弐第3話 タルフ取引島
オルツから、もう一度タルフの取引島へやってきた。
人がごちゃごちゃしていると、方陣門での移動が目立たなくていい。
もうすぐ夕刻になるのでぱらぱらと船に戻る人もいる。
あのおっさんが帰ってしまわないうちにと、もう一度事務所の建物に入り、預かった封筒を渡した。
驚いたような顔が一変して、『ありがとう』とその男が言った、振り絞るような声が耳から離れない。
よほど……大切なやりとりだったのだろう。
無事に終わったようでよかったぜ。
タルフ人達は、本国側へ戻るか宿に泊まるようだ。
……宿の外見だけだが、皇国から来た人がどうして泊まらないか……解る気がする。
食事も何も出ないみたいな気がするし、出たとしても絶対に美味しくなさそうだ。
だが、カシナの食事みたいに、料理によってはめちゃくちゃ旨いかもしれない。
カシナでは鶏肉が凄く旨い。
特にちょっと辛めの味付けをしてある、挽肉を炒めた奴が!
あれなら、毎日食える。
しかし、この取引島には食堂などなく、その宿にもなさそうだ。
俺も船に戻って、またあの揚げ芋も買おうと食堂へ向かった。
……なんだか、食堂が混んでいる?
乗客の商人達だけでなく、取引相手のタルフ人もいる。
なるほど、夕方はここで食事をしながら商談か。
そして宿ではなく、停泊している間はこの船の船室に泊まることもできるらしい。
道理で、乗客数の割にはかなりデカイ船を使っている訳だ。
取引島にいる間、この船は高級な宿であり食堂でもあるってことか。
ん?
……てことはっ!
俺は慌てて食堂の献立表を確認した。
売り切れてしまったものは、この掲示板から外されてしまうのだ。
あ……
今晩の、食事が……全部売り切れだ……
なんてことだ!
「あの、お客様?」
打ち拉がれ、廊下にへたり込んでしまった俺に乗務員が声をかけてきた。
振り返った俺があまりに絶望的な顔でもしていたのだろう、殊更に優しい声で話しかけてくれる。
「大丈夫でございますか?」
「ああ……ちょっと、腹が減って……まさか売り切れるとは思ってなくて」
「セーラントからお乗りの方々の分は確保してございますから、召し上がっていただけますよ?」
それを早く言ってくれよーーーーっ!
乗務員達にクスクスと笑われてしまったが、ここで食事ができないなんて哀しいことが起きたら泣くだろ、普通!
よかったー!
運んでもらったのは、旗魚の塩焼きに赤茄子の煮込みがかけられたもので俺の大好物だった。
うまぁい……
周りの商人達は、何人も違う人達と入れ替わり立ち替わり話をしているようだ。
よく話を覚えているもんだなぁ。
商人っていうのは余程物覚えがよくないと、成功しないのかもしれん。
ひとり、やたらと長く話し込んでいる人が近くにいて、何とはなしに会話を聞いてしまった。
どうやら『染料』を買い付ける取引らしい。
へぇ……糸が金赤に染まる染料なんてあるのか……
皇国の商人の方は少し引っかかるのか、もうちょっと金が綺麗だといいのに、と言っているがタルフの商人はこの赤がいいんだと押し切っている。
商人ってのは、どこの人もよく喋るよな。
そういえばセーラントの衛兵隊制服は、金糸で刺繍がついていたよな。
あの金色とは違う色なのかね?
商人の男は金赤だけでなく、青っぽいものや緑っぽい金が出る染料がないか……なんて話もしている。
というか、そんなにたくさん同じような色があって間違わないのかなぁ。
タルフの商人も探す気満々……
この国の染料は、結構いい値がつくのかもしれない。
商人の話ってのも、面白い……ん?
「……そうなんですよ、この島の北側にある小さい山なんですけど」
「おやおや……迷宮ですか」
迷宮?
この小さな島に?
「島だからたいして大きい魔獣はいないとは思いますけど、最近夜になると外に出て来ているらしくて」
「迷宮じゃなく『巣』なのでは?」
「魔獣が一種類でしたらそうでしょう。ですが、確認されているだけでも三種類いるそうなのですよ」
「なんと! それは怖ろしいですね……!」
「もしこのまま大きくなってしまったら、この島でなく別の島で取引するようにしないといけない、なんて話まで」
「冒険者とか……えーと、もうひとつある、ああ、探検援助機構団? に閉鎖依頼しては?」
「……彼等が、この島に来ると思います?」
「宿も食堂もありませんからねぇ……来ないですよねぇ」
いい話を聞いた。
後で行ってみよう。
夜なら魔獣が出て来ているらしいから、入口が見つけやすい。
『探知の方陣』で、魔力がある場所が探せるからな。
そうと決まれば、早めに仮眠して夜中に出発だな!
