弐第70話 ロカエ沖合-1
「すまんなぁ……そんなに船に弱いとは……」
俺を船に乗せたザクーエキス船長が、少し申し訳なさそうに水を差し出してくる。
高速魔導船とは比べものにならないくらい、荒々しい航海である。
【耐性魔法】がまだ第三位の俺では、船酔いを抑えることなどできない。
方陣も使って耐性を上げれば、この揺れに対応できるだろうか……
かなり沖まで出ているが、魔魚の姿は見当たらないようだ。
風にあたりたくて、船室から表に出ると海面が思っていたよりずっと近くて吃驚する。
【回復魔法】の方陣を使い、なんとか吐き気を抑えつつ折角だから漁を見物させてもらおうと思った。
「……何を、捕るんだ?」
「そろそろ現れる時期なんだよ……デカイ奴が」
アイソルに行く時に遭遇したような馬鹿でかい蛸かな、とぼんやり考えていた時に船員が叫んだ。
「船長、この辺ですー!」
「よぉーっし!」
勢いよく船長は船の屋根の上にあるもうひとつの舵が取れる場所へ上り、上から海の中を眺める。
多分、鑑定か何かで狙いのものがいる所を探しているのだろう。
船の速度は遅めになり、探知でもしているかのようだ。
海の中まで探知できるってことは、方陣じゃなくて獲得している魔法なのだろう。
舳先が微妙に方向を変え、ふたりの船員が槍のように長い三つ叉の付いたものを構えている。
魔法……いや、技能だろうか、三つ叉槍をふたり同時に海へと力一杯突き刺すように投げつける。
何かに、刺さった。
槍には縄がつけられており、たぐり寄せると深々と刺さって引き上げられる魚……
俺の身の丈より大きそうだ。
「おーっし! 良い魚体だな!」
「でかいっすねぇ、船長!」
「もうこの大きさが捕れるのか。今年は少し早ぇな」
手慣れた様子で、とんでもなく大きいその魚を浄化してから船室へと流し入れる。
そしてもう一度三つ叉槍を持ち、舳先へ走るふたりと舵をとる船長。
俺は……船室の窓から、邪魔にならないように彼等の勇ましい漁を眺めているだけだった。
船酔いも忘れるほどだったから、かなり見入っていたのだろう。
その後も何匹かの大きい個体が海から上がり、小さめのものなどもあったようだがなかなかの豊漁だったようだ。
「いやー、今日は大きくて良い形の奴が多かったぜ」
「おう、小さめの奴、ひとつ捌くか。生魚は食えるか? えーと……」
「ガイエス、だ。生も、好きだ」
小さいとは言っても、四人で食べきれる大きさではない。
残りはきっと、自分らで持ち帰って食べるのだろう。
こんなに捕ってすぐなら、港で食べるより旨いかもしれない。
手際よく解体され切り身になって、初めてその魚がなんなのか解った。
一度だけ、セレステでも生で食べた『
……あんまり、旨かった記憶がないんだが……
だが、好きだと言ってしまった手前、断りにくい。
差し出された皿には、大盛の
不味くても二、三口食べればいいかと、口に放り込む。
「旨い」
セレステで食べたものと、味が違う気がする。
ザクーエキス船長がにこーっと笑う。
「そうだろう! この
「時期で、味が違うのか?」
「ああ、そうだ。冬に旨い種類の
以前、セレステで食べたのは冬だったから、時期が悪くて旨くなかったってことなのかもしれない。
この塩かけると、もっと旨い。
これ、ロカエの町で売ってるかな。
買いに行こう。
あの三つ叉槍は『
なんで魔法で捕らないのだろうと思ったが、海で魔法を使い過ぎると魔魚を呼んでしまうから抑えているのだそうだ。
確かに、こんなに海面に近い船で襲われたら、堪ったものではない。
「どうだ、ちょっとは面白かったか?」
「ああ! 凄く!」
漁ってのを初めて見られたし、旨い魚も食えたし。
「さて、戻るぞ。ちと遅くなっちまった」
食べ終わってすぐ、残りの切り身を保冷箱に入れて船長は港に向けて舵を切る。
まだ天光も高く、昼を少し過ぎたくらいだ。
こんなに明るい内に漁を切り上げるのか、と少し意外だった。
俺の疑問に船員のひとりが、昼を過ぎると魔魚が出やすいんだよ、と教えてくれた。
「魔魚の出やすい時間って、夜だけじゃないのか?」
「種類によるなぁ。群れて襲ってくる小さめの奴は夜が多いけど、昼過ぎは中型で細い触手の奴が寄って来やすいんだよ。ま、群れないから大したことはないと思うけど」
俺に襲いかかってきたような、あの迷宮の魔魚達の活動時間ってことなのか?
そういえば……あの時も昼過ぎだった気がする。
魔魚が一番出ないのは夜明けから昼前で、沖合の漁はその時間が一番いいのだそうだ。
天気が良い時は昼を少し過ぎても大丈夫らしいが、雲が多かったり雨の時は昼前から警戒が必要だという。
そう言われて空を見上げると、雲が出て来て天光を隠していた。
「速度を上げるぞ。座ってろ」
船長がそう言うや否や、船が速度を上げ身体が大きく振られる。
その時、船員のひとりが声を上げた。
「船長、右舷後方に魔魚らしい反応があるっす!」
「くそっ、早ぇなっ!」
時間的には問題がなかったのだろうが、曇ってきたからだろう。
俺は、光の剣を握り締める。
……その手が、ほんの少し、震えていた。
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