弐第43話 不殺の迷宮、様子見

 宿に戻った俺は、夕食後に部屋で馬具を念入りに浄化した。

 金具の隙間部分まで『赤』が入り込んでいたからな。

 馬具は銀色というよりは金……いや、飴色に輝いてほんのりと赤味を帯びて……ちょっと旨そうな色に変わった。

 革製品だと、布とは違う色に変わるのだろう。

 銀もいいと思ったが、こっちの色の方がずっと綺麗だ。


 鉄に赤塗料が塗られていたのであろう金具も、黄色味が強い輝きが加わった。

 なんだか蜂蜜で覆ったみたいだ。

 ……一瞬、舐めたら甘いんじゃないかって思って、涎が出そうになった。



 翌朝、カバロに新しい馬具を取り付けてやると、未だかつてないほどご機嫌になった。

『ヒシシシシッンッ』なんていう声、初めて聞いた。

 その後はずうっと俺にスリスリと頭を撫でろとばかりに寄ってきて、撫でてやるとまたヒシシッと不思議な声を出す。

 餌を持ってきた厩舎番が完全に無視されてて……ちょっと、同情してしまったくらいだ。


 王都見物も終わったし、組合口座も整理できたし、ここらで一度『不殺の迷宮』に行ってみようか。

 カバロと共にセーラントへ入領したら、すぐにテアウートへ。

 ちょっと遊んでてくれよ、カバロ。


 オルツへ移動したら、港湾事務所のランスタートさんから魔法師組合に行って欲しいと伝言があった。

 どうやら預けてあった方陣札がなくなったとかで、補充して欲しいという話だった。

 ほいほいっとボドック組合長の前で書いてたら、やたらと手元を覗き込んでくる。


「そりゃあ……なんだ? なんでそのまま書けるんだ?」

「千年筆っていうらしい。俺の依頼人がくれた」

「あああーっ! こいつが『千年筆』か! バートムに工房を作るっつってた!」


 バートム……ああ、不銹鋼を入れた……なるほど、筆先がそういえば不銹鋼だったよな。

 この木の部分は、後から付けているのか。

 組合長がやたら羨ましげに見ているが、悪いな。

 この千年筆は、魔力認識で俺にしか使えないんだってさ。


「うーん、すげぇな。書いた文字に、既に魔力が入っている。これで描いた方陣、おそらく今までのものより強い魔法になるぞ」

「そうなのか?」

「ああ。色墨そのものに魔力がしっかり行き渡っているし、魔力の保持力が高そうだ……信じられねぇ筆だ」

「作られたのが、セイリーレだからだろうな」

 魔法付与は一等位魔法師だしなぁ。

「セイリーレ! 道理で! まーったく、あの町はいっつもとんでもねぇものを作りやがるなぁ! ……絶っっっ対に買わねぇとな!」

 頑張ってくれ。


 魔法師組合を出て、港へ。

 そして……出国手続きをして……

 だが、ここと迷宮をいきなり繋ぐ訳にはいかない。

 何があるか解らないからな。


 ……そういえば、取引島では人が居るっていうのに、お構いなしに迷宮内と『門』で繋いでいたよな……

 多分、本当に考えが浅くなっていたんだ。

 オルツの司祭様に感謝しないとな……

 あのままだったら、俺はいつか皇国の中に魔獣を招き入れていたかもしれない。



 ガストーゼ山脈の、国境門を出た所へとまず移動。

 ここなら、直接迷宮内へ『門』を開いても、大丈夫。

 冬場で、この山脈を越えてストレステに入る者は誰もいない。

 国境門は固く閉じられていて、出られないし入れない。


 よし。

 では、不殺の最奥へ!



 ……懐かしい光景だ。

『採光の方陣』で灯りを、そして横たわる魔竜の姿。


 くんっ、と魔竜の首が動いた。

 少し、身体が強ばる。


「……久し振りだな」


 声をかけたって返事がある訳でもない。

 某かの反応もない。

 突然、ぐぅーーーん、と首が伸びてきて、俺の三歩くらい先で瞬きをする。


 ぐるるるぅぅぅ


 額には、まだ俺の着けてやった記章がのっかっていた。

 ちょっとだけ近寄って、記章に触れると一瞬だけぴくん、と羽根の先が上に向く。

 魔力を入れてやると……ぶおーーーっと鼻息が漏れた。

 外套がばっさばっさとはためく感じすら、なんとなく懐かしい。


 買っておいた大きめの鍋に、シシ肉の赤茄子煮込みを持っているだけ入れてやる。

 目の前に置くと首が上下してぐるぅ、ぐるぅ、と鳴きながら眼を細める。

 ……この迷宮って、魔獣が可愛く見えるっていうのが一番危険な気がする。

 魔竜まで、一瞬可愛く感じるのは絶対におかしいと思う。


 そして以前作った休憩部屋は、やはり誰ひとり使った形跡もなくそのままの状態だ。

 部屋の端っこに、タクトから預かった小石を転がしておく。

 どういう意味があるのかは、全く解らないが……そのうち、聞いてみよう。


 魔竜は満足したのか、鍋から離れて石板上の定位置で丸まった。

 どうやら、あれから特に何も変化はないみたいだ。

 俺が塞いだ『抜け道』は、まだそのまま壊されてはいない。

 念のため、もう一度強化。


 あ、新しい鱗が何枚かある。

 ……あれ?

 赤っぽいな?

 剥がれたばかりだと、色があるのかもしれない。

 食事代がわりに、これ二、三枚もらっていくか。


 それじゃ、また来るよ。


 心の中でそう言って、俺はガストーゼ山脈の国境門付近へと戻った。

 そして、また、オルツへ。

 うん、なんだか少し安心した。

 入国をしてすぐに、テアウートへ移動する。


「カバロ、どっか行きたい所あるか?」


 無人島だと、カバロと一緒には歩けない。

 でも、もう東の小大陸にカバロを連れていく気には……なれない。

 なので、皇国の地図をカバロの前に広げて、行きたい所選んでもらおうかなって。

 しばらく、カバロと一緒に歩きたいんだよな。

 馬具も新調したし!


 カバロが、ばんっと前足で示したのは……ウラクだった。

 このクソ寒い時期に北の方かよ、と思ったが……鼻息がやる気満々である。

 じゃあ、ロンドスト領を少し歩いて、いくつか町に寄りつつ……春頃にウラクに着くってのがいいかもしれない。

 以前通った時は、ロンドスト領内を殆ど歩かずに馬車移動だけだったもんなぁ。

 ウラクからマントーエルに入ってもいいな。


 よっし、じゃあ今日はテアウートで思いっきり遊んで、明日出発だ!

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