弐第68話 ロートアからロカエ港へ

 微妙に落ち込んでいた俺は、病院の宿坊に泊まらせてもらいつつ治療と身体を慣らす為に町中を少し歩くという毎日を送っていた。

 移動に『門』で使っても構わないが、左足の魔力の流れも今は正常ではあるもののまだ安定していないから必ず魔石を使えと言われてしまった。

 ちょっと、魔石を買い足しておかないと……


 宿坊を出てもいいけど、今月中は三日に一度は【身循しんじゅん魔法】を受けるようにと言われているのでまだカバロを迎えに行っていない。

 テアウートで走らせてもいいんだが、絶対にどこかに行きたがるに決まっている。

 でも、俺自身がまだ無理だからどこにも連れて行ってやれないし、下手に機嫌を損ねない方がいい。


 なので、まだ病院宿坊に泊まらせてもらっている。

 他には患者がいないから、できれば宿坊にいろと言われたので心置きなく。


 今日はその二階の部屋から遠くに見えていた、東側にあるロカエの町まで来てみた。

 流石に歩ける距離じゃないので『門』を使ったが、魔石を使っても少し左足に鈍痛がある。

 力は入るようになったけど……まだ、壊れているんだな。


 この町の北東にある港は献上品が水揚げされるロカエ港で、水揚げされるものは王都中央区などにしか出回らない。

 港に近付くと朝だからか、活気がありこれから漁に出る船も多いようだ。


 この辺りはかなり遠くまでセームス卿が浄化しているから、魔魚は殆ど出ないという。

 ロカエは最もセーラントの北にあって、一番ストレステに近い。

 だが、海流が北から南に流れているというせいか、ロカエからストレステへの船は出ていない。


 オルツも大きな港だが、ロカエは全く雰囲気が違うけど同じくらい大きな港だ。

 大型の魔導船もあるけれど客を乗せる高速魔導船ではなくて、漁業専用の船だからか作りはとても無骨で機能重視なのだろう。


 こんな朝早くから店がいくつか開いていて、手軽に食べられる物を売っているようだ。

『魚焼き』? 焼き魚じゃなくて?


 魚の形をした焼き菓子……みたいだ。

 おおっ! 中に手亡豆のあんが入ってるっ!

 うまーーーーい!


 あ、こっちでも同じ形の物を売っている。

 さっきのと、中身が違うみたいだ。甘藍と蛸っ?

 うわーーーーこれも旨いーーーー!


 がつっ!


 く……っ、いって……ぇ……

 食いながら歩いてたら、屋台の裏側に積んであった箱を蹴飛ばしてしまった。

 ちゃんと見ないで歩いてた……左足の向こう脛、思いっきりぶつけた……

 中の蛸、ひっくり返さなくて良かった。

 店の人に睨まれて、そそくさと離れる。


 この『魚焼き』ってのは、あちこちで中身が違う物が売られているみたいで次々と売っている店を見つけてしまう。

 買って【収納魔法】に入れておきたいけど、今はまだダメだ。まだ、なるべく魔法は使うなって言われている。


 昨日どうしても赤茄子煮込みが食べたくなって、タクトに送ってくれって転送の方陣を使った。全部、不殺の魔竜にやっちゃったからな。

 その時に、魔法使ったね? ってアメーテア医師にめちゃくちゃ怒られたんだよな。


 タクトから『少し町を離れるから、二、三日連絡できないかも』って手紙が届いた。

 珍しい……ほぼ絶対ってくらい、セイリーレから出たがらないくせに。

 今俺がどこにいるか聞いてきたんで『皇国内』とだけは答えたが……流石に病院にいるとは言えなかった。

 ……なんとなく。


 ロカエを歩いていて、不意に思い出した。冒険者組合に、言っておかなくては。

 今は指名依頼が受けられないって。すっかり忘れていた……

 魔法師組合の方は、オルツの港湾事務所から連絡してもらえたみたいだけど。

 オルツには冒険者組合、ないからなぁ。


 ロカエの冒険者組合にはいると、相変わらずのんびりとしている。皇国の冒険者組合は長閑すぎる。


「あらら、ガイエスさん! お久しぶりですー」

 以前、リントからの帰りに寄った時に段位の更新をしてくれた人だ。

 事情を話すとちょっと青ざめられたが、今月中には多分治ると言ったら安心してくれたようだ。

 どうやら、魔魚に魔力を吸い取られるほど絡みつかれたら、生きてるだけでも不思議らしい……

 そうかもなぁ。あの移動の方陣がなかったら、絶対に逃げられそうもない。


「大事にならなくって良かったですよぉー。休業申請、承りましたので再開の時はまたいらしてくださいねー」

「ああ、わかった。暫くはロートアにいる」

「もしかして、アメーテア様の病院ですか?」

「そうだが……」


『様』?


「そうでしたかっ! アメーテア様なら、完璧に治してくださいますよ! なにせ、セームス家門、随一の医師様ですからね!」


 アメーテア医師は、どうやらセームス傍流家門の方らしい。

 セームス家門の女性というのは、医師や司祭がとても多いのだとか。

 あの【身循しんじゅん魔法】ってのは、セームスの『血統魔法』という事のようだ。そりゃ、最上位魔法だろうとも!


 ……婆さん呼ばわりしなくて良かった……

 ここはセーラントなんだから、セームス家門の傍流とかいたって当たり前だよな。

 ましてや、ロートアは領主のいる町なんだし?

 でも領主の町ロートアより、ロカエの方が賑やかに思える。

 ……なんだか不思議だ。


 冒険者組合を出て、ロカエの港と海をぼんやりと眺める。

 あの魔魚の迷宮には、もう一度行きたいと思っている。もうひとつの分岐をまだ確認していないからな。


 俺が水に入るまで魔魚は全く襲ってこなかった。

 魔魚は近くにいれば陸にいようと触覚を伸ばしてくるし、飛びかかってくるというのに。

 多少の恐怖感はまだあるが、やはり水にさえ入らなければ、錯視の方陣は効果があるって事だ。

 でも、暫くは……海とか島は止めておいた方がいいんだろうな……


「おいおい、足りねぇってどういうこった!」


 船員らしき男の大声が聞こえた。

 あの船の荷、なんか問題でもあったのか?

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