弐第5話 取引島の回廊迷宮 2

 迷宮内に入ると、突然『門』で現れた俺に吃驚したかのような魔梟まきょうが一羽。

 ……わりぃ、ちょっと踏んじまった。

 でもすぐに魔梟まきょうは体勢を立て直し、ぴょこぴょこと歩いて去っていった。

『不殺』ほどの可愛さはないから、無視されるとほっとする。


 回廊に魔鳥が留まるのは、部屋ができるのを待っているというのもあるらしいが、壁や天井の方が居心地がいいんだろうか。

 魔具が埋まっている訳でもないのに、列を作るように天井に留まっていることが多いんだよな。


 暫く進むと、がくんと下に下がっている場所があった。

 俺の背丈より少し深いだろうか。

 周りに分岐もなく、進むにはここを降りるしかなさそうだ。

 光の剣で下を照らす。

 少し急だが、なんとか滑って降りられそうだ。


 下に着くと、うっすらと苔が生えているみたいな場所が所々にある。

 ……気を付けないと、あの苔に埋まって見えない水場とか沼があるかもしれない。

 嫌いなんだよなぁ、水系の魔獣……


『土類鑑定』をしながら、地面を確認しつつ進んでいく。

 いつの間にか魔鳥はいなくなっていて、ゆっくりと蠢く大型の魔獣と思われる魔力が探知に引っかかっている。

 嫌な予感がひしひしと感じられる。

 絶対に、俺の大嫌いなあいつがいる。


 まだ視認はできていない。

 でも、肌が粟立つのは抑えられない。

 多分、気付かれない。

 襲われることもおそらくない。

 でもっ!

 気持ち的に限界っ!


 前方に向かって、いや、四方八方に向かって青い光に雷光を乗せてぶっ放す。

 回廊中に光が満ち、ぶわわわーーーっと『何か』が分解されたチリが舞う。

 ……きっと、俺に見えていなかった壁一面、床一面にぎっしり……いたのだろう。


 蛇が。


 どうして迷宮というのは、同じ種類の魔獣が一カ所に犇めくことが多いのだろうか。

 あんなものの大群なんて、気持ち悪いだけじゃないか!

 悉く毒持ちだし!

 ん?

 苔まで全部消えたぞ?

 ……まさかあれ、苔じゃなくて魔獣の卵とか虫系?

 踏まなくてよかったーーーっ!


 デカイと思っていた魔力の塊は、小さい奴等の集合体だったらしい。

 理性を取り戻すまでに何度か放ってしまった『殲滅雷光』のおかげで、付近から魔力反応が消えた。

 やべぇ、疲れた。

 あ、ここいら辺の岩、取っておこう。

 二度と来ないだろうし。

 迷宮の岩の方が、菓子が届くことが多いからな。


 時計を見るとまだ二刻半。

 昼食の三刻半まではまだ少しあるので、持っていた揚げ芋を食べながらもう少し進むことにした。

 ……蛇がいませんように……


 足元に水溜まりが増えてきた。

 鑑定しても毒はなさそうなので安心しているが、もしかして水中を通らないと奥まで入れないのだろうか。

 だとしたら、深さによっては先に進めないかもしれない。

 大きく曲がった回廊をぐるりと歩いた先に、魔力溜まりが見えて光の剣を翳す。


 黒っぽくて大きめの魔獣がいた。

 肌には体毛がなく、ぬらりとした感じだから水性……いや、半水生かもしれない。

 ちょっと魔獰犀まどうせいに似た顔立ちだが口は大きくない。

 でも、かなり大きな牙が下に向かって生えている。

 地面を掘るための牙だろうか?


 口と鼻と思われる辺りには髭のようなものがびっしり生えていて、何本かが凄く長くてたまにくるんくるん動いている。

 魔力でも探知しているのかもしれない。


 足……ではなく、ひれのようなもので上体を起こしているが、下半身はもったりとしたデカ目の魚みたいだ。

 尾鰭のようだが、ふたつに分かれていて足のようにも見える。

 初めて見る魔獣だ。


 こういうのも、迷宮の醍醐味だよな。

 しかも『錯視の方陣』のおかげで、かなり近くで見られるし。

 あの牙、ちょっと欲しいなー。

 牙だけ生え替わりとか、落ちてねぇかな?


 のそり、と動いた魔獣はその後ろに開いていた穴の中にするりと入っていった。

 地面に穴……ということは、と近寄ってみたらやはり水溜まりというか、多分池みたいになっている。

 入口があまり大きくなくて見えないので、光の剣の剣身を水にあてて明るくしてみた。

 おおー、青くて綺麗だなー!


 あ、あれ?

 泳いでいた魔獣が苦しみだしたぞ?

 なんで?

 光は直接魔獣に当たってはいないし、毒水でもないし……

『水性鑑定の方陣』が書かれた眼鏡で見ると『浄化水』になっている。

 さっきまで『海水』だったのに?


 んんん?

 浮かんできた魔獣は……何故か、死んでいる。

 無傷なのに。

 水から揚げようと引っ張ったがめっちゃくちゃ重くて、顔と牙のところがなんとか水面に出ただけ。

 身体半分切っちゃった方がいいか、と思っていたら、水の中でヒラヒラとしていた尾鰭と手のような前鰭がぼろり、と崩れて水に溶けた。

 そして身体もポロポロと崩れ、軽くなった半身を水の上へと引き上げられた。


 そうか、浄化水だから……って、でもなんで?

 光の剣の剣身を、別の水たまりにあてて見る。

『水』から『浄化水』に、そして……『清浄水』へと変わった。


 何、これ?

 え?

 魔虫殲滅光って浄化光なの?

 雷光じゃないの?

 いや、浄化どころか、清浄ってことだよな?

 それって明らかに『聖魔法』じゃねーか!


 ……いや、そういえば毒持ちの魔虫があっさり分解できるんだぞ?

 確実に浄化だけじゃなくて、解毒とかの作用があるってことだよな?

 うん、聖魔法だ。

 間違いねぇな!


 なんてもの、持ってるんだ、俺……!

 これを作ったのも……タクトだからな。

 そーだよ、あいつの作るものってのは全部、こう、ちょっとどころか、相当常識外れなんだったよ!

 一等位魔法師様は、聖魔法師ってことか。


 でもエデルスの魔法師組合でも買えたくらいだから、聖魔法師的にはそんなに難しい魔法でもないのかもしれない。

 えーと、閃光仗って言ってたっけな、エデルスのは。


 なんてことを考えながらデカイ二本の牙をいただき、くるくるしていた固めの髭が何かに使えるんじゃないかと思ったのでそれもいただいておくことにした。

 魔獣が泳いでいた水の中を鑑定すると、どうやらこの底に魔力溜まりがある。

『迷宮核』かな?


 ぐぐぅぅ〜


 いかん。

 腹が鳴った。

 時計を見たら三刻半を少し越えたくらい。

 昼食を食べてから、迷宮核を掘りに来ようかな。

 核取っちゃうと迷宮が閉じちゃうから、この先に続いている奥の道へ入れなくなっちまう。


 俺は方陣札を貼り付け、地上へと戻った。

 ……雨が降り始め、取引島から船へと上がっていく連中ばかりだった。

 あっ、早く戻らないと食堂が混むかも!

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