弐第67話 ロートア
「うん、左足の魔力は正常に流れ出したようだね」
ロートアの病院で三日ほど過ごした朝、アメーテア医師に笑顔でそう告げられた。
……長かった……!
「よかったねぇ、こんなに早く整ってくるなんて、なかなかないよ」
「そう、なのか?」
「魔魚に魔力の流れを狂わされたら、どんなに短くても一年はかかるもんだよ。まぁ、まだ完治って訳じゃないから、もう少しここにいてもらうけどね」
まだなのかっ!
「生まれつき流れが狂っていたのは、多分あんたが他国生まれなせいもあるからね。じっくり治さないとねぇ」
「……どうして、それが関係あるんだ?」
「他国は、大地の浄化が殆どできていない。特に、あんたのいたマイウリアとガエスタはかなり酷い状態だっただろう。ドムトエンのように同盟国のドネスタが支援していた訳じゃないし、アーサスのように技術が発達している訳でもなく、食糧なんかを皇国から買っていた訳でもない。皇国に来ている帰化民達も、生まれつき流れがおかしいってのは少なくないよ」
ならば、どうして問題なく過ごせているのかというと、魔力量が低いから……らしい。
流れる魔力が少ないから多少道筋に難があっても、身体を傷つける程ではないということなのだろう。
「他国民同士の子供なら、さほど魔力量は多くならない。吸い込んでしまっている魔毒のせいかどうかは、はっきりとは解らないけどね。だけど他国民と皇国民の間に生まれた子供は、狂った流れや微弱魔毒まで身体に受け継いでしまうことが多い上に、魔力量も少なくはないんだよ。そうなると、魔力量が増えるだけで命に関わる」
オルツの司祭様が言ってたよな。
二千五百以上の魔力量があると、流れが調っていないのはもの凄く危険だって。
「あんたは皇国民との子供じゃないんだろうが、この一、二年でかなり魔力量が上がったんじゃないのかい?」
「……一昨年、皇国に来る前は千五百程度だった」
「そりゃ凄いね! なるほど、あんたは冒険者だったねぇ……迷宮かねぇ、原因は」
そっか『迷宮の恩恵』で一気に増えるってのも、魔力の流れが正常でない者にとってはかなり危険ってことなのか……
そうしたら今までも、その理由で身体が不自由になってる冒険者がいそうだな。
アメーテア医師に『恩恵』の話をしたら、首を傾げられてしまった。
そのことを言っていたんじゃないのか?
「あたしは『恩恵』なんていうものは、聞いたことがないねぇ……迷宮には、微弱魔毒があるってのは知っているね?」
俺は頷く。
でも、『恩恵』を知らないってのは、皇国に迷宮がないからじゃないのか?
「下に潜れば潜るほど、微弱魔毒は多くなる。当然、身体に取り込んでしまう量も増える。それを消そうとしたり、体外に排除しようとして魔力が多く巡ると『魔法を体内に向けてかけている』のと同じような状態になるんだよ。つまり、ずっと魔法を使っている感じだね」
「だけど……魔力は減らなかったが……?」
「魔力を魔法として放出してはいないからね。ただ、ぐるぐると体内を巡り続けるんだよ。あちこちの修復をしようとしてね。魔力が多く溜まるところは、不具合があるから補おうとしているってのもあるんだよ。普通なら一時的にそうなったって、魔力量が増えるほど鍛えられる訳じゃない。だけど迷宮には何日もいたり、魔獣と戦って魔法を使ったりするね? 当然、眠ったり食事をしたりもするだろう? その時に『太くなった流れの分』まで回復できてしまうと、魔力量が増えることがあるんだよ」
だけど、俺が一番『恩恵』で魔力が増えたのは、ガエスタの『できたて迷宮』だ。
あの時は深かったが短時間だったし、出た後の食事は……確かにいつもよりは多めに食べたけど……
「ふぅむ……その時が初めての迷宮だったのかい?」
「ああ」
「そこに初めて潜ったのはあんたなのかい? 魔獣とは剣で? 何が出た?」
「何人かの村人が入ったけどやられちまった所で、狭くて剣は使えなかったから俺はずっと『炎熱の方陣』を使ってた。
あ……この人はキエムと一緒で口が横に開く。
「あんた、初めての迷宮だっていうのに、そんなのに出くわしてよく生きていたね!」
「ずっと炎熱を放ちっぱなしで、なんとか焼ききった」
「怖くなかったのかい? ひとりだったんだろう?」
怖かった……な。
うん、あの迷宮が一番と言っていいほど怖かった。
今回の魔魚の迷宮で、塗り替えられたけど。
「うん……だとしたら、魔力が跳ね上がったのは『恩恵』じゃない」
アメーテア医師は少し呆れたように息を吐き、続ける。
「それは『負荷』だね」
俺は目を瞬かせる。
そもそも、迷宮は『魔力溜まり』があるから、魔虫や魔獣が入って来る。
小さくて狭い空間が少しずつ広げられて、更に大きい魔獣が出入りして人が通れるようになったばかりだと、最も迷宮内の魔毒が多い状態。
人が迷宮に入ると魔毒を吸収してしまうから、何人もの人が出入りすれば迷宮内の微弱魔毒は薄まっていく。
人が入っても出てこられなければ、更に魔毒は濃くなっていたはず……とアメーテア医師はいう。
そこへたったひとりで入って、微弱とは言えないくらいの魔毒を吸い込む。
だから溜め込むまいとして、体内の魔力は勢いよく巡りだし身体に負荷をかける。
おまけに方陣に魔力を注ぎ続けて
「あんたが『自分の魔法だけ』を使って炎熱を放ち続けていたとしたら、おそらく複数の
それまでろくに大きな魔法を使うことがなかった俺は、初めて魔力を一度に大量に使うという経験をした。
しかも、その後は『門』ですぐに村に戻り、そのまま宴会で腹一杯食べた。
ここで身体の修復が始まり、魔力の補充もされていき……まあ、一悶着有ったとはいえ、翌日の天光が登り切るまでしっかり眠ることもできていた。
身体には微弱魔毒が残っている状態だから、魔力の流れが大きくなったり新しく道が作られた状態のままで魔力が回復する。
結果的に身体の負担と引き替えに、魔力が上がっている……ってことなのか。
「じゃあ……魔力が増えたのは、俺がいちどきに魔法を使ったから?」
「それと、恐怖心だね。恐怖ってのは身を縮こまらせることもあるが、魔力の流れを活発にすることもあるんだよ。この辺は……人による、としか言えないけれど、魔力の流れが多くなると興奮状態になる人もいる。精神的な負荷で突然魔力が跳ね上がって、身体に傷ができるってのも割とある。その傷に耐えられれば魔力量は増えるけど、耐えられない身体の部分があると『溜まり』ができたり、流れを変えてしまう『栓』になる。魔力ってのはね、少しずつ伸ばしていかないと危険なんだよ」
急激に魔力が上がるのが負荷だとすると……そうか、ストレステで踏破迷宮から出た後に魔力が上がらなかったのも、なんとなく解る。
あの『光の剣』を手に入れてからは、魔法を使い続けて攻撃するなんてことはしていない。
予め魔力を溜めてある方陣札はいくつも用意していたし、炎熱や雷光を使って減った魔力は、やたら旨い保存食や菓子ですぐに補っていた。
浄化しまくって進んでいたから、微弱魔毒も少なかったはずだ。
「じゃあ……恩恵は魔法や技能だけってことか……」
俺がそう呟くと、アメーテア医師は、それこそもっとないね! と、断言する。
だが、できたて迷宮の後に俺は『土類操作』『獣類鑑定』『鉱石鑑定』を獲得できていたり、不殺の迷宮では【耐性魔法】と【回復魔法】が手に入っている。
「あのねぇ、魔法も技能も『神々からの恩寵』なんだよ。迷宮なんていう『神々の創っていないもの』から得られる訳がないだろう? 全部、あんた自身が経験したり試行したことの結果として、偶々その時に顕現しただけ。迷宮は関係ないよ」
その迷宮に入る前や、迷宮の中で何をしたか、よーく思い出してごらんと言われたので考えてみると……
えーと……黒シシを探したり……岩を焼いて観察……したな。
核の取り出しとかで土を掘ったりもしたし、魔獣もどんな魔獣かよく見たり……
そういえば、ストレステでは魔獣の群れの中を錯視の方陣つけて、ドキドキしながら歩き回ってた。
回復は服の内側に描いて常に発動しているから、一番使っていたよな。
あれれー?
「思い当たる節があるみたいだねぇ。いいかい? 迷宮ってのは、魔獣共が何かを埋め隠していない限り、何も与えてはくれない場所なんだよ」
なんだろう。
理由がわかってスッキリとか納得とか、そういう気持ちよりも『夢が打ち砕かれた感じ』の方が強い……
年寄りの話って、時々こういう『知りたくなかったなー』っての、あるよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます