弐第31.5話 セラフィラント-4 

▶ロートレア セラフィエムス邸


「ご苦労であったな、ファースエム。ラニロアーナ達が無事に戻ったこと、礼を言うぞ」

「勿体ない。司祭様方には、過分のご助力をいただきました」

「おまえの隊は、いつも期待以上の成果を上げてくれる。此度も素晴らしい結果であった」

「恐縮でございます。海上では、問題なく『映像と声』を確認できました。セラフィラント領内で、どこまで視えるかの確認をこれから……」


「ああ、それは必要なさそうだ」

「は?」

「ここで、見られるのだよ。信じられんことだが」

「……ここ……で? 閣下のお手元で、でございますか?」

「うむ。設置したその直後であろう……ラニロアーナの移動する姿も見られた」


「なんと……これほど遠くにまで、あの宝具の魔法は届くのでございますか……!」

「仕組みは、全く解らん。だが、おまえ達が仕掛けてきてくれた『謁見の間』『宰相執務室』『国王執務室』は、全て問題なく見られる」

「信じられない魔法でございますな……では、時期をみてカシェナにも?」


「うむ。あの国にどのようにして『アイソルの神官』が辿り着けたのか……解明せねばならぬであろう」

「部下が確認したところ、特に怪我や疲れた様子などもなかったと。港の審査官ふたりも『いつの間にかそこに居た』と申しておりました。調査をしましたが、魔導船のような魔魚を退けられる小型船がアイソルにあるようには思えませんでした。エンターナ諸島の島々を避けて大回りできる大型船などもなく、しかも『たったひとりで辿り着いた』というのが……不気味でございます」


「カシェナ王はお人好しではあられるが、凡庸ではない。気付いていて言わないか、解らないから言えないのか、その辺も探っておかねばな。我々の持つような『移動の方陣』やもしれぬ」

「仕掛けの後、隠密は如何いたしますか」

「移動鋼があれば、魔導船へ移動ができる。カシェナはまだ、アイソルよりはマシであろうが常時潜入させておく必要もない……しかし、いつでもすぐに動けるようにはしておきたい」

「畏まりました。ではそのように」


「それと、この屋敷だけでなくもう一カ所、どこか港の近くに映像を見るための専用施設を造りたいのだ。その候補地を調べてくれ。海衛隊の各船に載せる撮影機のものもそこで見られるように」

「おお! 『砦』の場所でございますな。畏まりました! 早急に! そちらは陸衛隊とも連携致しましょう」

「頼んだぞ、ファースエム・カイゼール第三隊隊長」

「はっ!」



▶オルツ 港湾基地会議室


「……以上が、『黄色』に関しての毒物研究所からの検査結果でございます」

「ありがとうございます、ティレラス副港湾長。やっぱり、全て毒物でしたのね」

「だから、あの魔凍蟻まとうぎが卵を産み付けておったのですな」

「表面を糊で固めて出荷してきているから、一度洗わないと毒がしみ出さなかったのも盲点でしたわ」


「新しい毒物ですと『毒物鑑定の方陣』では曖昧になりがちですからな」

「毒物鑑定技能があったとしても、知らないものでは見抜けませんし」

「布の目が細かい織物ですから、色糸が重なった部分も解りづらかった原因でしょう……今後は全て現地で一度浄化水に浸すことに致しますが……色落ちについてはどうしますか?」


「この検査結果と、毒物については公開致します。それでも毒の品を仕入れたいなどという商人には、セラフィラントの港は使わせません。色が落ちて嫌なら、別の原料で作る黄色を探せといえばいいのよ。今までに入ってきた、あの黄色い染料と布地はどれほど?」

「あの鮮やかな黄色が使われ出したのは、前回の取引からのようです。それまでのものは、天光にあたるとうっすらと茶色味掛かるものが多かったとかで、新しくタルフで作らせたとトテフィス商会で登録がされています」


