弐第79話 ロートア衛兵隊修練場-1

 思っていたような大袈裟な事態にはならず、すぐに修練場に案内してもらえるという。

 だが、そのこと自体が特別なことのようで、その時に受付にいた他の希望者達がちょっと睨んできた。


「紹介状がないと、身分証確認だけでなく指導料の支払いが前払いなのですよ」

 案内の衛兵が穏やかな笑顔で説明してくれる。

 指導後だと、たまに支払いもせずに帰ってしまう奴がいるらしい。

「翌日に来ればいいんですが、そういう人は二度と来ませんからね」

 あ、笑顔なのに、ちょっと怖い。


 紹介状があれば、支払いもせずにいなくなったとしても紹介者から取れるもんな。

 ……俺になんかあったら、アメーテア医師に連絡が行くということだ。

 気を付けよう……



 剣技指導は、いくつかの段階に分かれているようだ。

 成人の儀前の子供達、適性年齢前、そしてその上という年齢別と、その中でも技能の段位などで指導内容が変わるらしい。

 俺は『剣術技能』が第二位だと伝えると、南側の修練場に案内された。

 思っていたより、人数が少ない。


「もっと、沢山いるかと思ったが……」

「騎士位試験を受けたい子達は多いですから、成人の儀前の方が人数は多いですね。仕事目的だと、皇国内は帯刀をあまり快く思わない領地もありますから剣技より体術が人気ですよ」


 ああ、そういうことなら納得だな。

 皇国内だと、確かに帯刀している必要はない。

 剣を提げていると避けられたり、睨まれたりもする。


 衛兵や憲兵にも目を付けられるのだろうから、武器を持ち歩かないで済む体術は人気がありそうだ。

 俺の場合、魔獣相手に体術なんて意味がないからな……魔獣や魔虫は、触ったら確実に負けだからなぁ。


 指導員はふたりで、一緒に教えてもらうのは六人だけのようだ。

 その内の三人は騎士位試験を受けたものの、予備試験で落ちてしまったから再度習いにきたみたいだ。

『そんな有様ではまた落ちるぞ』などと指導員に言われていたのが聞こえた。


 俺と一緒にドエオートという教官に習う二人……

 どちらも今日が初回のようで、教官に名前と目的を聞かれていた。


 ひとりは冒険者のようで、実戦経験はあるがもっと強くなりたいから……と言っている。

 もうひとりは、護衛の仕事のために剣術技能を上げたいという目的だという。

 このふたり、お互いを牽制し合っているみたいに感じる。


「ドエオート第二武官、こちらが先ほどお話ししましたガイエス殿です」

 第二武官ってのは、街区ごとの長官・副長官に次ぐ階位で上から二番目……だったか。

 結構強いってことなんだろうな、この人は。

 そして、俺に『殿』なんて付いたことで、ふたりの視線が少しきつくなる。


「ああ……魔法師であったな」

 教官の『魔法師』という一言で、ふたりの視線が『それなら仕方ない』って感じに変わった。

 魔法師ってだけで銅証だからだろうな。



 その後、たいした説明も会話もなく訓練が始まった。

 基本の型とか振り方なんかは、見たのも教わったのも初めて。

 しかも、このひと月近く、ろくに身体を使っていなかったせいか動きは悪いし、腕の力まで落ちている。

 ……腕の力は……最近って訳じゃなくて、昔からあまり強くなかったかもしれないが。


 訓練中は、勿論、方陣や魔法での強化も俊敏も禁止だ。

 ただ、俺の服には回復の方陣だけはあったので、なんとか修練についていくことができた。

 鈍り過ぎだ。

 軽めの模造剣のはずなのに、四半刻もしないうちに重く感じるなんて!


 しかし、思い返すに、まともに『剣』を振るう戦い方をしたのは随分前だ。

 初めてセイリーレに行く時に、あの白森で魔狼の群れに波状攻撃をされたのが最後かもしれない。

 その後は……光の剣しか使ってないもんなぁ。

 あれ、めちゃくちゃ軽いし、全くと言っていい程腕に負担がない。

 素振りなんかも、最近は全くしていなかった。


 一日の指導時間は一刻半程だ。

 なのに、俺ときたら信じられないくらいヘロヘロになってしまった。

 情けない……


「大丈夫かね、君?」

 へたり込んでいた俺に声をかけてくれたのは、護衛仕事のためと言っていた男だ。

「ああ……最近全く動けなかったから、かなり鈍っているみたいだ……大丈夫」

「魔法師が剣なんて、無理すんなよ」

 嘲笑気味にそう言うのは、冒険者らしき男。

 ふたりもドエオート武官も『魔法師のくせに』というのは同じ意見らしい。


「そうだな……だが、剣術技能を第二位から落としたくないしな」

 俺がそう言うと、三人とも技能なんてあったのかよ、みたいな顔つきになる。

 技能を持っていると思えない程、下手な剣技ということなんだろう。

 多分、今は剣技云々より、体力不足の方が深刻だ。

 ここまで持久力がないとは思わなかった……



 帰り際、訓練の料金を支払いに事務所に寄った。

「どうです? 続けられそうですか?」

 事務官にそう言われたので、予定通りひと月程続けたいと言って代金を支払ってしまうことにした。

 ひと月もあれば、基礎くらいの型などは教えてもらえるらしいし体力も戻るだろう。


 そしてその頃にはきっと、外に出たくて我慢できなくなっているに決まっている。

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