弐第16話 廃墟の町の島からオルツへ

 ふぅぅー、なんとか乗り切ったぞ。

 さすがに顔を見て大笑いするってのは、いくら何でも失礼だよな。

 気を取り直して。


「皇国に戻らなくても、人のいる場所で暮らしたいとは思わないのか?」

「うーん……あまり思わない……かなぁ」

「少しは、思うってことか?」

「靴とか服とかが欲しいなって思う時、かね」


 そうか。

 この人にとって、今は人との繋がりなんて全然なんの価値もないってことか。


「余分な服と靴……あるけど、いるか?」

 俺のこの言葉には更に鼻の穴が膨らんで、薄赤の瞳がキラキラしだした。

 これには……耐えられなくて、思いっきり吹き出しちまった。


 持っていた殆ど着ない服をいくつか、この間タルフで買った服も……渡した。

 靴も俺と足の大きさが変わらなかったようで、ちゃんと履けるみたいだ。


 この島から出れば、こんなものじゃなくてもっといい物が沢山ある。

 そんなもの全てより、この人にとってはここが素晴らしい場所なんだろうか。

 何もなくて、誰もいなくて、廃墟には嵐くらいしか訪れないのに。


 そんなにも……世界の全てを切り捨てて、楽しいのだろうか。

 いや、楽しいと感じることすら、切り離してしまっているのだろうか……

 俺には、全然解らない。

 この人の毎日で、感情は一体どこを向いているのだろう。


「不思議そうな顔、してる」

「あんたがどうしたいのか、ここの何がいいのか、全く解らない」

「君みたいに適性年齢前の子に『解る』なんて言われたら、考え直せって言うよ、僕は」

 そう言って、笑う。


 そして、こんなにいいものもらっちゃったから……と、部屋の隅っこから何かを持ってきた。

 ……石板じゃねーか!


「何か書いてあるんだけど僕には全く読めないし、方陣みたいなものがあるから君には役に立つかもしれない」

「こんな古いもの、どこに……?」

「廃墟の町の、あの背の高い建物の一番上にね。枕に丁度いいかと思ったんだけど、ちょっと硬くて」


 石板を枕にっ?

 しかも、役に立たなかったからって放置?

 本当に、ものの価値って人によって違い過ぎる。

 へらへらと笑うクーエンスに、やっぱり俺には全然解らねぇと思いつつ石板を受け取る。


 触れると方陣が、頭の中に浮かぶが……これは、以前見つけた石板と同じで『未完成』の方陣じゃないだろうか?

 全く読めない上に発動どころか、書き出したものに魔力も入れられない。

 文字も、全っ然読めないから、大昔にあの町で暮らしていた人達がどこからか掘り出したものを保管していたのだろう。


「あの町は、どうして誰もいなくなったんだろう……」

 俺のぼそりと言った呟きに、クーエンスは流行病か何かだろうね、と答えた。


「僕達が通り抜けた回廊の途中に『灰のようなもの』の山があっただろう?」

 あったな……あれを見て、人がいるって思ったんだから。

「あれ、僕が纏めたんだけど……人の骨が並んでいたんだよ」

 ざわっ、と全身が総毛立った。

 あのいくつかにまとめられた山が全部?

 相当な量だったぞ?


「うん、僕が初めて入った時は、全部の骨が綺麗に整列して並べられていた。多分、遺体をあの場所に並べたんだと思うよ」

 初めて部屋に入って、少しでも触れた途端にいくつもの骨が崩れてしまい灰が積もったようになったのだとか。


 そんなに一度に多くの遺体を並べるならば、疫病ってのも解るが……どうしてその遺体に魔虫が集らなかったんだ?

 人の死体を最も好むのは、あいつ等のはずだ。

 病気だろうと毒で死んだものだろうと、全然関係なく卵を産み付けるはずなのに。


「それは僕も解らない。だけど、僕はこの島々で魔虫も魔獣も全く見たことがない」

「一度も?」

「ああ。一度も、ないね。僕の攻撃魔法は【風刃魔法】だけだからね。いたらとっくに死んでいたと思うよ」


 そんな場所が、皇国以外にもあるのか……

 いや、皇国だって国の端の方や、国境沿いなんかには魔虫や魔鼠の被害がある。

 他国では、既に人の数より魔獣の方が多い国だってあるだろう。

 この島自体に、浄化の力があるってことなのか?

 あ。


「この島の周りの海って、結構深いか?」

「いや、隣の島は深いけどここは浅い所が多いよ。僕が魚を捕るのは海草が多いところで……」

「その場所、見せてくれ!」


 タルフの海岸で、あの海草が生えていたところまでは魔海驢まかいろが近付いていなかった。

 もし、この島の周りをぐるりとあの海草が覆っていたら、海からの魔獣は来ないだろう。

 そしてその恩恵が、海草の生えているその場所から陸地の方にまでも影響があるとしたら……小さいこの島くらいなら、何百年とかけて浄化されているのかもしれない。



 案内されたその海岸を見て、驚いた。

 あの石のような種子が海岸をびっしりと覆っていた。

 すげぇ……これも、なんか袋にでも入れて持って行ってもいいかな。


 そして、膝くらいまでの深さの透き通った水の中に、ゆらゆらと海草が揺れながら岩の間などから緑色の葉を伸ばしている。

 遠視で視ていると、どうやら二、三種の海草が入り交じっているみたいだ。

 どれが目当てのものか解らないぞ。

 種子みたいなものは……全部に付いている。

 預かっている瓶はふたつだけだ。


 クーエンスは……入れ物なんか、持っている訳ないよな。

 そうだ、あの口が閉まる菓子の袋!

 ずっとセイリーレに行ってないから、二、三枚はあるはずだ!

 ……八枚もあった。

 そんなに食ったのか、俺……


 海草を採るために海に入るが、不思議とあのタルフの小島で感じたような危険な雰囲気も何もなかった。

 水の中だというのに、恐怖を感じないのは初めてだった。

 瓶と菓子の空き袋それぞれに、海水と一緒に何種類かの海草をひとつずつ入れた。

 ちゃんと根っこまで引き抜いたものは、少し土というかくっついていた岩も一緒がいいのかもしれない。


 ふと、クーエンスの方に目をやると【風刃魔法】を水中で使い、上手いこと魚を捕っている。

 やっぱり自分の魔法だと、海の中でも使えるのか……

 どうして【方陣魔法】があるのに、海だと方陣が使えないんだろうなぁ。

 不便だ。


 浅瀬の周辺にさっきの島にもあった、こぶしより少し大きな丸っこい石もコロコロしている。

 ついでにいくつか拾って、菓子袋に入れておいた。

 セイリーレには海がないからこういう石でも、喜ぶかもしれない。



 夕刻になる頃、俺はオルツに戻る前にもう一度クーエンスに尋ねた。

「俺の方陣なら、皇国ではなく東の小大陸に一緒に行くこともできる。どうする?」

「僕は、ここにいるよ」


 強がりとか、自棄なんてものは感じない。

 クーエンスから感じるのは、ただ穏やかな空気だけだ。


「またいつか、ここに来てもいいか?」

「この島は僕のものという訳じゃない。いつでも、好きな時に来るといいよ」


 この島にも、魔導船は着けられないだろう。

 それに、セーラントではこの海草を刈り取って移植したいのではなく育てたいと言っていた。

 この島に皇国から他の誰かが来て、クーエンスを怯えさせることはきっとないはずだ。



 オルツへ戻った俺は、海草の入った瓶と袋、そして種子と思われるものを入れた袋をランスタートさんに渡した。

 俺は海にそれらを入れて育てるのかと思ったが、セーラント公が代々研究のために使っている施設で育てて問題がなかったら海に入れるのだそうだ。


 セーラム家門では昔から、ゆかりのある皇家傍流の家門と一緒に魔毒の研究や薬の開発にも力を入れているらしい。

 同じくルシェース公やリバーラ次官の家門でもそうだと言うから、海が魔魚に侵されることを警戒して昔から防御策を研究していたんだろうな。

 皇国は魔法だけでなく、あらゆる技術を使ってこの国を守っているのだろう。


「ところでガイエスさん、この袋、面白いですなぁ。蓋が閉まるとは」

「あ、すまん。その袋は返してくれ。それを買った店に袋を返すと、次に買う商品が少し安く買えるんだ」

「なるほど! 便利な袋だと思ったら、そういう仕組みなのですね」


 ふむふむ、なんて頷きながら袋を眺めているから、その内セーラントでも出回るかもしれないな。

 全部の菓子がこの袋になったら、絶対に便利だもんなぁ。

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