少し声が漏れて、場の空気がほんの少し緩む。
だが、俺が顔を上げられる程ではない。
魔獣などによる『命の危険』というものとはまた違う恐怖……いや、畏怖とでも言うのだろうか。
「セラフィラントでは随分と海衛隊に協力してくれているようだが、我が領地にもその力を貸してくれる事をセラフィラントでは了承しているのかな?」
「……ガイエスくん、直接答えてくれるかい?」
ヴェシアスに促されたので、一度薄く息を吐いてから話す。
「俺は魔法師ではあるが、冒険者だ。セラフィラントからはなんの制約もされていない」
「……そうか。それならばよい。セラフィラントの魔法師に他国への諜報活動をさせるとなると、それなりに手続きが要る場合もあるでな」
その後、改めて次官から聞いたのは先ほどのヴェシアスからの説明に対する補足的な事と、報酬などについてだ。
移動の際に必要と思われる魔石は、ウァラクから提供される。
そして、アーメルサスで皇国貨を使うと、今は特に警戒されるらしい。
全く皇国から入国できない状態の筈だから、当然だろう。
勿論両替なども一時的にでもそこに住んでいる者でなければ目を付けられるから、予めアーメルサス通貨を用意してくれるという。
……危なかったな。その辺の事は知らなかったから、アーメルサスの町に入ったら平気で皇国貨を出していただろう。
「ただし、受けてもらうには条件がある。この仕事をしてもらっている間は、アーメルサス国内の冒険者組合・魔法師組合には顔を出さないでもらいたい」
あくまでただの『仕事のために入国した』皇国人のひとりで、冒険者でも魔法師でもない……という『潜入』になるからだという。
「当然だが、それ用の偽身分証を使ってもらう事になる。魔力登録はするが、正規のものではないから『開く』事はできない。正しい身分証は別に身につけるか【収納魔法】に入れていてくれれば、アーメルサス国内の鑑定や越領には支障はないが……大丈夫かね?」
「ああ、構わない。ただ、名前も変えるのか?」
「君には『通称』があるので、それを『本名』として表記するだけでいいから、別の呼び名にする必要はない」
用意してくれる報酬は……なんと、俺の要望を優先してくれると言う。
ならば、俺が一番頼みたい事を叶えてもらえるかの確認だな。
俺は身分証の裏書きを、ふたりに見せた。
「その裏書きのように、オルツでは方陣門での他国からの移動を国境港で許可してもらっている。今後ずっと、ウラクの国境門付近で入国手続きが問題なく取れる場所への、方陣門による移動を許可してもらいたい」
「ほう! 他国から移動できるのか……やはり、さすがは方陣魔法師だ。よかろう」
「それと、今回の依頼が終了した後も、俺の『目標方陣』をその場所に常設しておいて欲しい」
「……まだ、確実に移動できるとは限らぬであろう? そんな不確かなものの設置でよいのか?」
まだ、国外から試した者はいないんだろう。
当たり前だよな。
「あの『移動』は、俺が描いたものであれば必ず使えると思う。皇国が全く見えない無人島付近の海中からでも、俺はオルツ港に戻れた」
だからと言って、山脈まで大丈夫だとは言えないが、少なくともアーメルサスの中央市街地からであればほぼ問題なく移動はできるだろう。
「……!」
「海から? 海の中から、陸地に? しかも……最も近いとされる無人島ですら、ここから王都まで以上の距離があるはずだ」
そんなに距離……あったか。
うん、あったな、結構遠かったはずだ。
俺が頷くと、やはり、と次官は口の端に笑みを浮かべていた。
「となると……更に君への依頼が増えてしまうかもしれんが」
「方陣札を作るという事か?」
「いや、おじ上、まだ登録されたばかりの方陣でございます。修記者の申請はできませんよ」
「儂の方から連絡を取り、許可をいただくか……ヴェシアス、使いを頼むやもしれん」
「畏まりました」
一等位魔法師ともなると、次官からそんな依頼が……あ、そうだよな、セラフィラント公からだって依頼があるくらいだったな。
あいつの方陣は確かに、最高の質なのだから。
あの移動方陣だって、もしかしたら海衛隊用に作られたものかもしれない。
だとすると……セラフィラント公の同意も必要なのか?
「先ずは、移動方陣自体を是非試してもらえるか? その間に、作ってもらえるかの打診をしておく」
「わかった」
俺からもタクトに手紙でも書いておこう。
……アーメルサスで最初に拾った石を、一緒に送ってやろうか。
「その他の報酬は決まったかね?」
「いや……他は……要望はないが?」
「何をいう! たったそれだけでは、対価に相応しくないぞ!」
俺が思いつかない、というと今でなくてもいいから考えておくように、と言われてしまった。
方陣門での西側からの出入りを許してもらえるだけで、俺としては充分なんだがなぁ……
ということで、身分を偽っての潜入と『移動の方陣』の検証という、冒険者としても魔法師としても荷が重いだろうと思われる仕事を受ける事となった。
俺にとっては、都合のいい事ばかりなんだが、な。
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