弐第24話 蒼星の魔導船-1

 船の旅は三度目だが、前回乗った『疾風の魔導船』よりはるかに今回の船の方が速い。

 乗組員に聞くと、物資をさほど積んでいないから……だそうだ。


「あの国には、今の所皇国で必要と思われる物が見つかっていないっていうからね」

「東の小大陸のような染料とかも取れないのか?」

「そうらしいよ。町中に植物も少ないし……まぁ、まだ港のあるウフツって所にしか入ったことはないから、よく解らないっていうのが現状かもな」


 まだ貿易の前段階の外交、というところなんだろう。

 目的地であるエンナータ群島アイソル国には、既に何度か使節団が行っているらしい。

 友好的な関係が築けているようだが、まだ油断はできない……という段階のようだ。


「ずっと西側に皇国が見えているって事は、今は南下しているだけなのか?」

 乗組員は頷き、海流が南から北へと流れているから速度はあまり出せないが魔魚を避けるにはこの辺りが一番通りやすい、と言う。

「まだ陸地が近いから抑え気味に走っているけど、もう少ししたら速度上がるからね」

 ……この速度で『遅い』のか。

 行きは五日ほどかかるが、帰りは海流に乗るから二日半で帰れるらしい。


 疾風の魔導船の時は、東の小大陸まで七日かかったがこの『蒼星』だと四日程だということだ。

 東の小大陸から西側には船の通り抜けが非常に難しいとされる『難航の海域』があり、カシナからでは大型船が座礁しやすく小型船では海流に勝てずに辿り着けない。

 そのため、どうしても皇国側から別の海路で向かう事になるのだという。


 俺は同行している神官のひとりに尋ねた。

 今回、信じられないことに司祭様が三人と神官が六人もアイソルへ向かっているのだ。


「何故、そんな小国にあなた方が、しかも態々高速魔導船を使ってまで行こうとしているんだ?」

「勇気あるアイソルの神官からの依頼があったのですよ。神々の導きで皇国までその想いが届いたのですから、我々が手を貸すべきだと思ったのです」


 三人のうち尤も高位なのであろう今回の使節団『筆頭司祭』である『XニXアーナ』としか聞き取れない司祭様が答えてくれる。

 ……俺の発音だと名前の最初の音が絶対に違うと解るから、名前を呼ばないようにしている。


 もう少し皇国国内にいれば、耳も慣れてくるのだろうが……皇国には迷宮がないからどうしても長居をしないんだよな……

 でもこの間のリバーラみたいに、少しずつあちこちに行ってみたいとは思っているから、その内耳も慣れてくると信じたい。



 アイソルから、ある神官がカシナに辿り着いたのは二ヶ月ほど前だという。

 そして、どうか皇国の教会に連絡を取って欲しい……と嘆願があった。

 話を聞くとどうやらマイウリアとの戦争で魔獣が溢れたドムトエン公国からの避難者や、亡命者が流れ着いているらしい。

 国を捨てて辿り着いた者の内、半数以上が身体の弱った女性達で隷位だったり賤棄だったりしたようだ。


 カシナ王国ではその神官の必死の訴えに、親交のあるセーラント公に打診。

 以前からセーラントのオルツ港には、ドムトエンからの隷位以下の女性達が何度か連れ込まれていたらしい。

 その事もあって、セーラント公はドムトエンの女性だけであれば、手を貸そうと約束したのだという。

 多分……セーラント公には、他にも思惑がありそうだがな。


 女達を連れてきた男達は、アイソルで悉く捕らえられているのだとか。

「アイソルは女性優位の国ですから、女性に対して暴力的な行為をした男性は厳罰なのですよ」

 にっこりと微笑む司祭達は、全員が女性だ。

 衛兵隊員も半数が女性である。

 ……全員、めちゃくちゃ強そうだ。

 セーラントの衛兵隊……いや『海衛隊』と呼ばれる彼等は、精鋭揃いだからな。


「だが、賤棄は……どうしようもないだろう?」

 俺は『隷属契約』で縛られた『人でなくなったもの』とされる賤棄を救い出せるなんて聞いたことがない。


「皇国の神官であれば、繋がりを断つ儀式が行えます。でも、隷主を皇国に入れる事はできません。いくらわたくし達でも、同じ土地に隷主がいなければ儀式ができませんわ。ですから、わたくし達がアイソルへ参りますのよ」

「賤棄を、人に戻せるのか……」


 俺には、かなり衝撃的な話だ。

『隷属契約』のために、ガエスタで、表向きは禁止していたマイウリアでも、どれほどの賤棄達が苦しんでいただろう。

 あの国々の教会は、賤棄を作りはするが解放なんてしなかった。


「他国の方々ではおそらく無理ですわ。この『絆壊はんかいの儀』が執り行えるのは、血統を保つ司祭以上の者だけです」


 魔力量も関係しているのだろう。

 皇国の司祭であるのならば四千以上だろうが、他国では俺より少ない魔力の司祭しかいない国もある。

 その上、貴系か皇系の司祭だけってことか。

 ならば、他国では確かに無理だろう。


 改めて考えるとこの人達、とんでもなく上の階位なんだな……

 緊張する。


「だが、それにしたってよく教会があなた方の出国を認めたな」

「何度かの訪問で、アイソルが非常に神々の教えをよく守り、森と山を大切にしている人々だと信じたから……でしょうか」


 そんな理由な訳はないだろう。

 この筆頭司祭様も、なかなかである。

 アイソルはどうやら皇国と同じく、神話や神典を尊重する国で隷属を唾棄している。

【隷属魔法】を持つだけで国外追放にしてしまうくらい徹底していると言うから、かなり過激ではあるが。


 そして、女性の多い国で、国主も女性であるという事も許可が出た理由だろう。

 女性司祭を送り出すのだから、女系の国ならば更に安心……ということなのかもしれない。

 同性の司祭であれば、絆壊はんかいの儀はほぼ間違いなく成功するらしいし。

 ……てことは、失敗もあるのか。


「隷位まで戻せれば、アイソルでは女性に限り国籍が取れるそうです。その後は働き次第で上の階位になれるのだとか」

「そうなのか……賤棄になっても、ちゃんと道はあるんだな」

「ええ、捨てられていい者など、いないのですわ」


 きっと皇国としては『恩を売る』形で入国して……何かをしたいのだろう。

 元々皇国は、他国に対して侵攻も救済もしない国だ。

 だが、自国を守る為の偵察や情報を得る為には全力を挙げる。

 俺にはそこまでのことは説明されていないが、請け負った仕事にセーラント公や皇国の思惑などまで忖度する必要はない。


 一体どういう国なのか……アイソル国、楽しみではあるが少し怖くもあるな。

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