夜中、俺は乗務員に少しだけ外を散歩したい……と我が侭を言って、船を下りた。
こういう時に、タクトの菓子は役に立つ。
あの榛果のカカオ菓子は、大概大喜びされるんだよな。
島に降り、辺りを見回すが当然誰もいない。
えーと、北側の小さい山……あっちか。
俺はいつも腰の留め具につけている『柄』を取り外して握る。
カチッと起動器を動かすと青く光る『光の剣身』が伸び、辺りを照らす。
こんな夜中だと、この剣を片手に夜回りをしていたセレステ港でのことを思い出す。
『探知の方陣』を書いた片眼鏡を着け、辺りを見回す。
さすがにこの辺には、全く反応はなさそうだ。
船がつけている西側からその小山まではたいした距離ではない。
だが、気が急いてしまって俺は駆け足になっていた。
ホント、迷宮にワクワクするなんて不謹慎極まりない。
植物が膝の高さを超えるくらいで、背の高い木はあまりなかった山の入口。
徐々に木が増えてきて視界が悪くなる。
東の小大陸の木は、葉が大きい物が多くて見通しが悪い。
タルフでもそうみたいだ。
魔力が溜まっているのか、ぼんやりとした反応が探知に引っかかった。
近くまで行くと、風に乗って話し声のようなものが聞こえる。
あれ?
人がいるのか?
俺がここにいるの、タルフ側にばれたらまずいかも……
剣の光を消し、魔力溜まりの方へ歩いてみる。
……声がハッキリと聞こえてきた。
やっぱり、人だったか。
『探知の方陣』は『魔力があるかどうか』は解るんだが、それが魔獣か獣か人かはわからない。
『魔力鑑定の方陣』とかあったらいいんだが……俺はまだ持っていない。
こんなところで話をしているってことは『密談』って奴なんだろうなぁ。
皇国みたいに『消音の魔道具』とか使えばいいのに。
……そんなことに使えるほど、魔石は獲れないか。
俺の考え方も随分『皇国っぽく』なってきたのかもしれん。
面倒なことが起きる前に退散しよう……と思っていた時に、ふと懐かしい言葉が聞こえた。
マイウリア語?
「<では、あの迷宮は閉じないのか?>」
「<申し訳ございません、兵長……核の場所がどうしても解らず……奥に行くには『鳥』が多過ぎまして>」
「<『虫』は駆除できたのであろう? 『鳥』は何種だ?>」
「<見えたのは二種です。『鼠』がいないだけマシですが、やはりこの島は諦めるべきでは?>」
なるほど。
タルフ本国側から来ている兵士達か。
喋っているのは、タルフ語なんだろうか?
マイウリア語にそっくりだし、意味もなんとなく解る。
タルフの兵士が来ているってことは、取引島にできた迷宮を皇国側に知られないうちに潰したいんだろうな。
夜中なら魔獣が表に出てるから、迷宮に入りやすいと思ったってことなのかもしれない。
迷宮から夜中に出て来るのは、精々二階層くらいまでにいる奴等だけだ。
デカイ魔獣だと自分の居場所になる『大きめの部屋』ができるまでは出入りをするが、小さいものとか魔虫、魔鳥は部屋を作らず回廊の窪みとか天井とかに棲み着く。
魔獣達に『部屋』を作らせて、乗っ取る感じなのだろう。
カシナの魔鳥達とさほど変わらないだろうから、ここの迷宮も小部屋の多い『階層迷宮』というよりはうねった道が多い『回廊迷宮』かもしれない。
入る前にこの情報がもらえたのはツいていたな。
回廊迷宮は延々と洞窟が続く感じで、階層毎に気持ちが切り替わる迷宮とは違ってもの凄く気疲れする。
ダラダラといろいろな方向に伸びていく道を歩くだけだから、方向感覚が狂いやすく迷いやすいといわれる。
おまけに魔具が少ないから、冒険者が嫌う迷宮だ。
俺はそんなに嫌いじゃない。
なんせ光の剣と一緒に雷光の魔法をぶっ放すと、ざーーーーっと奥まで綺麗にできるめちゃくちゃ楽な迷宮だ。
そしてそういう迷宮は『抜けられる』ところがある。
別の入口に出られるのだ。
核を取って反対側に抜けると全く別の場所に出られるから、回廊が長いほど面白いのである。
益々楽しみになってきたぞっ!
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