弐第71話 ロカエ沖合-2


「魔魚は『群れ』か?」

「いえ……中型っすね。五……いや、七匹くらいいそうです」


 船長の声も、船員の声も重い。

 このまま速度を上げて振り切るのかと思ったが、船は急速に速度を落とした。


「駄目だな。この船の速さだと振り切れねぇ。駆除しないと港まで連れてっちまう」

「そっすね」

 船員が頷いて、俺に振り返る。

「ガイエスくんは、ここにいてな。扉、ちゃんと閉めとけよ」

「すまんな、ガイエス。ちょこっと待っとってくれ」


 船長に『俺も戦える』……と、すぐに言葉が出なかった。

 怯えている? 俺が?


 駄目だ。


 このままじゃ、ダメだ!

 ここで怯んで目を背けたら、扉を閉めたままで震えているだけになってしまう!

 冒険者としての俺は……死んでしまう。

 なのに、なぜ、足が出ないんだ?


 逡巡している俺の目の前で、扉が閉められた。

 窓に張り付くように、船尾へと移動する彼等を見る。

 船長は屋根の上で操舵、船員ひとりが手に弓矢を持っている。

 もうひとりは、さっきのもりだ。


 やじりが……鉛ではない。

 石?

 黒っぽい、少しキラキラする……あの魔魚の迷宮の壁にあったような石でできているみたいだ。


 矢を放ち海面に近づいたり遠ざかったりと、高さを変えて旋回させる。

 風系の魔法だろう。

 凄いな……あんな風に矢を操れるのか……と見ていたら、海の中からその矢を目掛けて何かが伸びた。

 背筋に冷たいものが走る。


 魔魚が触手を伸ばしつつ、海上へと姿を現す。

 俺に襲いかかってきた、あの、魔魚と同じ奴だ。

 大きさは、こちらの方が小さそうだがあの不気味な触手は……忘れられない。

 その触手を躱すように、矢は風に操られて海上を舞い次々と触手が伸びてくる。


 そうか、あの矢は囮だ。

 おそらくやじりは、魔力を溜め込んだ魔石になっていて敢えて魔法で動かして魔魚を惹き付けてるんだ。


 海上に姿が見えた途端に、もりが一直線に魔魚に向かって放たれる。

 その身体にもりが深々と刺さり、魔魚はもりが刺さった箇所を中心に外側に向かって崩れていく。

 もりには【浄化魔法】が付与されているのか!


 そしてまた矢が放たれ、銛が魔魚を貫く。

 戦い続ける彼等は焦ることもなく、的確に魔魚を倒していく。

『当たり前』なんだ。

 漁師達にとっては、こうした攻防が。

 海を護っているのは、貴族だけでも、衛兵隊だけでもなく毎日海に出ている彼等も同じなのだろう。


 四匹目の魔魚を退けたところで、風が強く吹き始めた。

 天候が崩れてきた。


『船体を登ってくる魔魚がいる』

『雨だとそいつ等の足が速くなる』


 頭の中に『蒼星の魔導船』で聞いた海衛隊の言葉が響く。

 ぽつ、と雨が落ちてきた。

 しまった。

 海に出る気なんてなかったから、服に『錯視の方陣』を描いていない。

 外套を収納から引っ張り出し、前後に描かれている『錯視の方陣』に魔力を注ぐ。


 次の瞬間、俺は船室を飛び出していた。

 恐怖がない訳じゃない。

 でも、扉を開くことができた、という自分に安堵感さえ覚える。


 その時、船体の真横から這い上がってくる魔魚の姿を見つけ、殲滅光を浴びせた。


「ガイエスっ! 中へ……!」

「大丈夫だ! 武器ならあるっ!」


 俺は荒れる海で、舵取りをしている船長の言葉を遮る。

 そして、上から見ていた船長が、船首側から伸びる触手に気付き彼等に指示を出すが間に合わない。

 俺は体勢を低くして、揺れる船の上を走る。

 光の剣から放たれる殲滅光は、彼等が戦っている背後から迫ろうとしていた触手を分解する。


 震えは、止まっていた。

 呼吸も落ち着いているし、よく、見える。

 左足は、痛くないし力も入る。


 船尾にいる彼等の背中に『錯視の方陣』を付与して、発動させる。

「この方陣札を胸の辺りにつけて発動させてくれ」

 札をふたりに押しつけ、屋根の上の船長にも同じ物を渡した。

 そして……これは気休め程度の効果しかないかもしれないが、千年筆の魔力筆記で描いてあった錯視の方陣札を船体の四方に貼る。


「おい、この方陣札は……?」

 魔魚が触手を伸ばしてこなくなったのだろう。

 船員が不思議そうに聞いてくる。

 簡単に説明すると、海衛隊が使ってるってのはこれか! と合点がいったようだ。

 ……まだ海衛隊が使い始めて間もないと思うんだが、耳が早いな。


「魔魚が、この船自体の魔力に惹かれて追ってこないようにしとかなくちゃな!」

 そう言って後方、沖合に向かって魔力をたっぷりと溜めた『魔石の矢』を思いっきり放つ。

 その矢を追うように、船の近くにいた二匹がざざざっ、と波を搔き分けて離れていった。

 ぐぐん、と速度が上がり、船は港へ向けて走る。


 もう、船の後を付いてくる魔魚はいなかった。



 港に着くと、船長がめちゃくちゃ俺に詫びてきた。

「すまんかったなぁ、あの海域にゃ今まで出たことがなかったんで油断しちまった」

「いや、漁は面白かったし……それに、俺自身吹っ切れたから、乗せてもらえて良かった」


 俺の言葉を船長は少し疑問に思ったようだが、特に何も聞いては来なかった。

 別れ際、俺は気になっていたことを尋ねた。


「さっきの魔魚は、群れない、のか?」

「そうだな。多くても今日くらいだな。触手が長い奴ほど群れたりはしないな」


 十匹に届かないくらい……ってことなのか?

 あの迷宮では、十匹なんてものじゃない数が横穴から襲いかかってきた。

 清浄水に崩れた奴を入れたら、軽く三十くらいはいたと思う。


 群れている場所の近くだったのなら、あの数の魔魚が襲いかかってきたのは理解できる。

 でも、そうでないのなら……なんであんなにも集まってきていたんだ?

 元々あそこにいたのは、さほど大きくもない奴が一匹だけだった。

 それがいなくなったから、態々海から他の魔魚共が来たってことだよな。

 あの場所に『核』があったとしたら、それほどまでに魔魚を惹き付ける何かだったってことか?


 くっそー、ますます気になる。

 でも、どうやって確かめりゃいいんだろう。

 方陣だと、水中のものは表面だけしか探知できないし。

 掘り返すのは無理でも、あの中に何か埋まっているかどうかは確かめたいんだがなぁ。


 あ、魔法……結構使っちまったけど……方陣の起動くらいだから、大丈夫……かな?

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