弐第15話 廃墟の町の島

 ぱっと見で『太古の遺跡』かと思ったが、残念ながら精々千二百年から千三百年前といったところのようだ。

 石壁は大きさが疎らではあるが四角く切り出したものを煉瓦積にしているだけだし、所々に掘られている文字は現代の皇国語だ。

 皇国だったら臣民でも、三世代から四世代前……くらいだ。

 他国だと、確かに『大昔』くらいではあるだろうが。


 周りを背の高い木や、葉の大きい南方特有の低木に覆われていて、多分船で近くから見たとしてもこの町の存在は解らないかもしれない。

 家々は小さめで一階建ての石造りのものがずらりと並んでいる。

 玻璃や硝子などが使われたようには思えない窓は、きっと木板で作られていたのだろう。

 日用品らしきものが転がっているが、陶器というよりは土器のようだ。

 金属製品は見当たらない。


 誰もいなくても埋もれもせずにこうして残っているというのは、時折吹き付ける強い風のせいで土砂などが吹き飛ばされるからかもしれない。

 いや、湿度が高くて土が舞うこともないのか?

 植物も碌に入り込んでいないのが不思議だが、町としての境域の魔法などが若干でも残っているのだとしたら、元々住んでいたのは皇国にゆかりのある人達なのだろうか?


 平べったい民家と思われるものの中で、東側にある少し大きめの建物だけが二階……いや、三階建てだ。

 皇国文字を使っている民族だった割には、随分と……言っちゃ悪いけど貧相だ。


 どう見ても、ろくな魔法を持たない者達の手作業で作られたみたいにしかみえない。

 技能だって殆ど使われていないんじゃないかというような、拙い作りの建物ばかりだ。

 こんな雑な造り、皇国では見たことがない……


 その中でこの三階建ての建物だけが、異質だ。

 積まれている石の大きさが揃っているし、窓には硝子が入っている。

 なんてちぐはぐな印象の町だろう。

 だが、人がいるとすれば、きっとここだ。


 探知をかけても一階では反応がない。

 二階に上がると、魚の骨らしきものや木の実などの殻がまとめられている。

 だが三階は、階段を上がると壁があるだけで、天井と見えてなかった反対側の壁が崩れていた。


 人がいるような痕跡はあるのだが……

 崩れた壁から見えた森の中で、何かが光った気がした。

 遠見で確認すると、何かが通り過ぎているように周辺の木の葉が動いている。

 いた。

 間違いない、あれは魔獣なんかじゃなく人だ。

 その先、そいつが目指していると思われる方向を視ると、小さい建物らしきものがある。


 そのまま『門』でその建物と思われるものの近くへ移動した。

 小屋?


「うわぁっ! どうしてっ!」


 叫び声が聞こえて振り返ると、どうやら俺がさっき見かけたのはこの男のようだ。

 大慌てで逃げようとする男。

「待てっ! なんでここにいるっ!」

 俺がそう叫ぶと、男は振り返り驚きの表情を浮かべる。


「……皇国語?」

「ああ、俺は皇国の冒険者だ」


 途端に男はへなへなー……と座り込み、びっくりしたぁ……と声を漏らす。

 いや、吃驚はこっちの台詞だ。


 改めてその男を見ると長く伸びた髪を蔦のようなものでまとめ、ボロボロの服は何年も着たままなのだろう。

 靴ではなくてこちらも蔦を使って、葉とか木の皮で作ったのであろう『底板』を直接足にくくりつけているようだ。

 漂流者か?

 この界隈の激流で、よくこの島に辿り着けたな。



 その掘っ立て小屋へ入り、男から話を聞くことにした。

 部屋の奥半分は、どうやら岩の窪みになっている場所を利用しているみたいだ。

 室内に椅子も卓もなく、石がいくつか置かれているだけの場所。

 廃墟から持ってきたのであろう、欠けた土器などを使っているみたいだ。

【強化魔法】でもあるんだろうな。

 土器が崩れずに、使えているなんて。


 名前はクーエンス、カタエーエア出身で従者家門に仕えていたそうだ。

 金色の髪だが、少し赤っぽい。

 肌は随分と日焼けをしているみたいだった。

 カタエーエアって、皇国の一番南の領地でカカオが採れるところだったよな。


「……どれくらいここにいるんだ?」

「さぁ……僕達が皇国を出たのは、皇太子殿下立太子式の確か、半年後だったよ」

 えーと、今の皇太子が確か三十年くらい前に決まったって言ってたから、その頃ってことか。


「僕が仕えていた家門のサーエーチェお嬢様が、ある貴族の方に……その、勘違いからとんでもないことをしちゃって、当主様が大激怒してさ。ケレーエアの別邸に、軟禁ってことになったんだ」

「その別邸で働いていたのか?」

「ああ。銀の髪が綺麗で、とても気が強い方だった。でも、僕は……好きだった。家系魔法を持つ方だったから身分違いだけどね。でも……お嬢様はその別邸を飛び出してしまったんだ」


