弐第4話 取引島の回廊迷宮 1

 兵士達のいた場所からもう少し北に登った崖の窪みに、その迷宮の入口があった。

 やっと人が通れるくらいの入口だったのだが、中は意外と広い。


 回廊迷宮は魔獣が掘って広げるというより、元々洞窟などがあるところにできやすいらしい。

 魔獣が棲みつかなければ、鍾乳洞とかになったりするのだろう。


 鍾乳洞って、親父からよく話を聞いてはいたけど、どんな場所かがあまり想像できなかったんだよな。

 魔獣が出ない皇国でなら、あるんだろうか。


 こういう迷宮は道幅はないが、天井が高めで歩きやすい。

 当然、全ての道が人が通れるほどというわけではない。

 狭い脇道なども多く、そこからいきなり魔虫などに集られるとまず助からない。


 だが俺には『錯視の方陣』がある。

 この方陣、俺がストレステの迷宮で見つけ『浄化門の方陣』と呼んでいたものだ。

 浄化の一種だと思っていたが、魔獣が『錯覚』する方陣らしい。

 魔力を感知してこちらの位置を把握する魔獣達が、何もないように感じているか同じ魔獣だと思っているかは解らないということだが。


 しかし、魔獣に認識されにくくなり、全く無視されるのは事実でかなり有用な方陣だ。

 俺は全ての衣服にこれを書いてある。

 頭巾や帽子など頭を覆うものに書いておくと、天井の魔鳥達も全く攻撃してこないのは凄く助かる。



 迷宮内は殆ど魔虫も魔獣らしき反応も探知されない。

 多分、兵士達が駆逐したからだろう。

 緩やかに下る回廊は少し滑りやすく、ごつごつした岩が多い。

『人』が通るための道ではないのだから当然だが、平らな場所など殆どない。


 右手に光の剣を輝かせて、その明かりを頼りに回廊を進み続けると四半刻くらいで魔鳥の群れが屯している天井を見つけた。

 兵士達は、ここら辺までは来ているのだろう。

 壁に、剣でも当たったかのような傷が幾つか入っている。


 ここにいるのは、どうやら『魔鵲ましゃく』という奴だ。

 かなり頭のいい魔鳥で、敵の魔力を覚えるらしく仲間を襲った者を集中的に攻撃する。

 魔法攻撃だと、確実に狙われるらしい。

 だから兵士達は剣を使ったのだろうが、剣で攻撃したって狙われるのは変わりない。


 魔虫がいると麻痺させられて楽なんだが、魔虫が全く出てこない。

 仕方ない……落とすより無視して奥に行く方がいいかもしれん。


 光の剣には切り替え器が付いていて、青い『魔虫殲滅光』という怖ろしい名前の光は魔虫を分解してしまう。

 だが、切り替えて『麻痺光』という黄色い光にして、一緒に雷光の方陣で雷を剣に送り込むと『魔虫全部に麻痺がかかる』雷光の魔法が放てる。

 その後『炎熱魔法/緑』の方陣で出した炎で焼くと、その煙や臭いで全ての魔獣が麻痺状態になるのだ。


 そうなったら高く売れる魔獣の素材が取り放題。

 魔鵲ましゃくだと、身体が俺の腕の長さほどもあるから全部は持っていけないが特に高く売れる足の爪と嘴、そして眼球だけを取る。


 全部薬の材料として珍重されているが、眼球だけは毒性が高いから注意が必要だ。

 潰してしまって眼球内の粘液に触れると、肉が解け落ちるらしい。

 皇国の【薬効魔法】がないと薬にはできないというから、他国で採取したものは全部皇国へ売られる。


 魔獣の部位や毒物を取引できる商人は決められているという話だから、それだけを売り買いしている商人達がいるのだろう。

 海の水に漬けておけば日持ちするらしいが、そのやり方で保管していても取引島が使える日の間際に狩ったりするんだろうな。


 ……今回は、すぐに皇国に戻るか解らないから回収は止めておこう。

 この奥に何がいるか解らないし、麻痺光をかけて落としたら踏まないように歩くの大変そうだし。

 燃やした煙が逃げるほどの場所もなさそうだからな。


 天井の鳥達が魔鵲ましゃくから魔梟まきょうに変わり、足下の岩からぬめりがなくなってきた。

 時計を見たら十二と半刻。

 東の小大陸では『改日時』から半刻くらいで朝になるから、あと一刻ほどで天光が出てくる。


 この『懐中時計』という魔道具も、タクトが作ってくれたものだ。

 こいつのおかげで、迷宮内でどれほど過ごしているかが解る。

 ストレステの『日数計』を元にして作ったらしいが……あいつの作るものは常識外れで、やたら便利過ぎる。

 助かってはいるが。


 この回廊迷宮は、分岐が少ないけれど長そうだ。

 ここら辺に『門』の方陣札を貼っておいて、朝食を食べたらまた来よう。

 回廊迷宮だと、休憩部屋が作れないんだよなぁ。


 一旦、船の側まで方陣門で戻って、船へと入る。

 まだ夜は明けていない。

 ちょっとだけ眠れるかな。



 朝からさわらが出て来て、もの凄く幸せな朝食だった……!

 その上、菠薐草と燻製肉を炒めた奴!

 大好きっ!

 船に戻ってよかった。

 はーーー、旨かったぁ。


 食堂では昨日、金赤染料の取引をまとめていた商人が、別の人と話をしている。

 朝から精力的だなぁ。

 ん?

 蛙……って聞こえたけど、蛙ってあのグェグェって鳴くいぼいぼの奴?

 薬か何かになるのかな?

 変なものまで取引するんだな。



 今日は少し曇り空だ。

 雨になると取引島は本国との道が通りづらくなるとかで、人が殆どいなくなるらしい。

 まぁ、商人達は『疾風の魔導船』の中で商談しているから、あまり問題ではないのだろうが。


 船上からは、取引島から本国へと続く道の上を走っていく兵士達の姿が見えた。

 どうやら諦めて一旦戻るようだ。

 ということは、邪魔される心配をすることなく迷宮を歩けるかな?


 まぁ……俺がいる位置までは入れないとは思うけど、後ろから魔法がぶっ放される心配がないって解ってる方がいいもんな。

 回廊迷宮だと、結構遠くからでも飛んでくるだろうからなぁ。


 船から降りると、昨日、管理役人事務所にいた男が本国へと戻っていく姿が見えた。

 どうも今日は、本国からこっちに来る人も物も殆どないみたいだが……

 雨を警戒でもしているのだろうか?


 そう思いつつ、俺は方陣札で迷宮内へと入った。

 さーて、続き、続きっと!

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