弐第55話 カエスト-3
市場に入ると、食材やら衣服やら、あちこちから入ってきた物が雑多に売られている。
決まった場所で売るのではなく、入ってきた順などで屋台のような店を出して売っているみたいだ。
王都の『行商人通り』に、よく似ている。
ロンドストの物が多いのは、その他の領地だといくつか領を跨ぐからだろう。
越領が多いほど、品物の価格は高くなる。
眺めていると調味料や香辛料も少しは売られているが、赤っぽいものばかりだからサーナの言う通り『辛いもの』なのかもしれない。
近寄っただけで、匂いが辛い、なんてものもある。
「あら、胡椒はありませんの? 残念ですわぁ」
どうやら、胡椒を買いに来たらしい客もいたようだ。
他領の人なのかと思ったら、ウラク衛兵隊の制服を着ている。
「ごめんなぁ。今日は、カタエーエラからの荷がないんだよー」
「やっぱり、胡椒はそちらなのですね。今度はいつ頃なのでしょう?」
「んー……たぶん、来月かなぁ……でも、胡椒は入るか判らねぇなぁ」
「左様ですか。ありがとうございます。また買いに参りますね」
彼女が顔を上げて店から離れようとした時に、目が合ってしまった。
女性の衛兵隊員、ウラクでは見たことがなかったせいでちょっと見過ぎた。
慌てて視線を逸らす。
「こんにちは。行商のお方ですか?」
「いや……旅をしている」
「まぁ! ようこそ、ウラクへ! でも、国境は越えられませんよ?」
「皇国内を巡っているだけだ。他国に行く時は、オルツまで行くから平気だ」
「そうでしたか、失礼いたしました。旅のご無事をお祈りしております」
にっこり笑った彼女は、市場の出口へと向かっていった。
皇国の衛兵って、本当に愛想のいい人が多いな。
香辛料売りのおっさんまで、にこにこと彼女の後ろ姿を見送っている。
あの制服、後ろにも刺繍があるのか。
セーラントみたいに外衣布が付いてる所も珍しいけど、刺繍も初めて見たな。
あれ?
他の衛兵には、背刺繍なんてあったか?
……男の後ろ姿なんて、ちゃんと見てないからか全然覚えていない。
その後、町中ですれ違った男の衛兵の背中にも、背刺繍があった。
あれがないと真っ黒だから威圧的だっただろうが、金の刺繍は結構目立つな。
なんで気付かなかったんだろう、ってくらいだ。
魔法師組合に立ち寄り、方陣札を預けたいと申し出るとかなり喜ばれた。
やはり、冬場にウラクまで来る魔法師が少ないらしく、どの町でも札が不足し始めたという。
「もの凄く助かります……もう少ししないと、ウラクには魔法師は来ないでしょうし」
「随分と人は多いように思うが」
「魔法師でない方は、徐々に戻ってきているのですよ。人が増えてくれば、魔法師の方々も方陣札を作ってくださいますから、これからって感じですねぇ」
人が少なくて多く売れない所には、魔法師も札を預けていないってことか。
ウラクは去年の
何がどう浄化されたのかなんてのはさっぱりだが、この領地には大きな意味のあることだったらしい。
それを受けて、今まで流出一方だった臣民達が戻って来ているのだとか。
俺が登録している方陣を言って、何が欲しいかと聞いたら遠慮がちに補助系を全部……と言う。
全然遠慮ねぇなと思いつつも、まぁいいかと別室を借りて札を描いた。
回復、浄化、強化、耐性、治癒、探知、採光、解毒、錯視……くらいか。
あ、鑑定系も描いておくか。
この千年筆だと、めちゃくちゃ早く描けるせいでかなりの短時間で描き上げてしまった。
「ありがとうございます! ほんっとうに、助かりますよー! この町、人の行き来は多いですから怪我人とかも多くて……」
泣き出さんばかりの勢いで感謝された……
どうやら皇系や貴系の魔法師は方々で札を描いてくれているようだが、階位が高い人が描いたものというのはそこそこの価格を設定されているらしい。
臣民にとっては、気軽に買えるものじゃないってのも多いようだ。
一等位魔法師も同じらしい。
なかなか売れなくても、非常用として持っていた方がいいから助かってはいると言っていたが。
そこへ、方陣札を買いに来た客が現れた。
「あら」
「あ」
市場で会った、胡椒を買おうとしていた衛兵だ。
「またお会いしましたわね」
「そうだな……衛兵でも、方陣札を買うのか?」
衛兵隊員は魔法が強いという印象だったから、態々札を買って使うというのが不思議な感じだ。
「はい。わたくし、解毒と浄化を持っておりませんから、いざという時のために持ち歩いているのです」
彼女がそう言って在庫を尋ねると、魔法師組合の事務員は俺が描いてくれたんだと言い、どれでもどうぞと札を広げる。
「まぁ! 治癒もありますのね! えーと、それでは……」
まるでお菓子でも選ぶかのように、楽しげに方陣札を選んでいる。
面白い衛兵だな。
そして金を払おうとした時に、彼女の衣囊からだろうか紙束がパサリ、と落ちた。
拾って手渡してやるとありがとう、と受け取りつつ変な顔をする。
「あーーーーーーーーっ! 間違えましたわーーーーーーっ!」
吃驚した。
その場にいた全員が、彼女に振り返った。
「あっ、も、申し訳ございませんっ! 私事でございますのでっ!」
方々に詫びつつ、彼女は深く息をつく。
入れ間違えてしまいました……と呟いているが……さっきの紙束は手紙みたいだったから、送り間違えてしまったということかもしれない。
表情がこんなにコロコロ変わる衛兵は初めてだな、と思い、ついうっかり見てしまう。
やっと方陣札を購入し終わって受付から離れた彼女は、札を手に、じっ、とその方陣を見ている。
確かに見たことない方陣だろうなぁ……オルツでも王都でも、首を傾げられたからなぁ。
「その方陣、効果は高いと思う。一等位魔法師が描き替えてくれたものだからな」
ぱっ、と彼女が顔を上げ、驚いたような表情を見せる。
「もしかして……タクト様、ですか?」
今度は、俺が驚く番だった。
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