「ガイエスさんが魔導船の食堂で聞いたという、毒で染料の褪色を抑えると言っていたのもトテフィス商会のようですから、商会で加工しているのでしょうね」

「毒そのものの仕入れができる許可など、あの商会にはございませんでしたよ」

「それ、申請だけはされていますが、承認はされていません」

「先に入れておいて、許可が出たらすぐに使えるようにしたかったってことでしょうね」

「完全に違法ですね」


「今、毒布はどれくらい入ってきているのかしら。ランスィルトゥートさん、そちらの調べはついていて?」

「今回が本格的な取引の第一回目だったらしく、まだ売られてはおらず商会内の倉庫にあるだけ、とか」

「おそらくそれの褪色対策で毒も仕入れたのかもしれませんから、倉庫は抑えておく手筈です」


「そう。出回っていないのでしたら、よかったわ。でも……聞いたことのない商会ですね? 新しいところですの?」

「ええ……今回のことで解ったのですが、コデルロ商会の息子さんが始めた商会のようです」

「コデルロは、スポトラム商会が潰れてから業績を伸ばしおります。一部の事業を息子に任せたと聞きましたので、新しく作った商会でしょう」

「……では、そのことも併せてコデルロ商会にも、知らせなくてはいけませんわね」

「コデルロには毒物取引の許可はありますが、トテフィスが直接買い付けたとなると問題でしょう」


「最近、コデルロさんは何度か、ヘストレスティアへいらしていたわね。息子さんに、タルフ関連を任せたからでしたのね」

「でも、ヘストレスティアのもの……というと、迷宮品でしょうか?」

「検閲を厳しくしないと、危ないものもございますよね?」

「その辺は、まだ何も持ち込まれておりませんから、先の話です。まずはあの黄色い染料から規制を強化しなくては! 毒布なんて、入れる訳にはまいりませんわ!」


「発色を気にして浄化や解毒ではなく、別の方法を使用して精製しているのかもしれませんよ」

「魔獣系の染料精製は、やはり他国では難しいのでしょうね。『赤』と『黃』の輸入規制を徹底するように。このことはセラフィラント公にもカルティオラ次官にも報告いたします。では、入って来た物品全ての検閲を再開いたしましょう!」


「「はい!」」



▶セレステ 魔導船船渠


「え? この方陣、全部の魔導船の扉にですか?」

「ああ。今回の遠征で、ガイエス殿に描いて戴いた方陣は、魔魚に対して非常に有効でな。いつもならばどんなに気をつけても二、三匹は客室近くまで触手を伸ばしてくる。だが、今回は全くなかったのだ」

「扉全てにつけた方陣札のおかげ……っすか」

「今、フィクィエム港湾長に魔法師組合と話して戴いておる」


「あっ、港湾長」

「戻られたか」

「すみません、ファースエム隊長、遅くなっちまって」

「して、どうだ? どれくらいの価格になろうか?」

「いやぁ……それが、ガイエスの奴、この方陣を登録していないんですよ」

「なんとっ?」


「それどころか、あいつ全然自分の方陣の登録をしていなくって、ひとつも方陣札を作っていないんですよ。魔法師組合では、すぐには金額が判らねぇって」

「ガイエス、そういうところ疎い感じっすもん。魔法の登録だって絶対に更新してねぇっすよ、きっと」

「適性年齢前だから、まだ増えているだろうしなぁ。もしかして、自分が登録してあれば、方陣は態々登録しなくても大丈夫って思ったのか?」

「そういえば今日は確か、役所に行くと言っておられたな……」

「役所?」


「ああ、入国手続きの時に港湾事務所で渡された書簡で、呼び出されたようであった。まだ……いるかもしれんな」

「俺、ひとっ走りオルツの役所に行ってきますよ」

「すまん、頼めるかヴァイシュ。もし間に合わなかったら……多分、カバロのいるティアルゥトだな」

「解りましたっ! 先にティアルゥトに足止めを頼んでから、オルツに行きます!」


「では、この話は……まだ詰められぬか……だいたいの価格が解ったら、すぐに連絡をくれ」

「はいっ! 『蒼星の魔導船』の札は、取り敢えずこのままにしときますよ」

「そうだな。あの方陣は、海衛隊にとっては絶対に必要なものとなろう……すぐにでも登録して欲しいものだ」

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