弐第57話 カエスト-5

 宿の部屋まで一気に駆け上がり、外套を脱ぎ捨てて机へと向かう。

 しまった樅樹紙っての、買ってくればよかった。

 だが、まずは千年筆での『魔力筆記』を確かめるのが先だ!


 取扱説明書とやらには、魔力筆記は人によって色が違い色墨で書くよりも大量の魔力を使うので注意……と書かれている。

 色墨塊を抜き、空になった千年筆を握る。

 試すのは、焼き付けることも上手く彫ることもできなかった『木板』と『石』だ。


 ちょっと、試し書き。

 ……赤……だけど、紅色よりは少し薄くてどちらかというと緋色に近い。

 俺の『魔力の色』ってことか。

 木板にも、石にも、勿論羊皮紙にもなんの問題もなく描ける。


 元々『魔力』で描いているから、書き上がった時には方陣に魔力が全て通りきっていて普通に描いた後に魔力を流して『閉じた』状態とほぼ同じになっている。

 この千年筆を使えば、魔法師じゃなくても正確な方陣さえ描ければ『普通に魔法が発動できる方陣札』になるだろう。


 試しに『旋風の方陣』を描いてみる。

 俺が【方陣魔法】で方陣を描くと、その方陣は見えない。

 だが、魔力筆記だと『見える』方陣が描ける。

 これは俺の魔力と魔法だけでなく、タクトの魔法が作用しているからだ。

 そして魔力保持力がかなり高くなっている。


 だから、もしかしたら……と思ったのだ。

 木板、そして少し大きめの平らな石に描き上げた『魔力筆記方陣』を、水桶に溜めた水にゆっくりと浸ける。


 水に浸けても……方陣が消えることも滲むこともないし、魔力が全く抜けない!

 そして、水桶の中でも『旋風の魔法』は発動できる!

 木板の方は水を吸ってしまうからか弱かったが、石の方は問題ない。

 濡れたままでは掌で擦っても消えなかったが、乾いてからなら消すこともできた。


 よーーーーっし!

 これで水中でも使えるぞ!

 やっぱり保持力の強さが問題だったんだ!


 石か金属がいいだろう。

 今度、鉄板でも買っておこうか。

 四つ目の方陣を描こうとした時、ぐらり、と視界が歪んだ。

 あれ?

 目眩……あ、これ、ヤバイ奴だ。

 魔力切れ、だ……



 目が覚めた時には、夕刻になっていた。

 机に突っ伏していた時に、頭の下敷きになっていた左手が痺れている。

 変な風に折り曲げていた左足も、なんだか感覚がない。

 左側に体重をかけてうたた寝をしていたせいで、身体半分が変な感じだ。


 方陣を三つ描いただけで、半分以上の魔力を使うのか……

 説明書きを読むと、一文字で魔力五から七の消費だが、図形や描画の場合は更に多くの魔力が必要……と書かれていた。

 一度に量産はできないってことだな。


 どうしても必要なものだけを、毎日ひとつかふたつずつ作るしかないだろう。

 でもこれで、水中でも補助系や錯視が使えるかもしれないから、準備はしておかないとな。


 空腹過ぎて、何か食べないと歩くのも無理だ。

 最近タクトから『試食して感想を送れ』って、ドカッと届いたものがあったのを思い出した。

 ……パン?

 えーと『ビスコット』『果実の甘煮パン』……は何種類かあるな。


焼蔗糖やきしゃとうパン』『手亡豆てぼうまめあんパン』『卵乳脂クレマパン』……何がなんだか解らんが、どうやら全部甘いらしい。

 ひとつ食べてみると、柔らかいパンの中に果実の甘煮が入っていて、俺がセイリーレの小屋でぶっ倒れた時にもらった奴に似ていた。


 あれは苔桃の甘煮だったけど、これは林檎の甘煮だ。

 うまーーい!

 林檎って、結構贅沢品だよなぁ。

 あ、でも北の方の領地ではよく採れるのかもしれない。

 マイウリアやガエスタでは、かなり珍しかったけど。


 このビスコットって奴、サクサクでいくらでも入るっ!

 砂糖がまぶしてある奴と、カカオがかかっている奴がある。

 うわ、中まで染み込んでてすっげ旨い。

 あいつ、本当に天才だろ。

 うまーーーーー……


 しまった、感想……

 全部旨かった、だけじゃダメか?

 いや、ちゃんと書かないと次が送られてこなくなるかもしれない。

 この『試食』ってのは、いろいろな物が食えて楽しいからな。

 林檎の奴は、今度ちゃんと買おう。



 頑張って感想を書き終え、なんとか歩ける程度まで回復。

 あんなに菓子パンを食べたのに、まだなんとなく腹が減っていて食堂に降りた。

 出て来たのは、鶏肉の赤茄子煮込みだ。

 全部食べられるだろうかと思っていたのだが、難なく食べきってしまった。

 今日はどうやら女将さんの料理みたいだ。

 もの凄く旨かった……硬めのパンも、煮汁に浸して食べられたし。


 さあ、寝る前にもう一枚か二枚、攻撃用の方陣を描いておこう。

 補助系も作っておいた方がいいな。

『門』が使えると、一番いいんだが……『移動の方陣』と『目標の方陣』は準備しておこう。

 鑑定系の方陣も作っておかないとな!



 翌朝……ちょっとまだ疲れが抜けてない気がしたが、空腹に起こされて食堂へと降りた。

「ガイエスさん、夜更かし?」

「ちょっと、方陣札を描きすぎた」

「もー、そんなになるまで描いちゃう魔法師さんなんて初めてだよー」


 サーナはそう言って笑いながら、卵がたっぷりの料理を俺の目の前に置く。

 あ、燻製肉が入ってる。

 赤茄子もだ。旨いなぁ、これ。


 だけど、怠いのが抜けない……足が重い、気がする。いや、全身重い。

 魔力切れって、そういえば結構怠いの引き摺ったよな……


「疲れているなら、ペータアステに行ってみたらいいよ。この間湧いた『神泉の湯』が出るっていう宿ができあがったから。泊まらなくても、湯に入るだけでもいいんだって。疲れが取れるらしいよ?」


 女将さんが言うには、紙漉工房が多く作られていて商人達も多いらしい。

 そうか、樅樹紙もみきがみってのを作っている所なんだな。

 行ってみるか……湯もいいけど、燃えない紙ってのも気になるしな。

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