弐第78話 テアウートから衛兵隊修練場へ
翌日になって病院の宿坊から出ることになったのだが、食事を作ってくれるおばさん達に『またおいでねぇ』と言われてどう答えていいか解らなかった。
病院にまた世話になる事態って、あまりいいことじゃない気がするし働いているところに遊びに来るって言うのも……なぁ?
アメーテア医師はくつくつ、と笑いを堪えているようだった。
そして、アメーテア医師の夫でもうひとりのこの病院の責任者、パーテスト医師が俺の『治癒の方陣』を買いたいと言っていると教えてくれた。
「描けるようになったら、魔法師組合に預けておくれよ。買いに行くからね」
ここで描いてもいいと思ったんだが、ちゃんと魔法師組合を通しなさい、と言われてしまった。
個人で使う分ならいいけど、病院として買うから魔法師組合を通すべきらしい。
「そうだよ。ちゃんと魔法師組合を通して、どの病院に売ったということが解った方がいいからね」
「実績……という奴か?」
「いいや、信用、だね」
病院にも当然格があり、その病院で使われる方陣もそれに準ずるらしい。
格の高い病院で使われれば方陣の価値も上がり、よい方陣を使っているとなると病院の格も上がるというのだ。
この『格』ってやつは、俺にはどうしてもよく解らないんだが……『信用』とか『価値』という意味だとすると、少しは解る気もする。
そしてアメーテア医師から、陸衛隊への紹介状とやらをいただいた。
俺が健康で、魔力量も充分であるから衛兵隊の訓練を受けさせてやってくれ……というもののようだ。
「ありがとう、助かる」
「体力が落ちていると思うから、はじめのうちは無理するんじゃないよ」
そう言われて頷き、俺は病院を後にした。
陸衛隊の詰め所に行くのは午後がいいと言われたので、まだ時間がある。
俺は早速テアウートへと移動した。
テアウートの牧場に着くと、俺が借り上げている厩舎とカバロの世話をお願いしている牧場主のターナストさんに挨拶に行った。
俺の姿を見るなり、ターナストさんが駆け寄ってくる。
「ガイエスーーーーっ! もうっ、もう、大丈夫なのかっ?」
「あ、ああ……」
もの凄い勢いでがしっと肩を掴まれて、泣き出さんばかりの表情だ。
ターナストさんは背が高くてガタイもいいから、全速力で走ってこられるとかなり迫力がある。
でも優しくて涙もろい、いいおじさんだ。
「魔魚にやられたなんて聞いたからよぅーっ! 本当に心配したんだぞーーっ!」
「心配かけてすまなかった……い、痛いって」
「あ、悪ぃ……でも、良かったよぉー」
ふおおっ! 泣かないでくれって!
俺より頭ひとつ分背が高くて、二回りくらいデカイおっさんが背中丸めてえぐえぐ泣いてるって……ちょっとどうしていいか解らない。
「そ、そうだ、カバロの世話、ありがとうな? ずっと預けっぱなしで……」
俺がカバロの名前を出した途端に、グイグイと引っ張られて厩舎の中へ入っていく。
「ガバロぉぉっ! ガイエズ無事だっだぞぉ!」
もう全部の音が涙声だ。
涙声の割にデカイ声にカバロが驚くんじゃないかと思っていたが、意外にもふふん、とばかりに顔をこちらに向けただけだった。
……あれ?
あまり待たれていなかった?
もしかして忘れられたとか?
若干落ち込みつつ、小さい声でカバロ、と呼んでみた途端……
ガンッ!
馬房の柵に体当たりをかますその姿に、俺もターナストさんも吃驚して動きが止まった。
そして、柵が壊れ、カバロが俺の側へと……ちょっとだけ早足で近付いてきた。
鼻先どころか首全体をガンガン俺にぶつけてくる猛抗議だ。
あ、うん、ごめんっ、ごめんってば!
鼻息だけがかなり荒いのだが、首をやたらと擦り付けてくる仕草に変わる。
撫でてやりながら、徽章に魔力を流してやると落ち着いてきた。
ストレステ東の無人島に行った日から、随分日が経っているもんな。
ターナストさんに聞いたら、この二、三日は全く走りたがりもせずに食欲もなかったらしい。
……良かった、今日来られて……馬房の修理費、預けておかないと。
飼い葉を食べさせて、少し馬場を走らせてもらう事にした。
半刻程走ってちょっと気が済んだのか、ご機嫌が良くなったところでターナストさんに礼を言って暫くロートアにいることを伝えた。
「そっかぁ、んじゃ、走りたくなったらまたおいでなぁ」
「ああ、ありがとう」
本当はここにもう一度カバロを預けて、ロートアの衛兵隊詰め所に行こうかと思ったのだがカバロが離れたがらないので連れていくことにした。
ロートアで、厩舎がある宿を取らないとな。
ああ、あまりくっつくな。
歩けないだろうが。
門を開いてロートアの一番東側、ロカエに近いところまで来た。
この辺りに衛兵隊詰め所があり、修練場があるらしい。
セラフィラントの衛兵隊では、臣民達に剣技や体術を指導している町もそこそこある。
騎士位を取らなくても衛兵隊試験を受けたい者達や、商人の店舗などで護衛の仕事をしたい者達が習いに来るらしい。
在籍領であればどの町ででも指導してもらえるらしいが、人数が多い場合はその町の在籍者が優先になるようだ。
詰め所を見つけ、その近くの宿を探す。
カバロがまた、ポコポコと勝手に歩き出した……
ぴたりと立ち止まったところは、宿の真ん前。
一番近い宿で俺としては助かるが、小さめだけど厩舎はあるんだろうか?
しかし、全然動かない……ここがいいらしいので、部屋を貸してもらえるかを確認。
「おやおや、ロカエじゃなくて、うちでいいのかい?」
気の良さそうな爺さんが出迎えてくれた。
「馬がここがいいって言うから」
「……馬?」
そうだよな、不思議に思うよな。
どこに行ってもこの反応はよく見たが、爺さんは困ったように頬をかく。
「んんー、馬に選んでもらえたのは嬉しいがのぅ……今、厩舎番がおらんのだよ」
「人手がないってことか?」
「娘夫婦と一緒にやっとる宿なんじゃが、婿殿が怪我をしておってなぁ」
どうやら治療のために、病院の宿坊にいるらしい。
その看病やらで娘さんも外出することが多く、爺さん夫妻だけでは厩舎までは手がまわらないという。
怪我が完全に治るには、あと五日くらいと言われてしまっているのだとか。
仕方ないかと一度表に出てカバロを動かそうとしたが、全く動こうとしない。
俺が説明したところで、カバロはどこ吹く風だ。
……まぁ、説明なんてものが解っているかどうかが疑問ではあるが。
「すまん……どうやらここがいいと聞かないんで、自分の馬の世話は自分でするから泊まらせてもらえないか?」
一泊すれば気が済むだろう、と取り敢えず今日の所はそれで泊めてもらうことにした。
確かに広めの馬房で、カバロ好みっぽい。
いや、他に馬がいないってのがいいのか?
馬見知り、だったよな、こいつ。
魔法付与もしっかりしているし、餌さえこっちで世話をすれば問題はなさそうだ。
カバロを預けて、衛兵隊詰め所に向かった。
衛兵隊の事務所は、役所とはまた違った緊張感がある。
王都の憲兵隊事務所とも少し雰囲気が違うが、こっちの方が活気があるかもしれない。
指導講習受付とかかれた窓口があり、そこにアメーテア医師からもらった紹介状を出して『剣技の指導を受けたい』と伝えた。
「おや、暫く病院にいらしたのですね。ふむふむ、体力が落ちているから訓練なさりたい……と」
受付の若い男は紹介状の最後に書かれた名前を見て、ぴたっと動かなくなった。
……アメーテア医師のことを知っているのだろう。
セラフィエムス傍流の方の紹介状だもんなぁ。
上司のところに走っていくよな、うん。
バタバタと走る後ろ姿を見送って、大袈裟にならないといいな、と小さく溜息をついた。
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