 よく逃げ出せたな、と思ったが、どうやらこいつが共犯らしい。

 惚れたお嬢さんに強請られてちょっとだけの外出……のつもりが、そのままルシェースを抜けてリバーラのエベックまで行ったそうだ。

 行き過ぎだろうが。


「エベックで五、六年過ごしたんだ。でもあの辺り、あんまり稼げる仕事がなくてね」

 お嬢様を抱えて、こいつは頑張って稼いで養ってたみたいだな。

「いや、別に大変じゃなかったんだよ。お嬢様はそんなに贅沢ってしない方だったし。だけど、皇国を出たかったからさ」

 船賃を貯めていたってことか。


「どうして他国に行きたかったんだ?」

「彼女のおじさんという人が、南方の国に渡ったと言っていたんだ。一度だけ『素晴らしい所だ』という手紙が来ただけだが……彼女は皇国から逃げ出したかったんだろう」

「南の国……?」

「僕は、なんていう名前の国かまでは教えてもらってなかった。でも、彼女といられれば、どこでもよかった。それで、やっとオルツからミウーアに渡った」


 ミウーアは、マイウリア北方の東側にあった町だ。

 昔の首都があった場所で、何百年も前に王制になってから首都が移された。

 町は寂れていたけどずっと交易があり、港が閉じられたのは俺が五歳位の時だって聞いたから、この人達が渡った時はまだ開いていたんだな。

 でもその町も、俺が成人する少し前に焼けてなくなったはずだ。


「あの国の言葉が解らなくて、少し大変だったよ。ずっと旅暮らしだったけど、それなりに楽しかった……だけど、南に抜けるためにドムトエンに入ろうとして国境で……捕まった」

「捕まったって、皇国にか?」

 港の記録で出国がばれたのか?

 でも、皇国がそこまでして追いかけるか?


「いや、ドムトエン側に」

「は?」

「僕が彼女を『隷属』させていなかったから」

 なんだ、それ。意味が解らん。


 ドムトエンという国がとんでもない女性蔑視の国だとは聞いていたが、成人男性が女性を隷属もしていないのに連れ歩くことなどないらしい。

 女性は『隷属されていて当たり前』であり、隷主がいなくて結婚もしていない成人女性はいないのだという。

 めちゃくちゃ過ぎるだろうがっ!


「そして入国審査の時に、彼女が審査官に対して暴言を吐いた……として、捕らえられてしまったんだ」

「あんた達、結婚はしていなかったのか?」

「……できないだろう? 皇国では隠れていなくちゃいけなかったし、他国には籍がなかった」


 話し振りから、一応『そういう関係』ではあったようだが、正式に手続きがされていないってのがまずかったってことか。

『婚姻』にしても『隷属』にしても。

 だが、クーエンスはすぐに釈放され、お嬢様だけがそのまま牢に送られてしまったらしい。

 ……皇国が聞いたら、絶対に激怒するだろうな。

 犯罪者扱いになっているなら、そうでもないのか?

 でも、家系魔法持っているってんなら、訴えくらいはするかも。


 しかもその後、いつの間にかある貴族に売られていたことを突き止めたが、買った貴族はお嬢様を国王に差し出したらしく、クーエンスは手出しができなくなってしまったという。


「それでもね、なんとか……三ヶ月後くらいだったかな、王宮の奴等にいろいろ働きかけて……金とかね、それで彼女を連れ出せないかと思ったんだけど……」

「忍び込んで助けるつもりだったのか?」

 無茶するなぁ。

 でも、それなりに強い魔法があったらいけるのか?


「後宮には、結構抜け道があったらしいんだ。女達を……男共が……その、襲いに行くのに」

 吐き気がする理由だな。

「そのひとつを使って、なんとか連絡が取れたんだけど……逃げ出す約束の時間に、彼女は……来なかったんだよ」

 そして、そのすぐ後に『銀髪の皇国の女が国王の子供を身籠もった』と、知ったそうだ。

「彼女は望んでいなかったんだ。僕と一緒に行くことなんて。後宮で国王の寵妃でいることを選んだんだ」


 いろいろ思い出したのだろう。

 クーエンスはすっかり項垂れてしまい、膝を抱えて丸まっている。

 その数年後、皇国籍だからという殆ど言いがかりに等しい理由で国外追放となり、ドムトエンから南方の島国に送られたそうだ。

 そこでも現地の女性にいい様に使われ、奴隷扱いに耐えかねて逃げ出したのだという。


 なんというか……女運の悪い人だな。

 俺の姿を見かけた時に、その逃げ出した国から自分を始末しに来たと思ったらしい。

 どんなところにいたんだか。


「ドムトエンから追い出されて、十年ちょっと……くらい、その国にいたかなぁ。逃げ出した時は、その国でもドムトエンが戦争を始めるのが噂になっていた頃だったよ」

 というと……十年前くらいか。

 その頃にドムトエンとの戦を回避するって話で、マイウリアの第二王子とドムトエンの王女の婚約が成立したって言ってた。

 ……結婚したって噂は皇国でもなかったから、話がなくなったってことかもな。


「十年間くらいここにいたってことだな」

「そうか、そんなになるんだねぇ……でも、ここは気楽でいいよ。誰にも従わなくていい。時々、ちょっと寂しいけど」

「これからもここにいるつもりか?」

「……帰るところも、帰りたいところも、ないからね」


 クーエンスの微笑みは、諦めと逃避だ。

 まだ百歳にもなっていないだろうに、彼は何もかもを投げ出してしまっている。


「ところで、君はどうやってここに? 船は見当たらなかったけど」

「『門』の方陣で」

 あ、この人、鼻が大きくなる。いかん、面白い。


「凄いな! あ、君は方陣魔法師なのかい?」

「ああ……っ、くっ」

 やばい、鼻を膨らませたまま喋らないでくれっ!

 面白すぎて、笑いを堪えるのがっ!

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