弐第58話 カエストからペータアステ

 カエストからペータアステはかなり距離があり、今日の俺は何日かかけて走っていくなんてのは遠慮したいところだ。

 しかし、目的の町へは馬車方陣がなくて、人だけが通れる教会の常設方陣門があるだけだった。


 越領ではないから、司祭様に断れば使わせてもらうことができる。

 だが、越領方陣門でない教会方陣門は『長距離用』ではないので、かなり魔力が必要になる。

 昔、タクトに描き替えてもらう前に俺が使っていた『門』の方陣とほぼ同じだが、魔石があれば問題はない。


「ペータアステへの門を通ることは問題ございませんが、教会の方陣門は一日に一回だけしか通れません。よろしいですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 五百も六百も魔力を使う方陣門だから、臣民にとってはかなり負担だ。

 安全のため、ということだろう。

 だが、一度行ってしまえば俺は自分の『門』で戻って、またすぐにカバロと移動できるからな。


 ペータアステの教会に着いて、すぐに外へと出ると……雨が降っている。

 これは多分、カバロは嫌がるだろう。

 宿を確保するまで、カエストの宿で預かっててもらえるかな?



 一度戻って女将さんとサーナに、もう一泊できるかと聞いたら……残念ながらダメだった。

 カバロを預けていていいという了承はもらったので、まずはペータアステで宿探しだ。

 さほど大きな町ではないが、紙漉工房は三カ所もある。

 白い紙をいろいろな大きさで作っている工房、綴り帳や切り離し式綴り束という物を作っている工房、そして白い紙ではなく色の入った紙を作っている工房に分かれているらしい。


 その工房の横には宿が二軒、それぞれの工房に挟まれるような位置に建っていた。

 色紙の工房と、綴り帳工房の間の宿は満員だった。

 白紙工房と綴り帳工房の間の宿は、なんとか部屋を確保できそうだったのだが……


「え? 長期滞在用?」

「はい。うちは五日以上お泊まりの方のための宿なのですが……」

「厩舎はあるか?」

「はい! ございますよ!」


 ……なら、宿をここにとって、移動中だとしても方陣でここに泊まりに戻ればいいか。

 取り敢えず五日、ここで過ごすことにした。

 カバロを迎えに行くと、走る気満々だったので暫くペータアステ方面に走った。

 一刻も経たずに雨雲が迫ってきたので、気が済んだカバロを連れてペータアステの町へと『門』をくぐる。

 少しだけ雨に濡れたが、この宿の厩舎は気に入ったらしい。


 案内された部屋は広々としていて、大きめの机に椅子が複数。

 あ、なるほど。

 ここの宿は商人達が泊まって、商談をしたりするために使うのか。

 それだと、一日だけの滞在ってことはないものな。


 多くの場合『商談』というものは、商人組合に併設されている『商議場』っていう施設で行われるはずだ。

 食堂みたいに沢山の机と椅子が準備された場所で、階位が高い人とか取引量の大きい商会、登録している商品が多い組合への貢献度が高い商人なんかだと、個別の部屋も利用できるって聞いた。


 でも、この町は結構小さめでまだ人も少ない。

 他の町との馬車方陣もベスエテア以外はまだできていないというから、商人組合の事務所もないのだろう。

 それで神泉がある施設で商取引もできるってことを売りにして、こういう宿が作られたんだろうな。

 神泉目当てで長期滞在する人にも、これだけ広い部屋だと人気が出そうだ……ちょっと高めだが。


 お、浴槽部屋が割と大きめだ。

 足だけを洗える場所もあるし、浴槽があるからここに湯をためていいってことかな。

 湯に浸かるっていう習慣はマイウリアにはなかったんだが、皇国ではたまにこういう大きな浴槽がある宿もある。

 そういう所って、神泉があることが多いって聞いたな。


 早速水栓を開いてみると、湯気が立ちこめ熱い湯が注がれる。

 おおー!

 結構熱めだが、冷めるまで待たないとダメなのか?

 あ、水もある。

 丁度良い温度になるまで水を足して……身体を湯に預ける。


 ふわぁぁぁぁ……気ー持ちいー。


 ……


 はっ!

 やばい、寝ちまうところだった。


 確かにこれは疲れが取れそうだが、ここで寝たら死ぬな。

 口の中にちょっと入った湯がしょっぱかった。

 おおー、足の辺りが温まって気持ちいいなぁ。


 湯から上がると身体が凄く温かくて、肌がやたらすべすべしてる……

 腹減った……そういえば、昼食を食べてない。


 宿の一階の食堂は、時間が遅かったせいで売り切れてしまっていた。

 仕方ない、久し振りに保存食にするか。

 あ、鰆があるぞ。

 魚は久し振りだから、これにしよう。

 こんな山に近い場所で魚が食えるってのは、贅沢だよな。


 食事を終え、菓子まで食べて窓の外を覗くと雨が上がっていた。

 少し町を見てまわるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る