弐第25話 蒼星の魔導船-2
航海三日目に入り、海流が逆向きではなくなったのか船の進みが更に速くなった。
周りは全て海。
島も何もないが、たまに渡り鳥が飛んで行くのが見える。
……魔鳥ではない普通の渡り鳥だ。
昼間たっぷりと睡眠をとった俺達は、宵闇に包まれた海をゆく船の甲板に出て警戒態勢にはいる。
陸地から離れた深い海では、魔魚が現れることがある。
特に、皇国船籍の船は魔力量が多いせいか、狙われやすいらしい。
船体に『錯視の方陣』を書いてはどうかと思ったが、海の上では海中の魔魚に対しての効き目はないだろう。
天井に描いて魔鳥が襲ってこなくなる……くらいは貢献できるかもしれないが。
そもそもこの『錯視の方陣』が陸上の魔獣用だとしたら、海の魔魚に効くかどうかは全く解らない。
一応、この船の全員にはこの方陣を服の前後に書いておいた。
気休めかもしれないが、魔魚は触手を伸ばして魔力を吸い取るというから狙われにくくなるといい、くらいだが。
航行する船の速度は一定で、天候も悪くない。
波をかき分けて進む、高速魔導船の走行音だけが聞こえる。
突然、警報と声が響いた。
「左舷前方に魔魚群!」
衛兵達が動く。
「ここいら辺は必ず出るな」
「加護が薄れているのだろうよ。大地から遠いからな」
なるほど、いつも同じような所で現れるのか。
巣でもあるのかもしれないな。
海の中では、駆除もできないが。
「ガイエス殿、この辺りの魔魚は魚体は小さいが飛び上がって襲いかかってくる。気を付けられよ!」
「解った」
飛び上がる、魚?
ぴょんぴょん跳ねるってことか?
なんて考えながらふと視線を落とすと、隣にいる衛兵の手に見慣れた『柄』が握られているのが見えた。
……閃光仗か!
エデルスの魔法師組合でも魔虫退治用に買っていたが……魔魚も退治できるのか?
確かに迷宮でも俺の『光の剣』で使える『魔虫殲滅光』は、東の小大陸の魔鳥にも効いた。
デカイ魔獣だと一撃という訳にはいかなかったが、
同じ海のものだと考えれば、魔魚でも分解は可能だな。
閃光仗は、俺の光の剣と似たような効果の『光』を使っている。
それじゃあ、いつもの要領で……と思ったが、俺が迷宮や魔獣の森で使うような『雷光の方陣』と合わせた使い方はできない。
ここには、俺だけじゃなくて衛兵もいる。
水飛沫が上がっていれば、簡単に雷が通ってしまうだろう。
人を巻き込む訳にはいかない。
まるで示し合わせたかのように全員が、かちり、と閃光仗を起動させる。
青い剣身が伸び、甲板に光が満ちる。
『蒼星の魔導船』に相応しい、魔魚を屠る光だ。
突然、左側の海が大きく盛り上がった。
そして何かが、とんでもない速度で飛んでくる。
え? なにこれっ!
魚体に、魔虫のような薄羽根が生えているっ?
飛び出した両目が、ぐるんぐるんと回転しているのが見えてその不気味さに光の剣をめちゃくちゃに振り回してしまった。
ぼとり、と足下に魔魚が一匹、が落ちてきた。
剣の光が尾の一部にあたっただけらしいが、それだけで飛べなくなるみたいだ。
ビチビチと掌よりは大きめの身体を甲板にたたきつけ、身体の中央より少し前に付いているエラの辺りから、ぼつぼつと赤い粒の突起が付いた磯巾着の様な触手が出たり入ったりしている。
き、気持ち悪いっ!
薄羽根に見えたのは膜みたいで、半透明だが形は虫の羽根というより蝙蝠に近い。
その見た目に俺の心が限界に達したので、剣の光を当てて全てを分解した。
やっぱり俺、水の中にいる魔獣、もの凄く嫌い……
波が船体に打ち寄せるように、何度も魔魚の群れは飛び上がってきては青い光に消えていった。
四半刻ほどしてその襲来は収まり、甲板にいる全員が安堵の溜息を漏らす。
「いやー、いつもより向かってくる魚体が少なかったな」
「ああ、飛び上がっていた数は同じくらいだと思うが、俺達を狙っているというよりは船そのものから魔力を吸い取ろうって感じだったな」
「やはり、ガイエス殿の『錯視の方陣』のお陰もあろう! 怪我もせず駆逐できたのが、何よりの証拠だ」
衛兵達から何度も感謝の言葉を言われて、照れくさくてぶっきらぼうになってしまった。
方陣が役に立ったのならば、なにより、だ。
どうやら、普段はもっと身体目掛けて飛んでくるから怪我人がそこそこ出たりするそうだ。
ただ、閃光仗の光はまったく人には無害なようで、遠慮なく振るえるから身体に取り付かれても大怪我にはならないらしい。
「魔魚の群れは、夜陰に紛れて襲ってくるからな。閃光仗で明るくなるのも、戦いやすい」
確かにそうだ。
真っ暗な迷宮でも、この光で随分と助かっている。
だが、魔魚が夜だけというなら、夜に甲板に出ていなければいいだけじゃないのか?
「あの魔魚は……歩き回る」
「え?」
「あいつら、エラの裏側に触手器官があってな。それを使ってずりずりと這うように船の中を歩き回るんだよ」
「そう! しかも朝になって甲板に人が出た途端に……飛び上がって食らいついてくる」
あの触手に触るだけで腫れ上がって高熱が出る上に、触れたところが膿んでくるのだそうだ。
歩き回った場所はぬめぬめとしていて、そのぬめりも毒なのだとか。
魔魚、怖い……
その後、甲板に魔魚が残っていないかを調べ、何匹かを駆除し、全体を浄化してこの夜の魔魚戦は終了した。
朝飯がめちゃくちゃ旨くて、たっぷりの柑橘果汁を飲んだ後、眠りについた。
もう一晩、魔魚との攻防がありそうだ。
ちゃんと寝ておかなくちゃな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます