弐第31話 オルツの役所-1
『蒼星の魔導船』は、エンターナ群島を南からぐるりと東へと走り、いくつもの無人島を抜けて東の小大陸の南側へ向かう航路を取った。
だが、東の小大陸へは寄らず、その東側海岸線を北上してまた西への航路に入る。
エンターナ群島から東の小大陸への最短の海上は、この大型魔導船では航行できない浅い海ばかりであることと、アイソル側の船などから視認されないための航路である。
そして『蒼星』はカタエーエアの南端、ドーニア岬が微かに見える程まで戻ってきた。
ぐるりと南側から東を回ったにしては、たった三日間で皇国が見える位置まで戻れるとは。
どれほど、海流が船の航行に影響しているか実感できた。
だが、魔導船はあまり皇国には近寄らず、そのままストレステの東側まで北上する。
この方が海流に乗って魔魚の少ない場所を通るから、魔力と燃料の節約になるらしい。
帰り道では一度だけ魔魚に襲われたが、衛兵隊の手際がよくて全く被害は出なかった。
……想像した以上に、毒々しい色の細い触手でデカイ口を持つ『絡みつく魔魚』は……気持ち悪かった。
操船技術が手に入っても、絶対に自分で海に出るのはよそう。
無人島や人がいそうな島もいくつか『視えた』し、蛸料理も全部旨かった。
油で揚げた奴、旨かったなぁ……
なかなかいい船旅だった。
オルツへ戻ったのは、昼過ぎくらいだった。
港に着いたら、すぐに港湾長から書簡を手渡された。
またどこかへ届けるものかと思ったら、俺宛だという。
……感謝状……?
うわっ! セーラント公からっ?
今回の海衛隊への協力と、司祭様達を無事に送還したことに対しての礼状だった。
ふおー……金糸で刺繍が入った書簡なんか、初めて見たー。
アスエム隊長から素晴らしい功績なのだから当然だぞ、と言われ『本物なのか……』と改めて手が震える。
報酬と褒賞があるから役所にいって受け取ってくれって書かれている。
……褒賞って?
報酬とはどう違うんだ?
ちょっとドキドキしながら、オルツの役所へと入った。
役所って、帰化の時にセレステで行って以来だ。
あの時は司祭様が一緒だったし、俺は殆ど喋らないうちにいろいろ全部終わってた記憶しかない。
組合事務所と違って、役所ってお堅いというかなんというか……緊張する。
いや、他国の役所はもの凄くぶっきらぼうでムカつくところが多いんで、こういう『きちんとしなくては!』みたいな緊張はない。
皇国の役所って……綺麗すぎて、居心地が悪い。
受付も、中の事務員も男ばっかりだった。
なんだか、珍しい。
オルツってどこでも女性が多い印象だったけど、ここは違うのか……と思っていたら、案内された部屋で待っていた所長は、女性だった。
エデルスの
「あなたとは初めてお会いするけれど、お噂はかねがね伺っているわ」
どんな噂だ……?
港に馬を預けっぱなしでどっか行くとか、そこら辺に座って菓子を食っているとか、そういうことか?
「ほほほ、面白い方ね。よい評判ばかりですよ。この間、柑橘の飴を七袋買ってくださったとか」
……よくない噂だろ、それっ!
俺の顔が火照っているのを見てか、またコロコロと笑う。
「ごめんなさいねぇ、息子があなたぐらいの頃を思い出しちゃって」
「いや……別に……」
「さてさて、いらしてくださったのは、こちらのお受け取り、ね?」
俺の前に小さな箱が置かれた。木工だが、綺麗な細工がされている。
蓋を開けると、ふわふわの青い布の上に銀の細めの腕輪が入っていた。
あれ?
所長さんがスゲー吃驚してる。
「これは、セーラムの礬柘榴の銀環……!」
「ばんざくろのぎんかん……?」
「ええ、柘榴石はご存知?」
あ、取引島の土産で買った、あの赤い石だな。
「普通の柘榴石は赤や茶色から橙の入った物が多いのですが、ロートアの西にある山では時折こういった緑色の柘榴石が取れるのですよ」
とても珍しい石で、普通の赤い柘榴石とは違う加護がかかる貴重なものだそうだ。
……加護?
え、なにそれ、つまりこれって……
「加護、法具?」
おいおいおいっ、そういうものって、貴族が持つものなんじゃないのか?
俺なんかに渡しちゃっていいのか?
あ、でも冒険者に渡すものなんて、セームス家門のものでも大したものじゃないのかもしれないよな。
「あなたの貢献に対しての、セーラント公からの感謝の意でしょう。本来ならばお呼び出しがあり、直々にあなたへの授与がなされるのですが、今回の『作戦』が公表すべきものではないとのとで、このようにお渡しすることになってしまいましたけど」
それは、さっきもらった『感謝状』にも書かれていた。
呼び出されなくてよかった……貴族から感謝なんてされるだけでこそばゆいのに、そういう場所での授与式なんてのは止めて欲しい。
できれば……加護法具なんていうご大層なものも、ご遠慮したいところなんだが……
どうして、セーラントの人達ってのは、にっこり微笑むと圧が生まれるんだろうな。
受け取らないっていう選択肢は、なさそうだ……
冒険者にはちょっと荷が重い気がする。
迷宮品なんかとは、明らかに格が違うのが解るもんなぁ。
「『
「へぇ……凄いな……魔力の流れって、医師でも整えるのが難しいって聞いたことがあるのに」
「そうですね。特殊な魔法や、技能が必要ですから。それを短時間で完璧にできる方は、このセーラントでも少ないわ。ですから、普段から方陣札などで循環をよくしておくと、魔力の回復も早くなるのですよ」
「方陣札で?」
「【回復魔法】の方陣を肌に触れる服に付けているだけで、ゆっくり少しずつですけどね。加護法具では、それ以上に良い効果があるはずです」
そういえば、衛兵隊の制服には【回復魔法】の方陣が書かれているって聞いたことがあったっけ。
「加護法具って、方陣みたいに魔力を入れなくていいのか?」
「必要ありませんよ。加護はこの貴石に宿って、銀という貴金属に支えられていますからね。いつまでも、あなたに健やかであって欲しいという願いが込められた法具です」
詳しいな……この人も、セーラム家門の関係者なのかな?
着けてごらんなさい、と言われ左の手首に着けるとすうっと大きさが手首に合うように変化して痛くもなく、邪魔にもならないようになった。
そして信じられないくらい、背中とか肩の辺りが楽になる。
俺が身体の変化に驚いているのが解ったのだろう、所長さんがクスクスと笑いながら教えてくれた。
「わたし達の身体は、常に魔力を使って動いていますからね。魔法の使い方次第では、体内の流れが悪くなったり滞ったりします。自然に治る程度のものであればいいけど、そうでない場合には医師に整えてもらうしかありません。でも、実際に不調にならない限り、なかなか医師の所へは参りませんでしょう?」
確かに行かないな。
俺は治癒とか回復の方陣で全部治しちゃうし、行ったことがない。
「身体の傷や、表面的なことはそれでいいのです。でも、魔力の流れはそれだけでは治りません。いつの間にか流れが滞って、身体を内側から傷つけたり、精神に影響が出てしまうのよ。特に、冒険者や衛兵隊のように、魔獣に対する方々は微弱な魔毒を浴びています。魔力の流れが、普通に暮らしている人より悪くなりがちなのですよ」
知らなかった……浄化さえしてしまえば、大丈夫だと思っていた。
どうやら方陣札程度の浄化力では、人の身体の中の溜まりまで完全に浄化しきることは難しいのだそうだ。
「そうねぇ……清浄水でも作れるほどの聖魔法があれば……でも、そんな素晴らしい魔法をお持ちの聖魔法師なんて、滅多にいらっしゃらないですよ」
……
俺は腰金具にぶら下がっている『柄』を思わず握り締め、絶対になくすまい、と、固く誓った。
迷宮から出た時にあの青い光を身体にあてたら、絶対にその『微弱な魔毒』って奴、なくなりそうな気がする。
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