弐第44話 ロンドスト サーシウスへ

 雨だ。

 朝起きると、全てのやる気を削ぐかのような土砂降りの大雨だった。

 カバロもさぞかし気勢を削がれているかと思いきや……昨日以上にやる気が漲っている。

 何故だ。


 馬具を着けてやると、やたらとせっつく。

 濡れてでろんでろんになったって文句言うなよ、と思いつつリグナへ方陣門を開く。


 晴れてた。


 そうか、セレステ港近くのテアウートで雨でも、ロンドスト近くのリグナでは晴れてるってこともあるか。

 ヒヒン

 ……得意気だな。

 じゃあ、まずは西に向けて走って、ロンドストへと入ろうか。


 越領してすぐに町があるかと思ったのだが、なだらかな丘陵地が広がるだけで町も村も見当たらない。

 緑は多いが、森というほどのものはなく草原が続く。


 ガエスタも、こういう地形が多かった。

 町を出ると殆ど遮るものがない、東側の境界山脈と北のアーサスに聳える山々まで見えた。

 ただ、周りの風景はロンドストのように長閑のどかでも、安全でもない砂色の景色ばかりだったが。


 ここは、カバロのカンでも難しいか?

 好きな方へ走らせたら、西ではなくて真北へ向かう。

 しかも、かなりの速度で走り出した。

 ウラクじゃねぇのかよ。


 皇国はどんなに遠くても馬車方陣を使って移動するから、村や町の近くに別の集落などがない時は道がない場合も多い。

 教会からの越領門で移動したり、町の出入り口に馬車方陣があれば道なんかいらないからだ。


 とくに、大きな川とか山がない地形だと方陣門の移動でも魔力は少なめで済む。

 領地内でも割と起伏の多いセーラントでは結構『道』があって、なだらかで他領との境目くらいにしか高い山がないロンドストでは『道』より『門』が多い。


 カバロは、草原を軽快に走り続ける。

 ここより北に行くとかなり寒そうだな……と思いながら走っていたら、カバロの足が遅くなった。

 疲れたのかと思ったが、どうやら人里が近いみたいだ。


 少しずつ牧場らしき風景が見え始め、昼になる頃に村に辿り着いた。

 もこもこの羊が、ぞろぞろと歩いている。

 あ、そういえば羊毛を使った衣類や布地は、ロンドストで作られるって聞いたことがあったな。


 牧場の北、遙か彼方にぼんやりと山並みが見える。

 平らというわけではないが、起伏の少ない土地なのだろう。

 北側には、真っ白なガストーゼ山脈が連なっている。


 村の境界には柵や壁などはなく、門もない。

 ぽこぽことカバロに乗って歩いていた俺に、住人らしい男が声をかけてきた。


「珍しいな、騎馬で来る人なんて」

「ここは、なんていう村なんだ?」

「サーシウスだよ。羊毛製品でも買いに来たのかい?」


 そうだな……ウラクはここより寒いだろうから、買っておいてもいいかもしれない。

「この近くは、他にも村や町があるのか?」

「うーん……ここから西方面だと、馬車方陣でシクレの町には入れるけど、道があるのは北西のパントナ方面だけだね。ここから北にはもう村も町もないよ」


 パントナは馬で走っても三刻間はかかるらしく、その上小さい村だから宿もなくて宿泊はできないとか。

 今日のところは、この村で泊まる方が良さそうだ。


 礼をいい、村の中心へと歩いて行く。

 皇国は村でも石畳の道が多かったが、ここは土のままだ。

 家も石造りではなく、木で造られた家が多いみたいだ。

 時々土壁に石が入っているものがあるが、背の高い壁はない。


 宿を探していると、店が多く並ぶ広場へ出た。

 広場を囲むように店や教会、組合事務所などが建ち並んでいる。

 やっぱり冒険者組合はなさそうだな。

 宿は……どうやら、この一軒だけらしい。


「え、厩舎、ないのか?」

「はい……騎馬でいらっしゃる方は、全くおりませんからなぁ」


 どの店も馬を止めておく場所すらなく、馬車方陣が開けられる時間も決まっていて今日はもう夕刻まで開かないらしい。

 これは諦めて、エルエラにでも方陣門で戻るしかないかもしれない。

 カバロの厩舎への嗅覚は、どうやら鈍ってしまっているようだ。


 宿を諦めて表に出ると、カバロの周りに子供が何人か集まっている。

 馬が珍しいのだろうか?

 俺が近寄ると、ぱらぱらと離れていく。カバロが、なんだか緊張している?

 ふと、カバロの足下をみると、変な草の塊が落ちている。


 蹴り飛ばしてどかすと、カバロの緊張が取れたようだが……ん?

 俺から距離を取ろうとしている?

 さっきの草の塊が、風でまた俺の足下に近付く。

 どけようとちょっと屈んだら、かなり強めの香りがする。


 なるほど、この臭いが嫌なのか。

 自分で蹴らなかったのは、足に臭いがつくのが嫌だったから動けずにいたんだな。

 あ、俺の手にも……くっさ!

 カバロが睨むので『浄化の方陣』を使い、俺とカバロから臭いを消す。

 うん、もう臭わないかな。


「あっ、あのっ、あなたは、魔法師なんですかっ?」


 突然声をかけてきたのは……赤毛の女の子だ。

 そうだ、と答えるともの凄く真剣な顔つきで俺を見上げる。


「方陣札を売ってくださいっ!」


 いや、待て、いきなりそんなに深々と頭を下げないでくれ。

 周りが、周りの視線がっ!

 別に俺が虐めている訳じゃねーからなっ!

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